第10話 お笑いコンビの猫バナナ

 高校生時代のあの日、ファーストフード店で交わした約束。バナヨと、お笑い芸人になる事だ。高校を卒業すると俺達は、コンビを結成した。その名は、猫バナナ。芸能事務所は、何処にしようかと考えていたのだが……。


「芸能事務所? 探す必要ないよ。会社設立するから。兄が社長になるのよ。だから、給料も福利厚生も心配なーし。ボーナスも出るからね。全部パパが準備してくれたの」


「そ、そうなのか。ビックリだな」


 なんという親父さんだ。親ばか。否、娘思いと言うべきか。バナヨの親父さんは、名のある大企業の創業家だったとは。俺達の会社は、そこの子会社になるみたいだな。まぁ、俺は頑張るだけだ。



 *****


「ラキ! お友達よー!」


 おふくろの呼ぶ声がする。朝っぱらから誰だと思いつつ、階段を下りて玄関へ。するとバナヨが立っていた。


「おはよう。ラキ」


「ああ、おはよう。それで、なんだ朝早くから」


「ええっ! 今日の予定を忘れたの? 迎えに行くって言ったじゃない」


「えっ? 族長に挨拶」


「族長って誰よ? もしかして暴走族の知り合いでもいるの?」


 呆れ顔のバナヨ。そうだ思い出した。今日はバナヨの親父さんに芸能の仕事の件で御挨拶に行く日だったのだ。しかし、何で俺は族長なんて言ったんだろうか……。


「ほら、行くよう」


「ああ」


 玄関から出ると、黄色のホバーリングスポーツシップが止めてあった。格好いいな。最近は、タイヤによる粉塵の影響が、うるさいからな。空中に浮かさないと……。しかし、まだ出始めたばかりで高級なはずだ。何処の金持ちだよ。


「どう? いいでしょ。パパに卒業祝いに買って貰っちゃった」


「こ、これは、バナヨのシップか?」


「だから、そう言ってるじゃない。さあ、隣に乗って」


 そして、ホバリーングスポーツシップに乗り込む。内装も格好いい。シートは、フルバケットシートかよ。これなら、どの方向からの凄い力にも身体をホールドしてくれそうだな。こんなスポーツシップを買って乗るのが、芸能界で成功する男のロマンの一つのはずなんだが……。


「飛ばすわよ」


「安全運転でたのむぞ」


 俺の言葉など、お構いなし。高速スタートで発進して、バナヨの親父さんの所へと向かうのだった。



 *****


 俺とバナヨは、株式会社モンキーガオホールディングスの応接室前に案内された。大きな会社の本社に来る経験のない俺は、緊張している。バナヨが扉をノックをして、許可が出たので入室する。


「失礼いたします」


 そう同時に言うと、俺とバナヨは一礼した。


「おお、来たか! 君がラキ君か。なかなかどうして、いい男じゃないか。バナヨから話しをよく聞いているよ。本当に猫耳なんだね。それが気に入った。うちの会社のイメージにピッタリだ」


「そうでしょう。言った通りでしょうパパ」


 俺の事を家庭で話題にしているのは驚きだ。どんな事を話しているのだろうな。親父さんは、流石に大企業のトップだけあって、迫力を感じる。豪快そうな感じだ。


「初めまして。ラキです。よろしくお願いします。モンキ社長には、色々と便宜を図っていただきまして、ありがとうございます」


「なんだと。モンキ社長だと……」

 

 なんだ? 急に親父さんの雰囲気が変わったような。俺は、間違った発言をしたのか? やってしまったのか?


「堅苦しいな。お父さんと呼びなさい」


「……」


 何で? そうなる?


「がはははは。お父さんと呼びにくいかな」


「ええ。そうですね」


 爆笑している。なんだ、冗談か。驚いて損したな。流石にバナヨの親父さんだぜ。


「それじゃあ、バナヨみたいにパパと呼びなさい。バナヨの生涯をたのむぞ。まぁ、子作りは慌てなくていいからな」

 

「もう、パパったら! 子供だなんて……。まずは、結婚式でしょ」


 ほ、本気でしたか? バナヨは、照れてどうする。最後に、なんでやねん! が無いじゃないか。もしかして俺へのフリか? 試されてるのか?


「なんでやねん!」


「何だと!」


 俺の、なんでやねん! を聞いて反応したバナヨの親父さんの咆哮のような声で、応接室の空気が凍ったようになる。しまった。こうなったら……。


「婚約指輪やろ!」


「おお、そうだな。流石に鋭い発言だ。じゃあ、芸能活動を頑張ってくれたまえ」


「はい……。パパ」


 そう返事をした瞬間に、懐かしい気持ちになった。何故か、獅子耳のある獣人? の父と娘のような顔が思い浮かんでくるのだ……。

 そして俺達二人は、パパに感謝の言葉を伝えた。それから、お辞儀をすると退室した。


「パパ、喜んでたよ。ありがとう」


 バナヨが微笑んでいた。その顔を見てると、この言葉がこみあげて来たんだ。


「バナヨ。何で、猫族の耳が無いんだよ」


「えっ? いまさら」


 バナヨは、不思議そうな顔をしていた。俺も何で言ったのかは分からない。でも、心から言いたかったんだ。

 しかし今日は何の挨拶だったんだか……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る