正義と過ちの果てに
零式菩薩改
第1話 治安維持局のサドラ
広大なる宇宙の多数ある銀河の中の一つに、グレータと呼ばれる惑星が存在した。不思議な事に、その惑星を支配するのは、地球の人間と変わらない姿をしている者達である。文明も二十一世紀の地球の世界並みだった。
あえて、グレータ人と地球人との違いを挙げると、グレータ人の全てにおいて、宗教の概念が無いのだ。故に神様の存在も考えた事が無い人々だけの惑星である。
グレータ人にとって、自分達で決めた法が全てであり、それを破る者を絶対に許さない。それが、基本的方針である。
惑星グレータの中央にある中枢都市。その郊外にある広い屋敷の庭の片隅に置いてあるベンチに、中年の男が座っている。
男の名は、サドラ。グレータ統治政府の治安維持局長官の役職の男である。そんな立派な肩書が有るにもかかわらず、彼は、まるで魂でも抜けた様な表情をして、うなだれていた。生きる希望を失った男の顔だった。
少し前までは違っていた。
*****
十年程前の事だ。サドラが、治安維持局所属の凶悪犯対策部隊の隊長だった頃に緊急出動
「厄介ですよ隊長。通り魔事件なんですが、奴は、ナイフで一人を刺した後、若い女性を人質にしています。しかも路上なので、やじ馬や通行人も多くて危険な状態ですよ」
部下の女性隊員であるマゾイアから現状報告を受けたサドラ。マゾイアの困った表情に対して、サドラの顔は平然としていた。彼に迷いは無いのだ。直ぐに凶悪犯を抹殺する為のライフル銃を持って来させる。
マゾイアは、止めようとしていた。もし、犯人が逆上して、人質を刺したら? そうでなくても、ライフル射撃が誤って人質に当たってしまったら? そう説得するも、サドラは、耳を貸さない――もうとっくに通り魔の方に銃を構えて、スコープを
ズキューン! と銃弾の発射音がした。すると、通り魔の頭部に銃弾は、めり込み、血しぶきが上がる。それをもろに浴びた人質女性は、ショック状態になり、その場にへたり込んでいた。そこへ、人ごみに隠れていた小さな女の子が駆け寄り、その女性に抱き着いた。女性は、若いお母さんだったのだ。
「任務の完了、お疲れ様です。結果オーライでしたね。あの女の子が母親のいない子供にならなくて良かったですね」
少し嫌味を含んだ言い方をするマゾイアの発言に、任務が早く片付き上機嫌だったサドラの気分を台無しにさせた。彼は、一気にムッとした表情になる。
「結果オーライだと? マゾイアよぉ。お前は、俺の腕をなめてんのか? 完璧なんだよ。お前みたいなのがダラダラと引き延ばしてると、今頃は、悪人がプッツンとして、あの女性は刺されてるんじゃないのか? 母親のいない子にしていたのは、お前かもな」
「……そうですね」
サドラの言う事も一理あると思うマゾイアは、それ以上意見をする事は無かった。彼女も実のところは、サドラの判断力を尊敬しているのだ。
人質だった女性とその子供が抱き合うのを見ているサドラは、決意する。悪を許さず、安全な社会を維持するんだ。息子と妻が幸せで暮らせる世の中に! そう思う彼は、抱き合う親子に妻と息子の姿を重ね合わせていた……。
*****
サドラの凶悪犯の逮捕や対処方法への意見は賛否両論だ。しかし、彼は結果を出していたのは、紛れもない事実である。故に、治安維持局長官に任命されるのは、必然の事だったであろう。
サドラが就任してから間もなくして、治安維持局を揺るがす重大事件が起こる。
殺された人々は数知れず。極悪非道な超一級犯罪グループとマークされていた者達が、銀行に強盗に入り、下手を打った。その者達は、直ぐに逃げずに行員と客の多数を人質にして、立てこもったのだ。
報告を受けたサドラは、治安維持局長官としての責任ある判断を迫られる。凶悪犯対策部隊だけでは、決めれない案件だからだ。
流石のサドラも悩みに悩んだが、遂に決断をする……。ゆっくりとテレビ電話のスイッチを入れて、凶悪犯対策部隊本部の隊長へと電話した。大型モニターに懐かしい顔が映し出される。かつての部下であるマゾイアである。
特に昔話や慣れ合う言葉を交わす事も無く、サドラは、静かに用件を話しだす。
「な、何ですって!? まさか、そんな――銀行にピンポイントミサイルを撃ち込むなんて。人質が大勢いるんですよ。長官は、正気じゃない」
「わたしは、
「……りょ、了解しました」
マゾイア隊長は、命令を承諾した。隊長交代を恐れたのではない。サドラの決意を感じ取ったからだ。そして、サドラに向かってモニター越しに敬礼をした。その表情も覚悟を決めた男の顔であった……。
テレビ電話のスイッチを切ると、サドラは目を閉じた。静かな長官室の席に座ったままで、両手の掌で顔を
落ち着かない気持ちで待つ時間は、サドラにとって永遠のようにも思えた。この部屋に閉じ込められていると錯覚さえしたのだ……が、ドアをノックする音が、彼を解放する。入出を許可すると秘書が悲痛な面持ちで入って来る。
「報告します。結果は、成功のようです。超一級犯罪者は全て死亡とのこと。人質については、残念ですが生存者は子供一名を除き全て死亡を確認です」
「そうか……報告をありがとう。さがっていい」
サドラが部屋からの退出を
「あの……」
「どうした? まだ何か報告があるのか? 言ってくれ」
「では、ほ、報告します。人質の死亡リストの名前に長官の御家族があります。奥様と御子息のお名前が……」
サドルは、耳を疑った。秘書に嘘だと問い
「うわあああ! 何てことだ! 嫌だぁ! 俺が、俺が代わりに死ぬからぁぁぁぁ」
サドルの叫びが長官室の周辺に響き渡る。彼は、後悔の思いに押しつぶされそうであり、気が狂いそうになりそうだった。そして、椅子から暴れ転げ落ちると、両膝を床につけたまま泣き崩れたのだった……。
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