第15話 決意の道

 今日は僕がこの世界に誕生して二十七年が経過した日の朝だ。簡単に言えば誕生日。

 人生を思い返してみると、何不自由ない普通の日常生活。父の商売を手伝う仕事と信仰を中心とした毎日を送っていた。病気もせずに生きてこれたのは、ホワレーン経の信仰の御加護だと感謝している。

 僕自身は満足していた。しかし、大人になり広く世間を知る事になった事で、サンブックの民には生活が苦しい人々が大勢存在しているのを見る事になった。ホワレーン経の裕福な信者の助けだけでは限界があるだろう。何とか出来ないか? 心に、そんな気持ちが生まれていた。

 ちょうど今日は暦の休日だな。大寺院でホワレーン経の集まりがあるから、誰かに胸の内を聞いて貰うとするかな……。



 *****


 大寺院内は朝早い事もあって、まだ人々の姿があまり無い。早く来すぎたかな? 仕方ない。ロビーの自動販売機でカップ珈琲でも買って飲むかと、硬貨を投入して珈琲を買う。僕の好みは、ミルクと砂糖入りだ。


「おはよう、ミドレン。あっ、ミドレンも珈琲を買ったんだね。私の朝は、珈琲を飲まないと始まらないのよ。ミドレンのと同じで、ミルクと砂糖入りを飲まないとね」


 友人女性のスージャだった。僕は挨拶をして販売機の前を横による。スージャは楽しそうに硬貨を投入すると、ミルクと砂糖入りボタンを押してからの待機状態に入った……。少しして取り出し口からカップを取り出した瞬間に、スージャの顔が鬼の形相に変わる瞬間を見た。なんと、スージャのカップ内の珈琲の色は真っ黒だったのだ!


「ミルクを出しなさいよ! この駄目自販機が!」


 叫び声をロビーに轟かせたスージャは、渾身こんしん の蹴りをする態勢に入ったのを感じる事が出来る。

 慌てて僕は、なだめに入った。


「スージャ落ち着いて。怒りに身を任せては駄目だよ。僕のは飲んでないから、交換してあげるよ」


 提案に了解したスージャは、落ち着きを取り戻したようだ。良かった。それから僕は、携帯電話で自動販売機設置業者に連絡。直ぐにメンテナンスして、問題は無くなるとの事だ。それを聞いたスージャは、照れ笑いをした様だったなぁ。

 隣国のシレーン共和国の実験施設で魔鉱石が暴走して被害が出たのか……。ロビー設置のテレビでニュースを見ながらスージャとカップ珈琲を飲んでいると、友人女性のリンディーがやって来た。丁度会ったので、決めていた胸の内を聞いて貰うかな。スージャには話しにくくなったから。


「おはよう、リンディー。ちょっといいかい? 実は、告白したい事があって……」


「おはよう……えっ? こ、告白? 朝のここで?」


 リンディーは、頬を赤らめ、もじもじとした態度になった。しまったな。言い方を間違えた。しかし、まさかこの場所で愛の告白をすると思うのかな? スージャも飲んだものを吹き出しそうだぞ。でも僕の気持ちも何だか、そわそわとしだすのを感じて気を引き締めた。


「考えの告白なんだけど。実は、生活が苦しい人々を救済したいなぁと……」


「そうなの? やだ、私ったら。えっと、そうねぇ……」


 彼女は、一気に冷めた気持ちになったのか? それとも勘違いした恥ずかしさの照れを隠そうとしたのだろうな。顎に人差し指を当てて答えを急いで考えている様子だ。


「うふふ。超統領ちょうとうりょうにでもなるしかないわね」


 微笑んで答えたリンディー。

 超統領とは、選挙で選ばれる国の政治を行う最高の人物である。ゆえに、リンディーも冗談まじりの答えであっただろう。でも、僕の心は暗闇に光が差し込んだ様な気がした。僕は決意をしたのだ。


「それだ! 僕は、超統領になる!」


 唖然とした様子のリンディーとスージャだった。でも後から、その場にやって来たシャリーとモーレンは賛成してくれたんんだ。モーレンは、大房主ビッグボウズ 様の所へ行けば道が開けるとアドバイスをしてくれた。

 僕は、矢も楯もたまらず直ぐに大房主ビッグボウズ 様の所へと向かうのだった。



 *****


「なぬ? 超統領になりたいじゃと?」


 めったな事では驚かない大房主ビッグボウズ 様も、超統領になりたいと述べた僕には、流石に驚いた声を出した。

 僕は、超統領になりたい理由を淡々と述べた。真剣な思いを大房主ビッグボウズ 様に、ぶつけてみた。サンブックの民の為、民への愛は、ホワレーン経の教えがある故と。

 厳しい表情だった大房主ビッグボウズ 様が、にこやかになったようだ。

 

「なるほど。思いは、分かった。まぁ、挑戦してみるがいい。その道へ行くのが、そなたの運命ならば、当選するじゃろうて」


「はい、ありがとうございます!」


 大房主ビッグボウズ 様に賛成してもらい、僕の心は希望に燃えた。



 *****

 

 それからは、信仰と仕事と趙統領選挙に向けた活動に精を出した。

 超統領選挙の公示がされて、僕は衝撃を受けた。立候補が僕だけだったからだ。ホワレーン経の信者が人口の九割以上のサンブック国だ。大房主ビッグボウズ 様の推薦に逆らう者が存在しなかったのだ。

 そして遂に僕は、サンブック国、第764代超統領となることができた。ある意味、そうなる運命であったのだ……。

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