魔女と竜のお話

第1話

 若い女と老女がテーブルをはさみ、向き合っている。若い女は渋面で腕と細く長い足を組み、老女は穏やかな顔。

「それでは、よろしくお願いします。魔女様」

 老女は若い女に向かい深々と頭を下げた。



 見上げれば雲ひとつない青空が広がっている。足下には当たり前だが地面。

 いや、当たり前ではない。ここは人の住む地から見れば空、雲が浮いている位置。鳥ではなく、細長い何かが悠々ゆうゆうと飛んでいる。

 雲の上でも普通に呼吸はでき、動ける。先ほど深呼吸し、体を動かした。思い通りに動く。走っても苦しくはない。地上と同じ。おそらく地上と同じように、合わせて、ここにむものがつくった。

 色々な場所に行ったが、空、ここに来たのは初めて。この、竜のに。

 いつまでも見てはいられない。行動に移さなければ。


 この世界には人の住んでいる場所、竜、精霊、妖精、魔族の棲んでいる場所がある。

 竜は空に。人は地上。魔族は地の底。妖精や精霊も地上のどこかに棲み処がある。特に妖精の棲み処は人の地と時間の流れが違うため、迷い込む、誘い込まれれば大変なことに。チェンジリングといって、人の子供と妖精の子供を取り替えることもあった。


 竜の棲み処といっても人と変わらない。家があり、畑をたがやし、家畜を飼い。そして竜なのに、人の姿。歩いている、走っているのは人、人、人。ているのはどこかの国で見た、着物という服に似ている。空を長大な姿で渡っている竜も。

 ここでいう竜とは巨大な蛇、に似ている。四本の足と二本の角。角は鹿のような角。巨大なトカゲのような姿でコウモリに似た翼、鋭いカギ爪、長い尾を持つものはドラゴンと呼ばれている。どちらも竜だが。ここの竜は巨大な蛇。そして人にへんじることも。もう一つの特徴は瞳。竜の姿だろうが、人の姿だろうが、金色。金の瞳の人間はいない。妖精、精霊、魔族も。

