第7話 Vanilla Sky

 病院で手当をしてもらい、会計を待っている間、壮介は瀬那にコーヒーを買ってきた。

 「ありがとうございます」

 「病院で診てもらってよかっただろ」

 「すみません、お仕事忙しいのに」

 「市民を守るのが警察の仕事なんだから、そんなの謝ることじゃない」

 「でも……」

 「瀬那ちゃん」

 壮介は瀬那の方を向き直って、真っ直ぐ目を見つめた。

 「君はいつも何かを我慢しているように見える」

 「それは……そうした方が楽なんです。だって、こんなだし」

 「こんなって、何が?」

 「それは……」

 「自分の人生を生きるのに、誰かに遠慮したり我慢する必要なんかない。君は君らしく、生きたいように生きるべきじゃないのか」

 「……北山さんは美優みゆのことが好きなんじゃないんですか?」

 「今はそんなこと言ってるんじゃない。君のことを話してるんだ。いいか、痛い時は痛いって言わなきゃだめだ。人の尻拭いをすることもない。怖かったら人に頼れ」

 「……わかりました」

 瀬那はにっこり笑った。

 「わかってないだろ」 

 「え? いえ、わかりましたよ」

 「わかってない」

 「何を……」

 「何で俺に連絡よこさないんだ?」

 「え?」

 予想外の言葉に瀬那は目をぱちくりさせて壮介を見つめた。

 「何でって……だって、北山さんは美優を……」

 「俺は必要ない人間とは連絡先なんか交換しないぞ」

 「え……?」

 「楽しかったですぐらい、よこしたっていいだろ」

 「あの……」

 「まさか、陽大はるとには送ったんじゃないだろうな?」

 「いえ、送ってませんよ。だって、美優の連絡先が知りたかっただけで、私は形だけだと思って」

 「今日から毎日よこすこと」

 「え?」

 「怪我の具合とか、気になるだろ」

 「あ、ああ、はい。それなら」

 壮介はスマホを取り出すと、何か操作し始めた。ほどなくして瀬那のスマホに着信が入る。

 −また何かあったらすぐ俺を呼べ

 文面と似合わないスタンプが添付されており、瀬那は思わず微笑んだ。

 −わかりました😊

 送られてきた絵文字を見て、壮介は口元が緩みそうになるのをぐっと堪えてコーヒーをぐいっと飲み干した。


 陽大はると蒼空そらのカフェ"Vanilla Sky"の前で足を止めた。

 壮介が瀬那をレストランに送り返した後に現場で落ち合うことになっている。

 ちょうどコーヒーが飲みたかったし、壮介にも差し入れが必要だしな、うん。

 自分に言い訳をするように言い聞かせ、陽大はカフェの中へ入っていった。

 店内には数人の客と店員の咲良さくらがいたが、カウンターの中に蒼空の姿はなかった。陽大は小さくため息をついた。

 「あ、都築つづきさん」

 「やあ、咲良ちゃん」

 「店長に会いに来たんですか?」

 「べ、別にそういうわけじゃなく、ただコーヒーを買いに来ただけだ」

 「ふーん」

 「それで、その……コーヒーを買いたいんだけど……蒼空は?」

 「店長なら、向かいの花屋で打ち合わせ中です。」

 「花屋で打ち合わせ?」

 「コラボカフェをやるらしいですよ。Fleurフルールっていう花屋なんですけど、店の一角をカフェにして、そこにうちのコーヒーとかケーキを出すって話が進んでるんです」

 「そうなのか」

 「そんなに時間はかからないって言ってたので、待ってれば来ると思いますよ」

 「いや、俺もそんなに時間はなくて……今、事件の調査中なんだ」

 「事件? どんな事件ですか? あ、もしかしてネットに出てた、女の人が殺されたやつ?」

 「咲良ちゃんも気をつけろよ。最近は予想もしない事件が多いから」

 「はーい。じゃ、コーヒーは私が作りますね」

 「なあ」

 カウンターの中に入ってコーヒーマシーンを操作している咲良に、陽大が声をかける。

 「最近、何でモーニングをやらないのか、何か理由を知ってるか?」

 「モーニング?」

 「朝食だよ。ここんとこ、蒼空とあまり連絡が取れなくて」

 「何言ってるんですか」

 「何って?」

 「モーニングなんかやってませんよ」

 「え?」

 「うちは10時開店です」

 「いや、俺はいつもここで朝メシ食べてたけど」

 「それは都築さんが店長に連絡した時でしょ」

 「そうだけど……」

 「気づいてなかったんですか」

 咲良は呆れたように陽大の顔を見た。

 「モーニングサービスは、都築さんにしかやってませんよ」

 「俺にだけ……?」

 「私がその場にいたこと、あります?」

 「いや……」

 「他にお客さんがいたこと、あります?」

 「ない……」

 「開店してるならなぜわざわざ連絡してから行くんですか?」

 「それは、材料の準備とか」

 「そうですよ、都築さんのためだけに材料を準備するんですから」

 「……」

 俺のためだけに朝食を作っていた……?

 いつも辛口な冗談を言いながらも、楽しそうに笑っていた蒼空の顔を思い出す。

 なぜ、俺のためだけに……?

 「向かいの花屋にいるって言ったよな?」

 「ええ」

 花屋にいる蒼空に会いに行こうとした時、携帯電話が鳴った。相原からだ。

 「はい、都築です」

 「都築、今すぐ北山と現場に行ってくれ」

 「え? 現場?」

 「二人目の犠牲者が出た」

 「二人目!?」

 脳裏にベッドに両手足を縛られて横たわっていた遺体が浮かんだ。

 またあんな事件が?

 「悪い、コーヒーはまた後だ」

 「え? ちょっと都築さん!」

 陽大は急いでカフェを出ると、壮介に電話をした。

 「おう陽大、もうすぐ戻るから現場で……」

 「現場が変わった」

 「は?」

 「二人目の犠牲者が出た」

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