第51話 朝の訪問者


 ルーナがステータス異常『辛い』から復活するまでの間に、俺は朝食のメインディッシュを作る。

 せっかくルーナとフェリが採って来てくれた野草たちも、毒さえなければ2人の見立て通り強力な滋養強壮効果がある食材だ。


 俺は「トゥルーカット」の能力、『毒性や有害成分を自動で無効化』存分に発揮してキノコと野菜を切っていく。

 この部屋に調理場はないので、キャンプスキルでキッチンを出す。

 火事だけは起こさないように気を付けないと……。

 大きな鉄鍋を火にかけて、油を少量入れて熱し、鍋が温まったところで細かく刻んだ異世界のスパイス「スモークルート」を投入すると、スパイスの香ばしい香りが立ち上る。

 目が覚める良い香りだ、ルーナにはもう必要なさそうだけど。

 刻んだ野草を鍋に入れると、すぐにパチパチと軽やかな音を立てながら炒められていく。

 鉄鍋の熱を受けて、緑が鮮やかに映え、野草がしんなりとしてくる。

 香り高い「ルーシリーフ」は炒めると甘みが増し、「ビターブルーム」はその少しの苦味が料理全体の味を引き締める役割を果たしている。

 ちなみに、逃げ出そうとしていた大根みたいな野菜は……何かかわいそうなのでこっそりと逃がしてやった。

 火から下ろした炒め物は、湯気とともに異世界の独特な野草の香りを放ち、鮮やかな緑と色とりどりの香辛料が食欲をそそる一品に仕上がった。


「はい、お待たせ。2人が取って来てくれた野菜で作ったんだ」

「わぁー! 良い香り!」

「野菜がいっぱいで美味しそう……」


 しかし、ルーナは焦った様子で冷や汗が頬を伝う。


「わ、私はお肉でお腹いっぱいになっちゃったからいいかな……あはは」

「ダウト……ルーナがお腹いっぱいになんてなるはずがない……」

「なるよ!? 食べてればいつかはなるよ!?」


 フェリに指摘されて焦るルーナ。

 そう言えば、俺と初めて会った時に『苦い野菜は嫌い』って言ってたっけ。

 俺はルーナの分を鍋から取り分けると、苦みが感じなくなるように味付けをする。

 そして、ルーナの大好きなお肉で巻いてあげた。


「ほら、これならルーナでも食べられるでしょ?」

「で、でも野菜だし……」

「ルーナはいつも生で食べてるから苦いんだよ。味付けもしたし、きっとこれなら大丈夫」

「でもぉ……苦そうだよぉ……」


 ルーナは葛藤する様子を見せる。

 ワサビのせいで緑色恐怖症になってるわけじゃない……よね?


 食べられない物があることは別に悪い事だとは思わない。

 でも、自分が美味しいと感じている物はやっぱり他の人にも美味しいと思って欲しい……。

 という訳で、俺からもルーナにイジワルをすることにした。

 日頃の仕返しだ。


「ほら、ルーナ。あーん」

「あーん♪」


 俺はお肉で巻いた野菜をルーナの口元に差し出す。

 すると、ルーナは上機嫌でパクリと口にした。


「しまった! 条件反射で!」

「エノアにあんなことされたら当然……私にもやって……」

「私にもしてもらった事を思い出して口元が緩んでしまいます……えへへ」


 ルーナは半信半疑といった様子で咀嚼する。

 しかし、すぐに目を輝かせた。


「何これ、全然苦くない! シャキシャキしてて美味しい!」

「そうそう、野菜は食感が美味しいんだよ。ルーナにも分かってもらえて嬉しいな」

「野菜ってお肉で巻くと美味しいんだね!」


 感動しているルーナに満足していると、俺の服の裾がクイクイと引っ張られた。

 目を向けると手に野菜炒めを持ったフェリがいた。


「エノア……次は私……」

「えっと……?」

「私の口にも入れて……」


 一緒に居て薄々分かっていたけど、フェリは甘えたがりだ。

 いや、エルフ族の王女なんて常に重圧に晒されているわけだし、もしかしたら今まで威厳を気にして誰にも甘える事なんてできなかったのかも。

 それに里を燃やされて、その復讐の為にたった一人で森の中エラスムスの隙をうかがってたんだ。

 それを倒して、ようやく安心できる存在がそばに現れたと思えば、こうなるのも当然だろう。

 俺なんかでよければ、甘えさせてあげよう。


「はい、フェリもあーん」

「あーん……ふふ……美味しい……」

「いいなぁ……」

「もしかして、ロマリアも食べさせてもらいたいの?」

「い、いえっ! 私なんてそんな!」

「遠慮しないで良いよ。ほら、あーん」

「あ、あーん!」


 フェリとロマリアに餌付けをしていると、ルーナが少し不機嫌そうな顔をする。


「エノアってロマリアとフェリに甘いよね~、別に良いんだけどさぁ」

「2人とも辛いことがあったんだから、俺なんかで良ければ好きなだけ甘やかしてあげたいんだ」

「私だって辛いことがあったんだけど……」

「――え?」

「あっ、嘘噓! ごめん、今の無し! さぁ、私もエノアの作った美味しいご飯を食べよーっと!」


 それから、ルーナは無理やり明るく振舞うようにご飯を食べて、すぐにいつもの調子に戻った。

 ルーナが抱えてる『辛い事』、いつか俺にも話してくれる時がくるのかな。


 朝食を食べ終えると、部屋の扉がノックされた。


「ロックかな? 今開けるよ」


 俺が扉を開くと、相変わらず浴衣の正しい着方を知らないようなレイナがにっこりと微笑んでいた。


――――――――――――――

【業務連絡】

 いつも読んでいただき、ありがとうございます!

 次回からエルフ族、奪還作戦です!(予定)

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