シ人逮捕系のテジョル

零式菩薩改

第1話 シ人逮捕系のテジョル

 広大な宇宙に存在する惑星の一つ。惑星グレータでの話しである。


「ちっ。最近は、犯罪が増えたじゃないか。治安維持局は、一体何をやっているんだよ」


 テジョルは、スマートフォンのニュースサイトの記事を読んで、不満を述べた。口調くちょうは荒いが、平和な世の中になればいいなと考えている男なのだ。

 その彼にとって、毎日のように起こる犯罪。そのニュースの記事を読んでいると、我慢がならないのだ。いや、それよりも犯罪者が目立って、自分のホームページのアクセスが少ない事が我慢ならないのだ。


「こいつらの様な犯罪者が多いせいで、俺が目立つことが出来ないんだ! 俺の人気の実力は、こんなもんじゃねぇ! 治安維持局のマゾイア長官は、どうも取り締まりが甘い気がするぜ……。そうだ、治安維持局の代わりに、俺が個人的に犯罪者を逮捕してやるぜ!」


 ああ、グレータ。乱れたグレータ。イヤン、イヤン、イヤーン。

 

 聞こえる。聞こえる。女神のなげき。我の心は、決意する。


 悪を滅ぼし、女神を愛し、輝き、星になる……。


 テジョルは、犯罪者を己で逮捕する事を決意し、その気持ちを詩にして、ホームページに書いた。彼は、詩人であった。逮捕系誕生の瞬間である。



 *****


 空に星がまたたく時間。夜の街の繁華街はんかがいへとテジョルは、向かう。彼の目的地は、その周辺にある公園だった。

 公園へ行くのだが、別に遊ぶのが目的ではない。グレータ統治政府の法で、売春行為は禁止されている。しかし、最近になって繁華街の近くの公園の前で、多くの若い女性が立っている。その目的は、売春行為をする事で、男を誘っているとの情報をインターネットで得ていたのだ。


 公園の前に来るとテジョルの眼が獲物を狙うけものの様に鋭くなった。彼の眼の前には、違法行為をする為の女性達がズラリと並んでいたからだ。


「本当にいるもんだな。犯罪は、許さんぞ」


 テジョルは、呟く。そして、携帯した小型録音装置のスイッチをオンにした。彼が女性達の前を、わざとらしくウロウロする。しかし、女性達は、逮捕目的で来た男が来るなどとは、夢にも思っていないのだ。


「ねぇ、お兄さん。暇なの? 私と遊ぼうよ」


 一人の若い女性がテジョルに声を掛けて来た。髪の長い可愛い女性だった。来たな。しかし、こんな何故なぜ? と少し思ったが、今の目的に関係ない。逮捕が目的。テジョルは、興奮した。が、まだ行動しては駄目だと、はやる心に言い聞かせる。


「そうだな。特に用事は無いが――遊ぶとは?」


「もう、とぼけて。遊ぶのは、私と性交をする事に決まってるじゃない。安くしとくよ」


「逮捕だ! 今の発言は、録音したからな!」


 テジョルは、その女性に怒鳴り、スマートフォンをかざして向けた。女性は、すかさず顔を取らせないように、自分の顔を手でおおう。その姿をテジョルは、写真に撮影した。


 ダダダ駄目だよ。ダダダ駄目。妖精出て来て、こんにちは。


 悲しくダダダ。泣くよダダ。妖精頼むよ。我に願う。


 改心さして、逮捕して。 我はこたえて、つきになる。


 泣きわめく、売春容疑の女性を治安維持局の隊員に引き渡した。その後に、逮捕した女性の写真と詩をホームページに掲載したテジョル。一つの悪を退治した。己は英雄詩人だ。これで世間に注目されるだろう。そう信じて疑わない彼の顔は、満足気だった。



 *****


 はて? いったいどれ位の詩を書いただろうか? テジョルの逮捕行為は続いていた。駐車違反や煙草たばこのポイ捨てでの逮捕者も出ていた。詩人逮捕系のテジョルの名も、一部のマニアに知られるようになっていた……。

 しかし、それゆえに警戒されて、逮捕者を見つけにくくなっていた。テジョルは、焦っていた。


「くそっ。何で犯罪をする奴が現れないんだよ」


 そんなボヤキが出る程になる。最早もはや本末転倒ほんまつてんとうのようである。

 居ても立っても居られない気持ちのテジョル。原点回帰を考えて、売春行為を逮捕した場所である夜の公園に行ってみる事にした。


 薄暗い街灯の光が見えるだけ……。公園の前は、静かなものである。テジョルの逮捕行為の成果か。治安維持局の逮捕者が出た公園の前は、売春婦は警戒して近寄らないようである。あきらめて帰ろうとした時だ。

 公園の中のトイレから一人の男が出て来るのが見えた。なんだ男かよ。と、残念に思いながら何気に見ていた。


「うおっと」


 テジョルは、呟いて笑みを浮かべる。思わぬ獲物の登場に喜びを隠せない。それも其のはず。その男は、覆面をかぶり、公園の中に立ったからだ。怪しいとしか言いようがない。気づかれないように隠れて様子をうかがう。

 少しして、もう一人、黒いスーツ姿の男が現れた。覆面男と黒スーツは、公園の街灯の下で会話をしだす。そしたら、テジョルがスマートフォンの動画撮影を開始した。

 覆面男から札束が黒スーツに渡されるのが見える。金額を確かめた黒スーツは、覆面男に紙袋を渡した。今度は,紙袋の中身の確認だ。覆面男が取り出したのは、オートマチックピストルだった。グレータ統治政府の法では、一般人の銃所持は違法とされている。バッチリと動画撮影をしたテジョルは、無謀むぼうにも逮捕に向かう。


「そこまでだ! お前らの悪事は、全て俺様が撮影した。逮捕するから観念かんねんしろ!」


 二人の男の前に飛び出し、勇ましく啖呵たんかを切るテジョル。取引の最中に突然の邪魔者に二人の男は、戸惑とまどっていた。


 コラ、コラ、駄目よ。小悪魔君。コラコラ銃は駄目なのよ。


 空の満月、我に言う。止めて止めて……。


 詩を語り出したテジョルの言葉が止まり、顔が青ざめる。覆面男が銃口をテジョルに向けていた。


「死ねや!」


 ズキュン! ズキュン! ズキュン! 覆面男の叫び声の後に続いて、三発の銃の発射音が静かな公園に鳴った。

テジョルの胸の二か所と腹の一か所から血が噴き出すと、彼は、バタリと仰向けに倒れるのだった。

 取引をした二人の男達は、スマートフォンをテジョルの手から奪い取るやいなや、直ぐにその場から走り去る。


 イ、イタイ。イ……タイよ……女神様。


 あ……かい。あか……い。海に……溺れ……ちゃ……う。


 命の炎が消えかかり、最後に詩を語ろうと試みたテジョルだが、出血量が激しく途中で息絶えた。


 翌日のテレビのニュースやワイドショーでテジョルの事件が報道される。詩人逮捕系であった彼の最後は、報道関係が関心を持つ事は必然である。彼のホームぺージも取り上げられて、放送された。テジョルのホームページは有名になった。

 テレビの視聴者も興味を持ち、ネットで騒がれた。

 

 そして、テジョルは、死人しじん逮捕系と呼ばれるのであった……。

                                  おわり

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