第5話 原家の日常

・・・ガチャ


「ただいまー」


・・・と言っても誰もいない訳だが。


今まで何回か付き合ったことはあるものの、それも長続きはせず数か月で別れてしまった。


世間では3の倍数が別れやすいと言われている気がするが、俺の場合3の倍数までも付き合い続けることが困難なのだ。


最初に付き合ったのは大学の陸上部に所属していた時に、一緒に長距離の種目をしていた後輩だった。


それまでお互いに付き合った相手がいなかったため、全てが初めてでどこかぎこちなかった。


だが、どちらも大学に入学するタイミングで1人暮らしとなっており、家同士も離れていなかったため、半同棲のような生活をしていた。


そのため、初めてのキスやセックスまでにかかる時間は短かったように思う。


体の関係を済ませれば二人の仲はより深まるものだと思っていたのだが、俺の心は逆に冷めていってしまった。


そうして、冷めてしまった気持ちが戻ることはなく、夏休みに彼女が実家へ帰省している時、連絡を取ることを怠った結果、振られることとなったのだ。


俺が熱しやすく冷めやすいのは、あらゆるものに対してなんだと当時を振り返っても痛感させられる。


彼女と別れて後悔したことは何かないのか」と問い詰められても、気軽にセックスをできる相手がいなくなったこと、くらいしか出てこないことが、俺がどうしようもない人間だという証明になる気がする。


こういった、他人に執着性格は、よく言えば自立ができていると言うことも出きるだろう。


だが、これは結局何も生み出すことのできない、中途半端で冷めきった心でしかない。


俺もこの心に関して改善はしたいと思うものの、人間が改心するには相当ハードな修行か、天啓でも授からない限り不可能なのではないかと最近思い始めている。


それなら別に恋愛なんてしなければいいんじゃないか?


そう思う気持ちもあるのだが、彼女がいない時は、彼女が欲しくなるという、とてつもなく面倒な心なのだ。


だから、長続きはしないもののマッチングアプリや街コンなどで、その時は気の合った女性と食事をして付き合って、セックスして冷めて別れる、ということを繰り返している。


そういうクズと言われても仕方がない生活をしている俺も30歳となった。


もうしっかりと、「おじさん」と呼ばれる年齢である。


さすがに今までと同じように生きていてはダメだと感じ、何とか熱したままの心の状態を維持できるように努力するつもりではいる。


「はあ、と考えてはみたものの、今日は疲れたし風呂入って寝るか・・・と、その前に今日の株価がどうなっているか見とくか。」


俺はもはや癖となっている自分の資産状況を専用のアプリで確認する。


「ん?マジか、今日こんなに下がったのかよ・・・クソ!」


いつもは多少の上下で何か感じることは少ないが、今回は違った。


積み立てをしていた投資信託と個別で買っていた株のどちらも大きく値を下げ、総資産のうち数十万円のマイナスとなっていたのだ。


俺は「社畜のスミオ」というアカウント名でやっている生活での愚痴を書き込むためのSNSアプリを起動する。



>社畜のスミオ

2024年10月16日

積み立ての資産と個別株の資産がダブルパンチで下落した。

数十万のマイナスとか、マジで働いてきた時間が何だったのか分からなくなるorz

サイアクだ・・・なんかいいことないかなあ



愚痴を投稿して、携帯を乱雑に机へ放る。


「はあ、そんな簡単にいいことなんて起こんねえんだよな。風呂入ろ。」


おそらく、人は悪いことへの感度は高いのにいいことへの感度はとても鈍い、そんな生き物なんだと思う。


だから、本来不自由なく生活できていることの一つ一つがいいことであるはずなのだが、それが当たり前となった生活においては、幸せに対するハードルがとても高いものになっているのだ。


それゆえに、ここまで技術や利便性が向上したのだろうが、生活への満足度は意外と高くならないのだろう。


もしかしたら人間は、どこまでいっても満足できず、不平不満をぶちまけなければ生きていけないのかもしれない。

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