第9話 演劇部の創猿伝

「それでは、これより演劇部による創猿伝そうえんでん の公演を開始します」


 アナウンスの後に鳴るブザーの音が俺を緊張させた。ゆっくりと幕が開いていく。

 今日は、高校での最後の文化祭だ。そして、今からが演劇部の晴れ舞台なのだ。この世界の猿人文明の始まる原因となった伝説の物語。それが創猿伝そうえんでん だ。その主役である救世主猿人を俺が演じるなんて……。皆で『他の猿人と違うから最適』とか、ぬかしやがって! 言い返せなかったじゃないか。最初の場面は、俺と天の声役の演劇部部長のみだ。まぁ、これで怖気おじけ づくなら卒業後の、お笑い芸人なんてなれないだろうからな……。

 さあ、劇の開始だ。


「なんだ此処は? 白色でもなく、暗闇でもない。透明じゃないか! 否、目で見ているのではない。視覚でなく、意識で感じている。まるで魂の状態だ……。そうか此処は、天界なのですね!」


「目覚めたようだな。ならば、救世主として行ってまいれ。不安ならば、共を付けてやろう。希望はあるのか?」


「お気遣いを感謝します……では、あの天使長を」


 俺がセリフを言い終えると、天使長役の男性部員のルワイが下手しもて から歩いて来る。天使の格好だが、けだるそうな態度の演技が様になっていい演技だ。練習の成果だな。


「付き添う天使は、俺だけなのか?」


「なるほど。天使長だけあって、プライドが高そうだな。そうだ。君だけだ。これから行く惑星は、小さいからな。君は、天界で反抗的な態度で、敵対する天使も多いと聞いている。ならば、僕と一緒に救世主任務を補佐して成功させれば、汚名返上できるのでは?」


「いいだろう。退屈しのぎに丁度いい。俺の事は、ルシピーと呼んでくれ」


「決まりだな。よろしく、ルシピー」


 そして、舞台は暗転した。なんとか最初の場面を乗り切れたな。



 *****


 次の場面は、小さな丸太小屋の中。そこで俺は、猿人の青年で祖母と朝の食事をしている場面なのだ。


「ばあちゃん、僕達は、何故こんな森の奥深くで暮らしているの? 昨日、森で有った猿人の男から聞いたけど、街と言うのがあるんだって。僕は、街に行きたいなぁ」


「お、お前は何を言い出すんだい。駄目だよ絶対に! 街には、私達猿人族と違う種族がいるんだ。それは、恐竜族と言って、爬虫類が進化した様な容姿をしているの。そして、猿人を見下しているから、酷い目に遭うのは確実よ。特にお前は」


 ばあちゃん役は、俺の猫耳を指さした。すると、小屋の扉を叩く効果音が鳴る。


「誰だろうねえ。こんなに朝早くから」


「ばあちゃんは、食べてて。僕が出るよ」


 扉を開けると、衝撃を表す効果音が鳴り、羽の生えた猿人が立っている。勿論ルシピーなのだが。


「うわあああ! 羽の生えた猿人だ!」


「時が来たぜ。大将!」


 そう叫んだルシピーが俺の頭を掴んでヘッドバットをするんだ。一瞬ふらっと、よろめくが持ち直す。ここは、笑いを誘う場面だ。観客の笑い声が耳に入って来る。ほっとしたぜ。


「目覚めたぞ。さあ、ルシピーよ。救世主の任務に向かうとするか」


「ああ、そう来なくちゃな。大将」


 舞台は、また暗転。次のハクアの街のシーンで、いよいよクライマックスだ。



 *****


「大将、この街ハクアには、当然に恐竜族が居る。奴らは、猿人を見ると見下して、罵倒をしてくるから要注意だ。まぁ、なんかあったらその時は、俺様が……」


「罵倒か……。まぁ、怒っては駄目だ。無視されるよりは、寂しくない。暴力を振るわないだけでも良い者達としようじゃないか」


 そして、下手から片手に棍棒を持った恐竜族の二人組と右手を紐で繋がれた猿人娘役のバナヨが現れる。それから、通りすがりの猿人娘役のルネが恐竜人の前に現れた。


「おっ、この女。猿人のくせに可愛いじゃねえか。俺と遊ぼうぜ」


 そうセリフを言って、ルネの手を掴んだ。その時に無性に恐竜人役の手を掴みたくなっていた。どうしたんだ俺は? そんな事は台本に無い。必死で我慢した……。は、早く絡んでくるセリフを言ってくれ。


