第2話 希望と人間愛
ふらふらと、夢遊病者の様に歩く男が一人。久々に治安維持局長官室にやって来たサドラだ。彼は、長期に仕事を休んでいた。妻子の葬儀等もあっての事だが、突然に家族を二人も無くしたショックで、精神的に不安定になり仕事をする気力を無くしていたからだ。家に滞在していても、庭のベンチで太陽の光に当たりながら、ボーっとしている日々だった。
そんな状態のサドラであっても呼び出されて、決めなければならない事があるのだ。それは、銀行強盗事件の生存者の一人である子供の件である。その子供が人質の一人であったならば、何も問題は無かったであろう。
しかし、その子供は、犯人の一人の息子だったのだ。グレータ人の法に未成年だから罰しないとか、減刑する等の考えは存在しない。そして、銀行強盗は重罪であり、普通ならば大抵は死刑である。それが、三歳の幼児であっても……。
治安維持局長官には、犯罪の容疑者を裁定し、刑を決める権利が有る。故にサドラが呼び出された理由であった。
長官室に居るサドラの前に、あどけない顔をした三歳児が秘書に連れられてやって来た。
その幼児は、顔や手足に痛々しい傷や
その子は、犯罪グループのリーダーの女が産んだ子供。女は犯行前の様子見係として、銀行に入店していた。最後は、この子を
「この子の名前は?」
「それが、出生届が出されておりません。この子に名前を聞いても、首を振るばかりでして。死亡した両親にも身寄りは無いので名前は不明です」
「そうか……」
サドラは、デスクの席から立ちあがる。幼児に歩み寄り、その頭を優しく撫でた。すると、幼児は、喜び微笑んだ。彼は、その姿に在りし日の息子の姿を重ね合していた。目頭が熱くなっていく。
「ホープ……」
亡くした息子の名前を叫んだサドラは、しゃがむと幼児を抱きしめた。幼児も小さな手で彼を抱きしめてくるのだ。
その時、サドラは思った。この子に何の罪があろうか? 過ちをしたのは、己ではないのか? 銀行員や人質の人々もそうだ。何の罪も無かったのに犠牲にしてしまった。合法的であるのを除けば、ギャングがレストランに居る敵対組織を客共々に銃撃するのと同じだった……。サドラは、己の過ちを
サドラは、決意する。この子は、俺が守り、立派に育てる! と。
「今日から、お前の名前はホープで、俺がパパだ!」
「うん、パーパ。きゃはは」
サドラの叫びに応えた幼児は、小さな手で彼の顔に
幼児は、
*****
一人の老人が列車から降りた。夕日の沈む頃の駅前の広場は、職場や学校から帰る者や繁華街に行くための者達であふれていた。老人は、歩きながら思い出していた。
ホテルの中にある大広間の入り口には、治安維持局長官就任祝賀会と書かれてある。招待状を受付に見せて中に入ると、高そうな服の男性やドレスで着飾り、宝石を身に着けた女性が大勢いる。老人は、今の自分には場違いだなと感じて、その雰囲気に圧倒されていると、目の前に老けてはいるが、見覚えのある顔が現れるのだ。
「来てくださったんですね。サドラさん、お久しぶりですわね。是非あなたとお会いしたかったんですの」
「マゾイアさん。本日は、わたしみたいな者をお招きいただき、ありがとうございます。仕事の関係で少し遅れてしまって申し訳ございません――治安維持局長官就任おめでとうございます」
久しぶりに会って言葉を交わした二人は、最初は照れ臭そうで、ギクシャクしていたが、直ぐに昔の解決した事件の数々の話しで、盛り上がっていった。
「サドラさん。私は、あなたを目標としてましたの。師と思っていますわ。あなたの教えを忘れない。あの時のミサイル使用。あなたの決断を尊敬してますのよ……。そうそう、養子にされた息子さんは、お元気?」
「ああ、あの時は、あなたにも辛い思いをさしてしまって申し訳ない。息子は、元気に育ちまして、医者になって、頑張ってますよ。それまでにするのに、わたしも警備の仕事を頑張って大変でしたが……」
そろそろ会話も無くなりつつあり、
「お客様、勝手に入場は困ります!」
大声で引き留めようとする受付の者を振り切って、一人の薄汚れた服を着た男が駆け込んで来たのだ。男は、辺りを少し見回していたが、サドラ達の方を見て、まっしぐらに向かって行く。あたかも、猫が餌を見つけたかの
男は、サドラとマゾイアの前まで来ると、ポケットに手を入れた。
「兄貴が死んだのは、お前のせいだあ! マゾイア、死ねぇ!」
とっさにサドラは、マゾイアの前に出た。その瞬間、ズキューン! 発射音が会場を一瞬に沈黙させた後、サドラは、腹部を押さえてその場に倒れた。彼の倒れた場所の床は、血に染まっていく。次々に女性の悲鳴が上がる。男達は、怒号を上げた。犯行をした男は、その
サドラは、もうろうとする意識の中になり、死を覚悟する。マゾイアの励ましの言葉が、気力を維持させる。若い時のように、マゾイア俺をなめてるのか? と声にならない程に発するのだ……。窓の外からの救急車のサイレンの音が耳に入ったと同時に、サドラは、意識を失った。
*****
遠くの方で若い女性であろう声が聞こえたサドラ。内容で看護士だと彼は想像した。目を開けると、白い天井が見えた。病院か? わたしは、助かったのか……。
「良かった。父さん、意識が戻ったんだね。まぁ、自分で言うのも何だけど、若き天才外科医の僕が直々に手術をしたからね。もう大丈夫だよ」
サドラは、声のする方を向くと、息子で医師であるホープが笑顔で椅子に座っていた。ホープが命を救ってくれたのだ。その時にサドラは、思った。もし、ホープがあの時に命を落として存在しなければ、今の自分も死んでいたかもしれないと……。
人間は生きていれば、無限の可能性があるのだ。特に子供達には、未来がある。成長して、人々を何人も救う者になるかもしれない。あるいは、優れた発明をする人間になるかも? そして、また無限の可能性をつくる親になるのだ。子供達の命は、希望なのだ。希望を無くしてはならないのだ! サドラは、心で叫んでいた。
サドラは、これからの人生は、恵まれない子供達を救うために、何か行動したいと決意した。彼の心に人間愛が生まれた瞬間であった……。
「そうそう、父さんは、意識が無かったから知らないけど。今、大変なんだよ。テレビでのニュース番組でもやってるけどさ」
「何かあったのか? 教えてくれ」
興味を持ったサドラ。自分で話題にしたホープだが、己が説明するよりは、テレビを見た方が早いと言わんばかりに、病室のテレビのスイッチをオンにした。
すると丁度ニュース特番を放送している。『最後の指名手配リストの凶悪テロリスト集団は、今尚、グレータ統治政府の筆頭大臣官邸を占拠しております。人質の筆頭大臣及び大臣達の安否が心配されています。どう対処するかと、マゾイア治安維持局長官の判断が民衆の一番の関心事項となっています』とアナウンサーは、淡々とニュースを読み上げていたのだった。
おわり
正義と過ちの果てに 零式菩薩改 @reisiki-b-kai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます