第8話 猫耳と進路希望

 歩く俺を、太陽の光が照らし、そよ風も気持ちよくなる季節が訪れた。

 個人的には、冬が便利でいい。なぜなら、パーカーをかぶって頭の猫耳を隠せれるから……。

 高校の登校途中に見る桜の花びらも美しく満開に咲き、それを見るのも三年目になっていた。月日が経つ早さを感じさせる。


「今から配るプリントに、卒業後の進路希望を書くように、提出は今日でなくていいから」


 担任教師は、そう言うとプリントを配りだした。

 進路希望? その言葉に心は、焦った。今までに何も考えてこなかった。『炬燵こたつ で丸くなって暮らすだけだぜ』そんな冗談を子供の頃は、言った事がある。

 しかし、最近は、将来の話しから逃げていた。大学進学希望の奴が多いのだろうな。俺は、勉強を全くと言っていい程にしなかった。卒業ができる程度の成績。

 まぁ、万が一に大学に進学したとして、その先の希望が無いと思っていたのだ。

 猫耳を雇う会社なんてあるのかよ……。



 *****


 あれこれと、将来の事を考えていたら、授業に身が入らずに放課後になっちまった。なんか、考えすぎて疲れたな。部活に行っても、身が入りそうにない。

 俺は、そう思いながら教室を出て、下駄箱に向かった。


「あれっ。ラキ、帰るの?」


「バ、バナヨ……。ああ、今日は、なんだか部活をする気分にならなくてな」


 こっそりと帰ろうと思っていたが、同じ部の者に見つかってしまうとは。それも一番に、うるさい女子に。まさか説得してきて、無理矢理に行かそうとするのか?


「そうなんだ。じゃあ、病気でもなく、用事も無いのよね?」


「ああ」


「それなら私も今日は部活に行かない。だから、この後は、ちょっと私に付き合ってよ」


「はぁ? まぁ、いいけど」


「じゃあ、決まりね」


 なんだか成り行きで、俺は、同じ部のバナヨ・モンキと半ば強引に用事ができてしまった。

 バナヨは、前からこうなんだ。俺が演劇部に入ったのも、バナヨの勧誘があったからだ。俺の猫耳を見たバナヨが部のマスコットに最適とか、化け猫役が似合うとか言って説得されたのだ。結局は、部員が少ないだけだったが……。まぁ、俺もしたい事が無かったから、何もしないよりは楽しかった。

 しかし、何なんだろうか? 二人だけで……。デートなのか? 告白されるとか?

 がらにもなく、俺の心臓の鼓動は、早くなっていた。



 *****


 夕暮れ時のファーストフード店は、にぎわいを見せている。学校帰りの学生も多いが、幼い子供連れの親子も居る。楽しい、ひと時を過ごしているようだ。

 俺とバナヨは、セットメニューを購入し、受け取ると席に着いた。


「ねぇ、ラキ。進路希望は、もう提出したの?」


「いや、まだだ……」


「じゃあ、私と結婚する?」


「ごほっ!」


 想像もしていなかったバナヨの発言に俺は、飲んでいた炭酸飲料ゴーラを吐き出しそうになるのを無理矢理に堪えて、むせてしまった。すぐ近くの席の親子が俺を見て、笑っているようだった。しかし、恥ずかしさよりも、驚きが勝っていたので気にしなかった。いきなりプロポーズ的発言をするか? まずは、告白からだろうが!


「結婚? 何でそうなる?」


「あれ? やりたい事あるの? それとも彼女いるとか?」


「両方ないけどもだな。選択に、お前との結婚が一番ないわ!」


「……」


 あれ? 反応が無いな。まさか本気だったのか? 振っちゃったのか……俺。

 バナヨは、黙って俺を少し見つめてから、辺りを見回した。俺もつられて見回した。すると、近くの席の客達が笑っていた。俺のせいか? 感情入れて、声が大きくなったのが聞こえたか?


「結婚は冗談よ。でも気に入ったわ」


「気に入った? 彼氏候補としてか?」


「うふふふ。色恋の話しは、一旦忘れてね」


 少し笑っていたバナヨだったが、俺に将来の希望を話し始めた。バナヨの両親は、お笑いの芸が大好きらしい。娘にバナヨ・モンキというフルネームにしたのも、それでか。モンキーバナナみたいだもんな。そして、バナヨ自身も名前を気に入っていて、お笑い好きだった。学校の演劇部も、出来れば、お笑い研究会にしたかったそうなのだ。

 卒業後は、お笑い芸人の道に進みたい事を話してくれた。


「一緒にやろうよ?」


「えっ? 俺は……」


「何? 猫耳を気にしているの? これからの一生を隠れて暮らすつもり? ラキは、センスあると思う。猫のツッコミ、猫パンチを世間に見せてやろうよ!」


「……」


 俺は、沈黙した。誘われて嬉しかった。でも俺が、お笑い芸人? 猫耳の俺が? 猫又と怖がられるんじゃないだろうか? 心の中で葛藤かっとうをしていた。

 すると、足元に何かが転がってきた。どうやら、子供用のセットメニューに付属の玩具のようだ。拾い上げるやいなや、寄ってきた幼児に手渡した。


「ありがとう。猫耳をさわらせて」


「怖くないのか?」


「うん。ニャンコさん」


「ニャンコさんか。ほら、どうぞ。気を付けて」


 しゃがんで、猫耳を触らせると、幼児は満面の笑みを浮かべて、キャッキャと喜んだ。それを見ていると心がなごんだ。



 *****


「バイバーイ!」


 店の出入り口の前で、幼児は、元気な声で挨拶し、俺達に手を振っていた。俺達も手を振ると、母親は、会釈えしゃくをしてくれた。その時に俺の気持ちは、固まった。


「俺、お笑い芸人やるよ! これから、よろしく」


「今、いい顔してるわよ。こちらこそ、よろしくね。ニャンコさん」


 俺とバナヨは、笑顔で握手をわした。それは良かった。しかし、明日からは、文化祭の出し物である劇の練習が始まると告げられたのだ。握手の手が強く握られる。紐で繋がれた気分がした……猫なのに。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る