 今、その瞳で間近から、じっと見られていた。

 赤い髪、整った容姿、なのだろう。美醜びしゅうなど気にした覚えはない。用が済めばどんな者だろうと三日で忘れる。

「……」

「……」

 初めて訪れた地。人が容易に来ることができない地。招かれない、連れてこられない限り、普通の人がこの地を踏むことはない。

 そのため、好奇心がむくむく。一番大きく、広い屋敷にかれるように。

「ネズミがいるのは珍しくないけど、よく、見つけられたね」

 つかんでいる男とは別の男が同じように見ている。

 男の言う通り、目立たない姿、小さなネズミの姿。首の後ろを掴まれ、捕まっている。

「さすが」

「それより、どうしてこんな所にネズミが。それが問題では。掃除は隅々すみずみまでしているのだろう」

 掴んでいる男はそんなことを。

「それもそうだけど、どうするの、それ。いつまでもそのままは」

 外にほうり出してくれれば、今度こそ見つからないよう。

 このくらいの男二人なら。いや、人の姿をしているが竜。力量がわからない。このまま大人しく、されるがまま、と考えていた。

「……外に、逃す、か。だが近くは。また戻ってきては」

「仕事は」

「済んでいる。出ようとしたところ、見つけた。変な動き、ネズミらしくない動きをしていたから」

「ふうん。にしても、大人しいね。暴れないし。誰かのペットかな」

 長い人差し指が伸ばされ、小さな頭に触れた。

「汚れてもいない」

 汚れるか、とつっこみたいが、黙って耐えた。

「そういえば、そうだな」

 掴んでいる男が顔の前に。金の瞳が見ている。

「だが迷子札のようなものは、何もつけていない」

 前、後ろと手を動かし。

 少々腹が立ったので、長い尾で顔をぺしり。

「……」

 小さな笑い声。

「何をしているの、二人とも」

「母上」

 二人が声をかけてきた人物へと顔を向ける。掴んでいる男は頭を下げたので、掴まれているこちらも下がり。

白夜びゃくやがネズミを見つけたんですよ」

「ネズミ?」

「ええ。ほら、白夜びゃくや

「見せるものでは」

「誰かのペットかもしれない。母上なら知っているかもしれないだろ」

「そんなかた、いたかしら。どんなネズミ」

 男が下げていた手を上げる。

 見えたのは灰色髪の女性。五十前半、くらいか。竜は長命のため見た目の年齢と実年齢は違う。これで五百歳といわれても。

 女性はみどりの瞳でじっと見てくる。

「きれいな、ネズミね。真っ白で汚れ一つない」

「でしょう」

「迷い込んできたのなら、汚れていても」

「誰かが連れて来て、逃げられた、とか。父上の献上品」

「こんな、どこにでもいるネズミを、か」

 先ほどから失礼なことばかり。掴んでいる男の手を長い尾で、びしり。

「話しがわかるのかしら」

「まさか」

 母と呼んでいた男が軽く笑う。女性はじっと見て。

「使い魔」

 ぼそっと。

「使い魔?」

「使い魔というのは、魔法使いが動物や精霊を操り、情報収集、偵察をおこなうんだよ」

「魔法使いが変身して、おこなう、という場合もありますよ」

「このネズミが、その使い魔だと」

 三人の目がじっと。

 色々面倒くさくなってきた。気絶させて去るか。いや、待て、確か。

「……あなたは西の魔女の関係者か?」

 口を開く。

 驚いたのだろう。掴んでいる力がゆるみ、床へ。

 すちゃっと着地。

「そういうあなたは、西の魔女の関係者なの?」

 女性は驚かず、かがむ。

「そうとも言えるし、言えないとも」

「場所を移しましょう。ここは」

 女性は周りを見て、手を差し出してくる。遠慮なく乗った。


 移動したのはどこかの部屋。障子しょうじ畳敷たたみじき、その上に絨毯じゅうたんき、テーブルと椅子が。そのテーブルの上に下ろされた。

「お茶でも頼みましょうか」

「俺が行きます」

「そう。それならお願いね」

「はい」

 男が部屋を出て、親子は椅子に。

「西の魔女が、何の用でこちらに」

「人の女をさらっているだろう」

「「は?」」

 二人は声をそろえる。

「女をさらっているだろう。最近、竜の横暴おうぼうに目も当てられないと」

「……」

 親子は顔を見合わせている。

「え~と、ちょっと待ってくれ。竜が、女性をさらっている?」

 男が繰り返す。母親と外見は似ていないが、雰囲気は似ている。白銀の長い髪に金の瞳。見た目二十代の優男。

「西の魔女の家にさらわれた女性の身内が来て、娘を取り戻してほしいと。ただし、娘の意思なら、返せとは言わない。娘の意思を尊重する。とにかく娘をさがしてくれ、娘の話しを聞きたい、と。泣きつかれ、依頼された」

「ここにいると」

「竜のせいにして、さらう者もいる。しかし、西の魔女が調べた結果はここ、天、竜の棲み処」

 テーブルを右足でたしたし叩く。

さらわれた娘がどこにいるか知っているのなら、今すぐ教えろ」

 びしっと小さな右人差し指で二人を指す。

「失礼します」

 部屋の外から声。間をけ、戸を開け、出て行った赤い髪の男が盆を持って入って来る。茶器をそれぞれの前に。テーブルの真ん中には菓子、だろう。食べ物ののった皿。

「え~と、知らないって言ったら」

「本当かぁ」

 疑いの目。

「本当だよ。本当に竜がそんなこと……」

 言葉は尻すぼみに。

「ねえ、君。君は僕ら、竜のことをどれだけ知ってる」

 腕を組み。

「竜同士が争うと天気が荒れる。大雨、長雨、落雷。いい迷惑だと。気に入った娘をさらい、連れ帰る。魔族退治、たちの悪い精霊、妖精をいさめてもいるらしいが、図々しく礼を要求。気に入らなければ気に入るまで要求し続け、居座り続ける」

「うん、わかった。評判悪いのはわかった」

 男は顔を手でおおう。

「はあ、まったく」

 腕を組み、天井を見上げた。

「西の魔女はそのさらわれた娘さんがここにいると」

 女性は穏やかに。

「そうだ。だから来た。あと、こうも言っていた。西の魔女の血族が昔、竜に嫁いだ。その者が生きていれば、何か知っているかもしれない。協力してくれるかもしれないと。あなたはその西の魔女の血族か。西の魔女はもう何百年も前の話だと」

