第3話 鉛の重力

「ももとねぎま、チーズつくねとかわを2本ずつ。それから塩キャベツ1つとビール2つお願いします!」


「かしこまりました!」


俺と京成けいせいはいつもより仕事を早めに終わらせて、近くの居酒屋に来ていた。

ここは焼き鳥が看板商品の居酒屋らしい。駅の近くでテキトーに入った店だったが、値段もお手頃でいい感じだ。


華金でもないのに意外と客の入りは良さそうである。

俺たちと同じように仕事終わりのサラリーマンが多いようだ。


「キオは最近の資産形成の調子はどうよ?」


「前とそんな変わってないな。増えても減ってもない感じ。副業なんかもやろうとして全然続かないし、節約を頑張るしかないかなあ。投資もコツコツやってはいるけど、爆発的に増えるものじゃないし」


「そっかあ、俺は貯金しかしてないから、投資とか全く分かんないなー。でも、結婚してから家で飯を食べるのがほとんどだから、1人の時よりはお金貯まるの早いかも!」


そうして尻尾をブンブン振って喜ぶ犬みたいに嬉しそうな顔をする京成に良い意味の殺意を覚える。


「お前それは独身で食べることにしか喜びを見出せない俺に、トリプルコンボくらいの嫌味になってるぞ」


「へっ!?いやいや、そんなつもりじゃないよ!キオは将来を見据えて色んなことを試していて素直に凄いと思ってる」


「ああ、俺にもなんかいいことないかなあ」


「こちらビール2つと塩キャベツでーす!」


愛想のいい店員もこの店の売りなのだろう。

俺たちの気分もよくなり、居心地もさらに良くなる。


「「ありがとうございます!」」


お互いにビールを、手に取る。


「とりあえず、今日も1日お疲れっ!乾杯!」


ひねくれた考え方をすることがくせになっている俺とは違い、京成という男は曲がることなく一直線に成長してきたのだろう。

俺の今まで出会った中で、素直ランキング1位の男だ。

だから誰からも憎まれないし、幸せを引き寄せられるのだろう。


「そういえば京成は、子どもが欲しいとか思わないの?」


俺は塩キャベツをつまみながら京成に質問する。


「うーん、はるかとはちょくちょく話してはいるけど、お互いに絶対子どもが欲しいって思ってはいないんだよなあ・・・」


「そうなのか。そのうち欲しいと思う時期がきたらみたいな感じか。塩キャベツうまっ!」


「そうだな。今は2人で十分楽しめてるし、子どもを育てる大変さとかお金のことを考え出したら、どうも尻込みしちゃって。チーズつくねもうまっ!」


いつの間にか到着していた串を頬張る京成は、犬からハムスターに変わっていた。

表情の変化を見ていて面白いのも人当たりが良い要因なんだろう。

奥さんはきっとペット感覚で彼と一緒に生活しているに違いない。


「たしかに、今のご時世で子どもを育てていくのってものすごく大変な気がしてならないよな」


「そうなんだよ。だから少子化もどんどん進行してくんだろうな・・・子育てしながら働いている人たちは本当に凄いよ」


「そうだな。一人暮らしでもお金に余裕がないのに、子どもまで養っていくってなったら、俺もう火の車に乗ったまま海に突っ込む自身があるわ」


「それなら消火もされて火の車も普通に乗れる状態に戻るじゃん!」


「突っ込んでる車に突っ込んでくるなんていい度胸だな」


そう言って笑いあう俺たちは、くだらない話でいつまでも盛り上がりながら串と塩キャベツ、そしてビールで喉をうるおしていた。



お金は貯まらなくてもこうやって話をして、ストレスを発散できる場所があるだけでも十分なのかもしれないな。


だが、金は今の世の中では息を吸っているだけで必要になってくるものなのだ。


今はそれを忘れているだけかもしれない。


お金に縛られた思考から抜け出すのは、俺には無理なんだと思う。


将来への不安から色々と試してはみるものの、ことごとく成果を上げられない現実に、自分へのいら立ちと葛藤で押しつぶされそうになる。


そうしたプレッシャーは、ゆっくりとだが確実に俺の心にのしかかってきていた。

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