死神と天国か地獄か

零式菩薩改

第1話 死神と天国か地獄か

 ああ、もう立ち上がる力もないよ。俺は、此処で死ぬんだな……。こんな公園の片隅で、一匹で寂しく死んでいくんだ。子犬ならば、人間の誰かが拾ってくれるかもしれないが、よぼよぼのじじいの犬じゃ無理だ。いや、若い時でも人間が俺を雑種と呼んで、殆ほとんどの者は、相手にしなかったなぁ。俺は、人間の言葉が理解できる才能ある犬なのに。


 俺は、静かに目を閉じた……。


「おい!」


 いきなり大声で呼ばれて、俺は、驚いて、目を開けた。すると目の前に髑髏どくろの顔の黒い服を着た奴が立っていた。この服は、人間の大人の男が着ている。背広と言う服だな。よく見たら、服から出た腕も手も骨だぞ。取りあえず、吠えて、意志を伝えてみるか。


「な、何だお前は? 顔や腕や手も骨じゃないか……。骨を、しゃぶらせろよ」


「俺か。何に見える?」


「骨に見える。しゃぶらせろよ」


 俺は、骨をしゃぶりたい気持ちを抑えられずに、欲求を伝えた。


「俺は、死神だ! しゃぶらせるわけ、ないだろうが! 死にたいのか? いや、もう死んでいるか」


 死神の言葉に俺は、度肝を抜かれた。うっ、嘘だろ? 冗談に違いない。見た目が死んでるの、お前やろ! そう言ってみようか? いや、我慢しよう。


「本当に俺は、死んでいるんですか?」


「随分と、しおらしいじゃないか。ああ、死んでいる。だから俺が、やって来たのだ。お前は、生前に人に吠えたり噛みついたり、することなく静かに生きた。誉めてやろう。その褒美だ。天国へ行けるのと願いを、かなえてやろう」


「願いと言ってもなぁ。俺は、もう死んでいるし……」


「悩んでいるな。もう、俺の骨でも、しゃぶる事にしとくか?」


 悩んでいるのを見かねてか、死神が己の骨の腕を差し出した。


「おえーっ! いらねぇよ!」


 俺は、叫んで拒否し、そっぽを向いてやった。すると目線の先に一人の男の姿が目に入る。それは、髪も髭も伸ばし放題。ボロボロの服を着た中年の男だ。この公園に住み着いている男。


 近所の子供達からは、公園オヤジと呼ばれていたな。あの男は、たまに餌をくれた。あと、俺に襲ってくる他の犬を追い払ってくれた事もあったなぁ……。よし、願いを決めた!


「なぁ、死神さん。あそこに人間の男がいるだろう。あの人間に俺は、恩義があるんだ。あんな良い人間が、住む所も無いなんて、可哀想だよ。なんとか幸せにできないか?」


「承知した。少し待ってろ」


 そう言うと死神は、その場から姿を消した。



 *****


 しばらくして、死神より良い感じの背広を着た人間の老いた男が公園に入って来た。ぱっと見て、大きな家に住んでる人間だと俺にもわかる。そいつは、大きな箱を提さげている。あれには、人間が大好きな現金という紙が入っているのを見た事があるぞ。あの時は、怖そうな人間達が現金と白い粉を交換していたなぁ。


 そして、そいつは、公園のベンチまで来ると腰を掛けた。背広の胸のポケットから、なんかを取り出して手に持つと、それを耳に当てて話しをしだした。話しをする小箱だな。


 話しが終わったら、ベンチに大きな箱を置いて、公園のトイレに入った。


 少しして、そいつが、トイレから出て来た。あれ? そのまま公園から出て行ったぞ。


「よし、セット完了だ」


 死神が俺の前に突然に再び現れて、呟いた。それから、公園オヤジを指さしていた。次に、その指を置き忘れた大きな箱のあるベンチに向けた。それと同時に公園オヤジの顔がベンチを向くと、そこへと歩みだしたのだ。


「犬よ。奴は、幸せを掴むぞ。あのアタッシュケースには、人間が幸せになるための現金という物が沢山入っている。あれを公園前の交番に届ければ、持ち主から少し分けて貰えるのだ。あの金額ならば、住む家も買えるだろう」


「そうなんですか? 良かった」


 死神の説明を何となく理解して、俺は微笑んだ。良かったな、公園オヤジ……。


 そして、死神と俺は、公園オヤジを見守っていた。


「何!?」


 死神が声を上げた。公園オヤジが、アタッ、アタッシュケースか。それを提げて、交番のある方向と反対方向に走り出したからだろうな? 多分。


「おい、犬。奴は、良い人間と言ったよな? あっちに行ったら駄目だぞ」


 死神の声は焦った様子だ。


「こらー! わしのアタッシュケースを盗むなぁー! 泥棒がー!」


 公園オヤジの向かった方向の公演の出入り口から、持ち主が歩いて来て叫んだ。その声は、公園中に響きわたる。すると、公園オヤジが慌てた様子で、また反対方向の交番のある方の出入り口へと走り出した。


「まてー!」


 持ち主の大声が止まない。すると、騒ぎを聞いたのか、警察官が公園の中に駆けつけて来たぞ。


「止まれー!」


 警察官が叫ぶ。それに驚き、公園オヤジは、足を絡ませて倒れた。その弾みで、ポケットの中のナイフが外に飛び出したんだ。あれで、木の実の皮を剥いでくれた事が……。混乱したのか? ナイフを掴んで警察官に向かって、突っ走る公園オヤジ。何をしているんだよ。アタッシュケースを警察官にわたすのか?


「ナイフを捨てろー!」


「おい、やばいぞ。警察官が拳銃を抜いたぞ」


「あれは、やばいんですか?」


 死神の答えを聞く間も無く、ズキューン! と凄い音がした。公園オヤジの胸から血が噴き出し、倒れる姿を見た俺は、拳銃の恐ろしさを知ったのだ。


「し、死神さん。どうするんですか?」


 俺は、焦って死神に尋ねた。死神は、落ち着いた様子に変わっているようだ。ポケットから、話しをする小箱を取り出して、指で押しているけど。


「もしもし、死神です。そうそう、犬のせいで人間の一人が悪事をしちゃったよ。そしたらさぁ。結果、死んだから。で、今から一匹と一人を地獄へ連れて行きまーす」


「えっ? そんな……」


 俺は、呟いた。すると、公園内に冷たい風が吹き、木の枝に張った蜘蛛の巣が揺れていた……。     完


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