 女性は微苦笑。

「ええ、そうよ。竜に嫁ぎ、眷属けんぞくとなったから、竜と同じ長い年月を生きている」

「眷属?」

 普通の人間は長くて百年。竜はその何百倍も生きる。一説では千年とも。それは、おいておくとして。

「竜の棲み処は四つにかれている。これは知っている?」

 男は顔を元に戻し。

 首を左右に振る。

北竜王ほくりゅうおう西竜王せいりゅうおう、 南竜王なんりゅうおう東竜王とうりゅうおう。この四つ。ここは西竜王が治める地」

 ネズミには大きなティーカップを抱え、お茶を飲む。

「他の三つにさらわれたってことは」

「ぷはっ。西の魔女が間違えると」

「う~ん、それはなんとも。僕はその魔女に会ったことないから」

「西の魔女が言うのなら、間違いないのでしょう」

「母上」

 女性は小さく息を吐く。

白慈はくじ白夜びゃくや、手伝ってあげて」

「は?」

 二人の男はきょとん。

「ここのことを何も知らないのでしょう」

「知っていれば、こうして話していない。捕まっていない」

 皿に近づき、饅頭まんじゅうを一つ。両手で持つ。

「その姿でさがすのも大変でしょう」

「見つかりにくいからな。ここにどんな動物がいるか知らん」

「手伝ってあげて」

 女性は二人を見る。

「わかり、ました」

 お茶を運んできた男が。

「わかったよ」

 息子も。

「大半は白夜びゃくやに」

「おい」

「西の魔女はお元気?」

「なんとか」

「なんとか?」

「いい年、といえばわかるか。高齢。そのため、ここには来れず、私に行ってくれと。まったく、弟子なら何人もいるのに」

 あむ、と饅頭に八つ当たり気味にみつく。

「西はあなたがとついだ数百年は竜によって護られていたとも話していた。そのため西の魔女の住んでいる辺りは竜の守護する地だと。時の権力者も西の魔女には頭が上がらなかった、と聞いている。他の地も真似まねをしようとして、失敗したらしいが」

「他の地? 他の魔女も同じように竜に嫁がせようと」

「んなわけあるか。権力者の娘や竜の気に入りそうな娘を竜に差し出そうとした」

「……」

「西はき魔女として広く知られている。東西南北に魔女と呼ばれている者がいるのは」

「知っているよ。南と北はまったくだけど。東は最強の魔女、破壊の魔女だと、こちらにも聞こえている。西は言った通り。善き魔女だと」

「そのため、各地から相談に来る。弟子も大勢」

 魔法だけでなく薬にも詳しいので、各地から西の魔女を頼り。

「近くの魔女を頼らない?」

「北と南は自分のやりたいことだけをやっている。特に北は氷に閉ざされた地。そんな場所に行く物好きはいない。東も似たもの。言った通り、破壊の魔女。そんな者に頼むか」

「でも、弟子がいるのなら」

「弟子がいるのは西だけ。北と南はこの数百年変わっていない。東は血族だったり、そうでなかったり」

「……人ってせいぜい百年くらいじゃ」

「魔女と呼ばれている。なんらかの方法で不老長寿を手に入れた。アホな連中が狙ってくるらしいが、住む家にも辿り着けず、倒れている」

 饅頭まんじゅうを食べ終わり、ティーカップを抱えてお茶を飲む。

「まあ、西も西で大変だが」

「大変?」

 次の、団子だんごへと手を伸ばす。あんこのたっぷりついた串団子。

「大変とは、どういうことです」

 女性はうれい顔。

「先ほども言った。高齢だと。そして弟子も多い」

「それがどう大変だと」

「後継をめぐり、弟子どもが争っている。まったく、魔女の称号がそれほど欲しいのか。魔法協会から厄介ごとを押し付けられるだけ」

「君も弟子の一人じゃないの?」

 串から団子をはずし、かじりつく。間をけ、

「さあ、どうだろうな」



「なぜ俺が」

「それはこちらの台詞せりふだ」

 協力してくれる、ということで話しは終わり。なぜか白夜びゃくやという男に押し付けられ。

 あの親子はここを治める西竜王せいりゅうおうの妻と息子、だそうだ。

「僕や母上が面倒見るのは。それに、竜が人をさらうなど。知る者は少ない方がいい。というわけで、このネズミは君が面倒見てくれ」

 笑顔で。

「なぜ、そうなる」

「野にはなつ? 母上の頼みを断る?」

 男はうめき。

「僕は白慈はくじ。こっちのうめいているのが白夜びゃくや、だ。君の面倒は白夜が見てくれる。もちろん捜している娘も。その娘の特徴は」

「髪は明るい茶色。瞳も同じ。年は二十歳。名前はアエリ」

「わかった。白夜、頼んだよ」

「俺にすべて押し付けるつもりじゃ」

「ないない。ちゃんと捜す」

 白慈はくじと名乗った男はにこにこと。白夜びゃくやという男は疑わしそうに見ている。

 あの、大きく広い屋敷は西竜王の家だとか。お宝ざくざく。竜の宝に興味がないわけではない。ろくでもない宝もあるが。それは魔女も同じ。強力な魔法がかけられている。禍々まがまがしくて使えない、手に負えないと押し付けられたものも。

