第5話 気に入られちゃいました
「……ふぅ、やっぱり人間の姿の方が風を肌に感じやすくて気持ち良いね」
そう言って、少女は伸びをする。
目の前の大きな白虎が銀髪の猫耳少女になってしまった。
俺は頭を悩ませる。
「ステーキ、大き過ぎるの焼いちゃったかな……」
「最初に『お肉を食べきれるのか』を心配するのは君らしいね。大丈夫だよ、私食べるの大好きだから!」
白虎は元々人間の言葉を話していたし聖獣なら人間化できても不思議じゃない。
そもそも、この世界には人間以外にもエルフやら精霊やらが居ることも本で読んで知っている。
彼女の服装は肌の露出が多くて少し目のやり場に困るけど……。
「人間の姿になれるんですね」
「うん、トラの姿だと君が焼いてくれたこのお肉も一口で終わっちゃうからさ」
「人間になった途端にお名前で呼んだ方が良い気がしてきました。俺の名前はエノアです。聖獣様のお名前は?」
「あはは、そういえばまだお互いの名前も知らなかったね。私の名前はルーナ! ルーナ=フレスベルク! よろしくね、エノア!」
お互いに自己紹介も済んだところで、俺はスキルでテーブルや椅子を出して食事の準備を進める。
SSランクなだけあって、出せるアイテムはかなり膨大だ。
テーブルも本格的な物を出せるし、テーブルクロスにキャンドル、さらにはお肉に合うワインまで出せてしまった。
俺はまだ十歳だからお酒は飲めないんだけど……。
できるだけ見栄えが良くなるよう、ルーナの為に俺はテーブルをセッティングしていく。
大きなお肉の塊を食べやすい大きさに切り分けてお皿に盛りつけていった。
「すごいねー、エノアのスキル。こんなにお洒落な場所も作れちゃうなんて」
「食事は雰囲気も大事だと思ったので」
「じゃあ、早速頂きまーす!」
席に着くと、2人で顔を合わせて食べ始める。
スキルで出した最高級の牛肉は頬が落ちそうなくらいに美味しくて、ルーナは感動しながら終始ご機嫌で足をパタパタと動かしていた。
食事を終えると、スキルで食べ終わったお皿やナイフとフォークを消す。
このスキルは出すことができれば消すこともできるみたいだ。
「ご馳走様でした! はぁ~最高だったよ!」
ご満悦の表情でルーナはお腹をさする。
聖獣だって言うけど、こうして見ると年相応の少女みたいだ。
「お口に合って良かったです」
「食べ過ぎてしばらく動けないかも~。ねぇ、せっかくだからのんびりしてる間に君の話を聞かせてよ」
ルーナはそんな事を言い出した。
「『俺の話』ってどんな話ですか?」
「全部! 君がどんな人生を歩んできたのかとか、猫神様を救った時のことも気になるしね~」
「えっと、つまらないですよ? 本当に中身の無い人生でしたし」
「いいのいいの、私は君に興味深々なんだから!」
そう言って、ルーナは自分が座る原っぱの隣をバシバシと手で叩いて催促する。
俺はその要求通り隣に座ると、ルーナはススッと俺に身を寄せた。
「ほらほら、聞かせて? 私は君に恩返しする為に来たんだから」
「分かりました……。ではこの世界に来る前の俺の人生から話しますね」
そうして、テーブルの上に置いてあるキャンドルの炎の揺らめきを見ながら俺はルーナに話をした。
本当につまらない、何の価値も無い俺の人生の話を。
しかし、そんな話をルーナは凄く真剣な表情で聞いていた。
俺が全てを話し終える頃にはルーナは大号泣。
俺はスキルで出したハンカチを手渡す。
「ど、どうしてそんなに泣いているんですか?」
困惑しながら尋ねると、ルーナはしゃくりを上げながら話す。
「だって! 君は2度も親に捨てられたんだよ!? 生まれ変わって、今度こそ親に愛してもらえると思ったら今度は山に追放されるなんて! こんなのって……! あんまりだよ……」
ルーナは俺の境遇を自分の事のように悲しんでくれた。
俺は困惑したままだった。
今まで、そんな風に思ってくれた人はいなかったから。
「良いんですよ、俺は要らない子みたいなので」
気を使わせないように俺が力なく笑うと、ルーナは涙を浮かべながら怒ったような表情で俺の両肩を掴む。
「そんな訳ない! 君が……エノアみたいな優しくて素敵な人が要らない訳ないよ!」
そう言って、苦しいくらいに俺を強く抱きしめた。
初めて人の愛に触れたような気がして……。
俺はルーナの胸の中で動けなかった。
「エノアをこんな風にしたのは、ヴァリス王国のウィシュタル家ね……当主はアラン」
俺の頭を撫でながら、ルーナは呟く。
「白虎の聖獣たる私、ルーナ=フレスベルクを怒らせるとどうなるか……。死ぬほど後悔させてやる」
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