第4話 心ゆくまで喜ぶ
白いスポーツカーから赤い野球帽をかぶった西洋人の男性が降りた。彼は大柄で、それに対して車は笑ってしまうほど小さく見えた。Kはその車から薄く流れている音楽が気になって、おずおずと自分の自転車を引いて彼に近づいた。赤い帽子の男は、隣でウロウロしているKをじっと見つめながら、顎に稠密に生えた銀色のヒゲをただのんびりと撫でていた。何語の音楽なのかよく分からなかったが、どことなく切なく盛り上がるメロディーだった。
車の中に子供がいた。いち、に、さん、よん。4人の子供たち。Kは目を避けた。いい曲だと独り言を言っていたところ、赤帽子の男がKの自転車を蹴って、力いっぱい踏み始めた。ところがKは彼を止めようともせず、彼のいかにも脈絡のない乱暴を見て拍手しているのであった、とても楽しそうに。子供たちも車から出てKのそばに立って、その光景に目を固定した。
「切り開いて、開いて、開いて、暴ける! 全てを暴き切るんだ!」
男の言葉に再び手を頭の上まで上げて拍手を送った。我々だけが純粋に慌てていた。非常識が今日の計画を狂わせる、オオ、チェリーよ、チェリーよ、マンダリンは必要ではない、どんな別れが、どれほどの価値ある非道さが待ち受けているのかも分からないくせにさ、オオー、チェリーよ、オオー、そんなわけでさ、チェリーよ、チェリーよ、全く出て来ない果実よ。絶望にはなんの価値もなし。
「K、学校に行かなきゃ、もう夜になちまったよ。」
「K、急がないと、自転車は置いて置けよ!」
我々は暴力に反抗する。価値のある暴力なんかない。勝ちにさえ価値ない。言葉のいたずらだけ。ホイールが折れた。彼はタイヤをかみちぎった。
「K、行くよ。」
「わかった。」
Kは動かなかった。Kは自分の体についていたものがさんざんに破壊されるのを見て楽しさを感じることができた。見知らぬ人からの見知らぬ接触。Kは動かなかった。判別できず、それがKが忘れていたどんな明確性への意思に触れたのかも知らなかった。言語外の出来事こそありままの色。Kは見極めができない状態で生まれたからだと思う。この世は危険すぎる。やるよりやられることが多い。やられることよりやらせられることが多い。結局のところ、自分がやられることを自分にやらせることがほとんどの人々が直面する生き方。自分にやられていて文句さえ自分の中心から出られない。我々はKにそのような社会感を克服することを望んだか?
「私もこの車、壊しちゃおうか?」
Kは子供たちに顔を向けた。子供たちは顔を横に振った。一人の女の子だけがうなずいた。女の子はKに耳打ちでこう言った。
「眠くない。100時間寝た。」
Kは子供の毒気に従うつもりはなかった。醜悪になるだろう。子供はいつも距離的に近い誰かになんでも言えるような態度で、実際は何も言わずに相手をある程度望むほど動かせるんだ。Kは大人の嘘ならともかく子供に騙されたくなかった。Kは子供の言うことなら何も信じなかった。
「うちのおばあちゃんは犯罪者だって。あそこにいる。一緒に行こう。」
Kは子供の無邪気な利己心に従うつもりはなかった。赤帽子の男はまだくちゃくちゃと噛んでいた。子供の思いは恐ろしい。四人の子供達がKを取り囲んだ。だから確実に言った方が良かった。Kにそこまでさせる何らの理由もなかったのに、我々はむやみにKの未熟な調子に合わせて秘話のような汚い目論見に足を踏み入れずには前に行けなくなったわけだ。子供たちはKの両手を両側から掴んで歩き出した。悔しくて、悔しくて。
「うちのおばあちゃん、監獄に行ってきたんだって。」
「うちのお父さんと伯父さんは仲良くしてなくて、伯父さんがタバコでお父さんの背中に、タバコで、こうやって、こうやって、穴ができちゃったの。伯父さんは他の伯父さんとも喧嘩して、また穴ができちゃって、ママは叔母さんに会えないんだ。二度と会うなって、お父さんが。妹なのに。」
畑が続きまばらに家があった。夜の田舎だけの何気ない圧力。風も、暑さも、軽さも、重さも、かすかではなかった。目障りなものは一つもなかった。子供たちの息。 Kの手のひらに汗が出た。手を放したい。放したい。放したい。放したい。そんな苦しい気がするほど、Kを握っている小さな手にさらに力が入って、Kの上半身は下に下がった。暑い空気の中の風は寒かった。星だらけの黒い空が崩れそうに上がった。
身代わりの月を連れて来い、
何度も、何度も
句点は打たなく、丸の中で丸が丸を生んでる。
その嘲笑は誰の要請なのか、
歯茎の妖精なのか、
憂鬱は醜い上に痰になって沸騰している。
「見て、見て、うちのおばあちゃん。」
バス停の横、売り台が見えた。子供たちはKを置き去りにしておばあさんを呼んだ。我々は見た。Kの顔に薄い月の光が当たった。目、鼻、口がある。目、鼻、口、耳がある、Kの顔に。Kは見ている、呼吸している、話している、聞いている。我々のささやきなどは非現実的なものだ。絶対は敵だ。我々は絶対だ、落ちない水玉だ。
「K、今だ、逃げて!」
「ちょっと気になって、見てくるよ。」
売り台上には指の長さほどの何かが並んでいた。うずくまっていたおばあさんが立ち上がって、指差しで一つずつ説明した。
「これはウサギちゃん、初めて作ったもの、これはワンちゃん、これは鯖、またウサギ、猫、鹿。全部飯粒で作ったんだよ。刑務所のご飯はあまりにもまずいから。」
Kはウサギが気に入ったのか、それを触ってみた。でこぼこした表面、驚くほど硬い。
「食べちゃダメ。お腹がおかしくなる。おもちゃだよ、おもちゃ。」
Kはウサギとサバがとても欲しかったが、お金がたりなくてあきらめるしかなかった。帰路を失ったKは、しばらくそこで黙って立っていた。何をすべきか、以前にどんな目的があったのか全く思い浮かばなかった。星だらけの黒い空が崩れそうに上がった。
待っても待っても変わりはなかった。ひょっとして赤い帽子の男が来ようかと思ったが、彼が来ても変わることはなかっただろう。変化は起ころうとしない。Kが待っても待っても影すらない期待が満たされることはありえない。
このすべてが、Kを待っているから。
このすべてがKの動きを待っていた。Kが待っているなら、私たちも待っているだろう。そしてKが飽きて動けば我々も動くだろう、全てのことが一度にこの遊戯に加わって、時間という濁流になるだろう。
「音楽ってさ、いらないんじゃない?」
「音楽、音楽とは、胡散臭くて、せいぜい生意気なうわ言ばかりこぼすだけでしょう。」
「さっきは聴くべきではなかった。」
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