 今はその屋敷を出て、男、白夜びゃくやの家に。つかまれておらず肩。長い髪に隠れるように。この男もそうだが、白慈はくじという男も髪が長かった。竜は髪を伸ばすのか、長いのか。

「茶色の髪に瞳、二十歳、か」

「心当たりが」

 あるのなら、さっさと終わる。

「ない。似たような娘がいるから、捜すのは苦労する」

 白夜びゃくやは息を吐き。

「だったらさらうな。第一、なぜ攫う。竜にも女性はいるだろう」

 右手で首筋をぺちぺちと叩く。

「いるには、いるんだが、少ない」

「少ない?」

「そうだ。年々減ってきている。竜は長命なため、子も一人か二人。そして、なぜか男が多い。例えば一年で百人生まれるとする。竜に一年など関係ないような年月だが、そしてそれほど生まれないが。ほとんど男。女性は一人生まれれば良い方」

「……」

「そのため、人から嫁いでもらっている。先ほど会った、あのかたのように。人と竜では寿命が違うから、眷族けんぞくとして、同じ時を生きる。言っておくがさらってはいない。こちらも人に頼んでいる。無理強いはしない」

 疑いの目で見た。

「無理強いしても、眷属になれない。両者の同意で眷属になれる。片方が拒否すれば」

 しっぽを振りながら聞いていた。

「つまり、あの白慈はくじとかいうのは、混血」

「ああ。だが竜になれる。純粋な竜は当たり前だが、人と竜の間にできた子供は竜になれない者が多い。他にも」

「ふうん」

 道行く者を見ているが、男が多い。

「取り合いとか」

「よくある。が、眷属となった女性を横取よこどりすることはできない。その、子をすことも」

 照れたように。

「純粋な竜は親同士が相手を決めることが多い」

「竜にも色々あることはわかった。わかったが、さらっていい理由にはならないだろ」

 長い髪を一房ひとふさ掴み、引っ張る。

「だから、それは知らなかった」

「言い訳」

「にとられても仕方ない。が、本当に攫われたのか」

「その娘は必ず両親に行き先や、帰る大体の時間を話していたそうだ。それが突然消えた。両親も捜したそうだ。一ヶ月。手掛かりもなく、頼ったのが」

「西の魔女」

「そういうこと。人攫ひとさらいは人の地にもいる。そちらも捜し、あたったそうだが。人の協力者もいるのだろう。お前達竜は金を持っていると聞く。女性が少ない、嫁不足。金を積んでも」

「純粋な竜は優遇される、だが、そうでなければ」

「冷遇?」

「食べていけるだけの職は与えてくれる」

「ふむ。それだけでは足りず、人の地で暴れて金品を」

「そんなに評判は悪いのか」

「悪い」

 はっきり言うと、肩を落とされ、落ちかけた。


「ここが俺の家」

 玄関の扉を開け、家の中に。

「結婚しているのか」

「いない。だから押し付けやすかったんだろう。あそこは働いている者も多い。ちょろちょろしていれば、踏まれる、捕まる」

 首筋をぺしりと叩いて、長い髪をつたい、廊下に下りる。

 木製の廊下。先ほどいた屋敷と同じ。家の中はふすま障子しょうじで区切られ、たたみかれている。

「男の一人暮らし。もっとごちゃごちゃしていると」

 きれいに片付いている。

「そちらの家はごちゃごちゃしているのか」

「使用人が片付けてくれている。そういうのが好き、生きがいだから、汚し放題」

「……」

 体が小さいので、すべてのものが大きく見える。

「その姿で外に出て、さがすのか」

「今度は見つからないようにする」

 なぜ見つかったのか不思議だ。

 この男は背が高い。こんな小さなネズミを見つけるとは。竜の視力をあなどっていた。今度は。

「その、短い足で」

「悪かったな、短くて。だが忍び込みやすい」

「無闇に忍び込むな。こちらで調べる。本当にここにいるんだろうな」

「しつこい、疑り深い。さらわれたのはその娘一人じゃない。調べたところ、年頃の娘が何人も。よっと」

 人相書きを取り出す。

「これがわかっている者。貧しい村では娘を売りに出す親もいる。そういう者も来ているかもしれないが。捜索願は出ていない」

 ネズミの体より大きな人相書きの紙。

「どこから」

 白夜びゃくやは人相書きを取り、一枚、一枚と見ていく。

「確かに、年頃の娘が多いな。子供も」

 顔をしかめている。

「自分好みに育てようとしているんじゃないのか。それにその者達すべてがここにいるわけじゃない。人相書きも最近のもの。行方不明になった地もばらばら。四つに分かれているのだろう。他がさらっているとも」

 ますます顔をしかめていた。

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