第6話 心穏やかに

 ドアをノックする音が、ふかふかのベッドで寝心地が良い為に、死んだように熟睡していた僕の目を覚まさせた。いや、その音だけでは無い。ほんのりと香るいい匂いが身体を起き上がらせる原動力となった。たまらないなぁ。空腹を刺激するから目が覚めた。起き上がり、ドアを開けてみる。


「おはよう。やっとお目覚めかな? 昼食を持って来たの。朝は、返事がなくて」


「もう昼食の頃か。ぐっすりと寝てたよ。ありがとう」


「じゃあ、部屋に入るね。食べながらでいいから話しを聞いて」


「了解」


 テーブルに置いてくれた昼食を早速食べ始めた。するとパルネが話しをし始める。それは、捜している男と思われる情報だ。その男は、ガオリン村に行ったついでにパワチの実を取って来ると言っていた事。それ以降は姿を見なくなったと言う事だった。なるほどな……。消息を絶った理由は想像できる。


「いい情報をありがとう。おかげで納得できたよ」


「どういたしまして。私達もパワチの実の情報が手に入ったし。リポスったら張り切っちゃって。青頭巾をかぶ って、腰にロープを巻いてた。獣人族を真似まね るためだって。それから、朝早くに出て行っちゃったわ」


「な、何!? そうなのか?」


「そうよ。『母ちゃんは、おいらが治す』って言ってた。大丈夫よね? 獣人族は、平和主義者と聞いているわ」


「獣人族は、いいんだけど……」


僕の反応にパルネは、驚いた様子だ。説明しないと駄目だな。まず、パワチの木の周辺が地形的に危険地帯であること。そして、ゴブリンの生息地である事を話すと、パルネの顔は青ざめていた。


「僕は、今すぐに後を追うよ」


「私は、ギルドに捜索隊そうさくたい を頼んでみるわ。馬車を出してくれるかも?」


「それがいい。じゃあ、僕は、お風呂に行くよ」


「ええっ?」


「あっ、言い間違えた。追いに行くよだ」


「そうよね。良かった」


 そして僕は、取る者も取りあえず宿屋を飛び出した。



 *****


 かなりの距離を走って来たな……。生まれてから、こんなに走った事は無いぞ。でも、その甲斐かい があった。遠くに見える森の出口の向こうに、青頭巾を被った子供の姿が見える。真っ直ぐにパワチの木に向かっているみたいだな。まずいぞ、このままでは間に合わない……。


「これが僕の信じる生き方だ!」


 天に向かって叫んでから、着衣をその場に脱ぎ捨て全裸になった。それから、全身に気合を入れた。

 すぐさま、チーターの姿になった僕は走り出した。風になるような気持ち。今までにない全速力だ!



 *****


 リポスまで、もう少しの距離まで来た。しかしリポスは、既にパワチの木の根元に居る。子供の体重なのが幸いしたか? 地面は、まだ崩れてない。リポスがパワチの実を、もぎ取るのが見えた。


「やったー!」


 リポスの喜びの叫び声と共に小躍こおど りする姿が目に映った。駄目だ。その行為は! 力を振り絞り、リポスまで駆け寄る。

 なんとか間に合い、リポスの腰のロープを噛んで掴んだ。すると、途端に木の根元から土地が崩れだす。僕は、後方へジャンプした。その直後だ。目の前のパワチの木と根元の土地は、奈落の底へと落ちて行った。

 間一髪だったな。


「わー! 食べられるー!」


 叫ぶリポスの声が木霊こだま していた。それが止まない間だった。身体に激痛が走る。何か刺さったぞ。くそっ、矢か。リポスを、そっと地面に下ろす。それから矢の飛んで来た方に向いた。

 馬車と弓を構えた捜索隊員と認識した瞬間だ。僕は、二度目の激痛に襲われる。喉元を矢で貫かれた。これは、致命傷……だな……。僕は、その場に倒れて横たわる。


「嫌ー! ガムナー!」


「パル……ネ」


「そ、その声? ガムナ兄ちゃんなの? 駄目だよ。死なないでよ」


 身体にリポスの目から流れ落ちた涙とおぼ しきを感じる。それが、痛みを癒してくれる気がする。もう僕は死ぬだろう。この世界では、子供を救えた……後悔はない。それに、前の世界での青年の痛みを感じれた。ごう を消せただろう。僕の心は穏やかだった。納得がいく生き方に満足していたから……。

 僕は、微笑みながら目を閉じて息を引き取っていた。


 こうして、獣人となった異世界での魂の修行が終わった。だが、まだ、ゴールではない。魂の修行は、まだ続く。

 言える事は、自ら修行を放棄しては駄目だと言う事だ。つまりは、自殺だな。僕が想像するのに、地獄行きになるのかもしれない……。

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