第12話 次のステージへ

 平日と言う事もあり、喫茶コーナーは閑古鳥かんこどり が鳴いていた。俺達三人は窓際の席に座る。すると直ぐにウエイトレスが来たので、飲み物と他は、それぞれが好きな物を注文したんだ。俺は無難に珈琲とケーキだけど。


「ルネは、国家議員になったのか。凄いなぁ。俺達なんて、高校を卒業してから直ぐに芸能活動をしてるだけだからな」


「そうそう」


「ラキとバナヨの猫バナナの活動は、チェックしてたよ。テレビとか割と直ぐに出演してたもんね。今じゃ、ラキは小さい子からも人気者だもの。私なんて親の跡を継いだだけみたいなものよ……。親が議員だったという運命かな」


 バナヨと俺は、自分達の好きな道を行けて幸せだったな。国家議員になる運命なんて、高校時代も大変な思いだったのかもしれないな。そんな家系とか知らないから、演劇部員だった頃も適当に話してたな。バナヨに対してもだけど。おっと、注文した物が運ばれてきた。国家議員と食事をして、おごったり、おごられたりしても問題は無いようだ。だから、もし週刊誌に写真を撮られても大丈夫だな。


「高校時代の一番の思い出は、文化祭の演劇部発表会だよな」


「創猿伝ね。ラキは、主役だったもんね。途中でバナヨがアドリブで、ラキの背中を叩きだしたのを思い出したわ。あの時は、笑いを堪えるのに大変だったのよ」


「あの時は、観客席から笑い声が聞こえて満足だったよぉ。イェーイ!」


 バナヨは、得意顔でピースサインだ。まったく、昔からマイペースな所は変わらないな。


「俺は、痛かったし、あの場面に笑いは駄目だろうが」


「そうよ、ラキの言う通りよバナヨ。創猿伝が本当の話しなら、結果的に恐竜族は、絶滅したんだから……。でも一部の恐竜族が鳥になってる説もあるわね。そして猿人達を羨ましく見ているとか、いないとか?」


「そうなんだね。それを聞いちゃったら悲しいね。鳥さん達、頑張って」


「フライドチキンを食べながらの発言じゃないぞ。しかも五本目!」


「てへっ。でも、絶滅するまでは、食べないよ」


 俺の指摘に一瞬照れた顔をしたが、すぐさま平気な顔で言い返してくるバナヨだった。ルネは、俺とバナヨのやり取りを見て、微笑んでいる。しかし直ぐに腕時計を見ている。


「ルネは、これから予定があるのか? 時間を気にしているようだけど」


「いいえ。ここの動物園の視察と園長との対談は、もう終わっているの。ただ、用事で離れている秘書が、そろそろ戻って来るかなと思ってね」


「ふーん。忙しそうだね」


「そうね。忙しいわね。バナヨ風に言うと、獅子女ししおんな の手も借りたいくらいなのよ……。動物園なだけに。うふふ」


「なにその言葉? 初めて聞いたんだけど。私は言わないよぉ」


 ルネの発言を聞いた瞬間に心がざわ めいた。何故だ。俺も初めて聞く言葉のはずだが? 何処か懐かしい言葉な気がするんだ……。

 それから二人は、考え込んだ俺をほったらかしにして、いつの間にかルネの恋愛話しになったようだ。


「じゃあさ。ルネもラキの妻になればいいんだよ。多妻は、別に法律違反じゃないんだし。私は、ルネが家族になるなら嬉しいな」


「……うん」


 な、何を突然に言い出すんだバナヨは。結婚に対しての考えが軽すぎるだろ。ルネは、うん。と言ったのか? そうか、うんこが出そうとか言う冗談だな。否、バナヨじゃないんだからないか。


「なんてね。そろそろ秘書が来るかなぁ。口臭大丈夫かな? バナヨ、ガム無い?」


「えーと。ガム無いかなー? ラキなら、たまに買ってるみたいだけど」


「バナヨは、ガム無いのかぁ。じゃあ、ラキに二人で貰う?」


 バナヨとルネの会話を聞いていると、心がキュンとしたんだ。


「ねぇ、ガムな……い?」


 二人同時に発せられた言葉を聞いた時には、俺の目から涙が溢れていたんだ。二人とも驚いた様子だ。当たり前か。


「ど、どうしたの? ルネに振られたから?」


「二人が、ガムナって言うからだよ。メルン、パルネ……って誰の名前だろう? その名前が頭に浮かんで来たんだ」


 バナヨとルネに説明したが理解できない様子だ。無理もない。当の本人も、混乱しているのだから……。しかし、俺の猫耳が悠長ゆうちょう に説明などしている場合で無い事を察知した。外が騒がしいな。なんだ? 俺は、猫耳を動かして、音を拾うのに集中する……。すると、喫茶の出入り口辺りで『あの女議員は、この矢で終わりだぜ』という男の声がしたのだ。


「二人共! テーブルの下に伏せるんだ!」


 そう叫ぶと、喫茶の出入り口に向かって、全力で走り出す。すると直ぐに、手にボウガンを持った男が入店して来たのだ。俺は、男に向かって飛び掛かる。その男は、不意を突かれたからだろう。俺のタックルを受けて、ボウガンが上を向いた状態で発射された。矢は天井に刺さったようだ。そして俺は、男と揉み合いになる。


「何だ! お前は! 邪魔をするんじゃねぇ!」


「黙れ! 誰か早く警察に連絡を!」


 少しの間、男と取っ組み合いをしていると、動物園常駐の警備隊の数名が駆けつけて来た。すると直ぐに男の戦意が喪失した様子で、警備隊に連行されて行ったのだった。


「ラキッ!」


 その叫び声と共に背中に抱き着く女性。それは、ルネだったんだ。バナヨは、俺達の前で微笑んでいる。その右手には、フライドチキンが握られていた。


「無事で良かった。ラキに何かあったら……私」


「ルネ……」

 

 そんなに心配してくれたんだな。嬉しかった。何よりもルネが無事で良かったな。そう思っていたら、フラッシュの光とパシャっと音がした。どうやら週刊誌の記者がいたらしい。写真を撮られたようだ……。



 *****


 数日後に、あの時の写真が掲載されたが、不倫の記事では無かった。それもそのはずだ。旦那の不倫現場で、笑顔でピースサインをする妻の写真なんて見た事ないからな。記事の見出しは、ラキお手柄だ。まぁ、それは、さんざんにテレビのワイドショーで放送されたけど。

 

 そして、数か月後に俺とルネの結婚が発表された。記者会見は、猫バナナとルネの三人での会見。その後は、三人共に仕事を頑張る日々だったが、ルネが妊娠して、男児を出産した。バナヨは、仕事に専念したいと言って子供を産む事は無かった。その代わりにルネ以上にルネの子を可愛がったな。まぁ、洗濯やら食事やらは、メイドを雇っていたけど。



 *****


 年月が経つのは早いものだ。俺も後期高齢者と言われる年になっていた……。ルネは、政治家として頑張った。最後は、女性初の副統括大臣にまでなったんだ。民を笑顔にする政治だった。息子も同じく政治の道で安堵し、喜んでいた。

 俺とバナヨは、芸能での人々を笑顔にする事を頑張れたと思う。時には、チャリティー番組も出演出来たのも良かった。

 

 さてと、そろそろあの世を笑顔にしに行く時かのぉ。次のステージじゃ。バナヨも待っている。一人 ピンじゃ淋しかろう……。

 そして、俺は静かに目を閉じた。あの世で猫バナナを再び出来ると思うと、最後に微笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る