「おいおい、そこの猿人の二人組よぉ。なに見てんだよ。文句あるのか?」


 そう言いながら恐竜人の二人と猿人娘二人が目の前に来た。


「おい、お前ら! 何を偉そうに、猫の耳とか羽を付けてるんだよ。格好つけてんのか? かぶいちゃってんのか?」


「……」


「なんだぁー? 俺たち恐竜とは、しゃべる口がねぇってか? しょうがねえ、身体にきいてやるよ!」


 そう叫ぶと、恐竜人の一竜ひとりゅう が、持ってる棒で、ルシピーの背中を殴った。ルシピーの叫び声がステージに響く。ルシピーは、地面に片膝をついた。苦痛の顔をしながらも、吹っ切れたような笑みを浮かべる演技をする。


「俺の、天界の力を見せてやる!」


「僕らを殺さないだけ、良い恐竜じゃないか? そうだろルシピー!」


「だが、大将!」


「猿達が、うるせーんだよ!」

 

 ルシピーを説得するのに必死な気持ちを表す為に、全力で俺は叫ぶ。しかし、その後に怒った恐竜人の二竜が棍棒で俺を袋叩きにしだすのだ。俺は、たまらずに地面に伏せるが、袋叩きが止まらない。ついに、両手の平手で背中を叩くのも始まった……。はぁ? そんなの台本に無い。客の笑い声が聞こえるぞ。も、もしかして、猿人娘がリンチに参加してないか? バナヨだな! アドリブしやがってー。痛いぞこら!


「大将! こうなったら全力でやるぜぇー!」


「ルシピー! よすんだああああああああ!」


 俺の叫びに耳を貸す様子もないルシピーが満面の笑みを浮かべて、右手を開いて天にかざす。


「ストーンギフトー!」


 ルシピーの叫びの直後に、ゴゴゴゴゴ! と重低音を利かした効果音がステージに響く。ステージ上の全員が天を見上げる。


「超巨大な隕石が落ちて来るぞー!」


「ぎゃああああああ!」


 叫び声を上げて走り回る恐竜人達と、しゃがんで顔を覆う猿人娘達。俺とルシピーは、天を見上げたままで、その場に立っていた……。少しして、ズゴーン! と物凄い爆発音の様な効果音がして、舞台は暗転する。最後は俺のナレーションだ。


「美しかった惑星は、超巨大隕石の衝突で、変わり果てた。粉塵が太陽の光を遮り、氷の惑星に姿を変えた。その影響により、恐竜族は絶滅したのだ。ルシピーは、天使長でいられまい。遠い銀河の惑星に追放か? まぁ、素直に応じるとも思えないが……。猿人族ならば、この苦境を乗り越えれるはずだ。太陽がある限り、年月が経過すれば氷も解けであろう。その地に繫栄するがよい」


 ナレーションの終わりと同時に明転する。舞台に演劇部員全員が並ぶ。すると、体育館は観客の拍手喝采が鳴りやまなかった。まぁ、この演目で外れる事は無いのだけど。観客の笑顔を見ると気分がいいものだ。

 俺の興奮した心も落ち着いてきたので、客席を眺めて見た。その中に親父と、おふくろ。その横には、ミケとペパミンの姿が見える。両親を見ると、二人とも目をハンカチで押さえている様子だった。

 最初は、成り行きでの入部だったが、演劇部に入って良かったと思う。俺は高校生活を、この思い出を忘れないだろう……。

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