第4話 歓迎会

 初冒険から帰宅して、家のドアノブを回す頃には、日が暮れかけていた。

 よし、ちゃんと帰宅できたよ。冒険から一旦解散して、帰る前のサムの言葉が耳に残ってるからね。目を閉じると、サムの声が聞こえるよ。


『いいかい。家に帰るまでが冒険だからね』


 ほらね、頭の中でサムが微笑んで言ってくれた。


「うふっ」


 思わず顔が緩んじゃうよ。


 家に入り、ドンとドアを閉める。すると、浮かれ気分を反省気分にさせる物が目に飛び込んだ。


「もうー。こんな所に」

 

 魔導士にとっては、命の次に大事と師匠に教えられていた。その長い杖が壁に立てかけられ、家の留守番をしていたのだ。だめだな私。冒険に行く前に、はしゃぎすぎだったなぁ。これからは、家を出る前に確認かな。


「杖、よし!」


 杖を指さして、叫ぶの……。あっ、いけない。出かける支度したくをしないと。私の歓迎会かんげいかいと冒険のお疲れ会をする事になってるからね。遅れちゃ失礼だもんね。


「くんくん。うーん」


 腕を上げて、脇の辺りを嗅いでみた。臭うなぁ。汗を水で流さなきゃね。まずは、下着の用意っと……。

 ガタっと箪笥たんすの引き出しの音がした瞬間に心の精霊さんが出てきた。『ねぇ、チェリル。下着は重要かもちぇり』精霊さんの助言。そ、そうだよね。下着は、し、新品がいいのかな? 色は、ピンクと黒のどっちがいいだろな? 想像の中のサムなら……。


『ピンクの下着姿。可愛いよ』


『黒の下着姿。大人の女性で素敵だ』


 私には、聞こえるよ。サムの優しい声が。


「きゃー。どっちなの。――って、脱がないよね」


 考えすぎちゃ駄目だよぅ。妄想のサムを打ち消して、冷静さを取り戻す。すると精霊さんが消えちゃった。

 新品の下着は、大切な日まで取って置かなきゃ。

 ほんとに、急がないと遅れちゃうよ。


「私よ、急げー」


 そう自分に言い聞かせると慌てて、バスルームへと向かうの。



*****


 薄暗くなってきた街は、人通りも少なくなり静かだった。でも、待ち合わせの場所の前だけは、違ってる。大勢の人々。酔っている人も居て、ガヤガヤしてるなぁ。

 その大勢の中であっても、私は直ぐに見つけちゃうの。あっ、サムも私を見て、手を振ってくれた。恋人達の待ち合わせみたいだよぉ。もう、胸がキュンとなって、駆け寄るの。


「サムは、来るの早いね。待った?」


「いや、僕も今来たところだよ」


 これだよ。この会話に憧れてたんだもん。デートじゃないけど、なんか嬉しいよぉ。


「それにしても、凄い人気の店だね。最初に名前を聞いた時は、ビックリしたけど。だって、レストランバー・ドラゴンのアソコだもん」


「あはは。そうだね。ドラゴンだから凄いと言う意味だろうな。だって、コボルトのアソコなら、大したことないだろ?」


「うんうん。そうだよね。コボルトは、たいした事ないよ。しょぼくて笑っちゃうよぅ」


 サムとの会話が盛り上がったけど……。

 しまった。サムと話しを合わせたくって、つい調子に乗って適当な事を言っちゃったよぅ。サムは、ドラゴンもコボルトのアソコも実は見た事無いらしくて、冗談だったなんて……。コボルトのアソコを知ってるって、どんな女子だよ。今更ながら恥ずかしくて、顔が真っ赤になっていくのを感じる。なんとか話を、そらさないと。


「あっ。私も見た事ないかなぁ。噂で聞いたのかなぁ? で、でも予約制の店って珍しいよね。この街でも他ないよね?」


「うん。僕も他は知らない。まぁ、ここは、三つ牙ランクの評価の店だから……。仕方がないよ」


「三つ牙!」


 牙一つの評価でも名店と呼ばれる位に凄いのに。それが、三個も。流行はやるのもうなづける。そんな店で歓迎会してくれるなんて。


「サムーぅ。ありがとぅー!」


 嬉しくて、甘えた声を出しちゃった。


「喜んで貰えて何よりだよ。けど理由は分からないけど、店決めと予約をしてくれたのは、ロタノーラなんだけどね……」


「ふーん。そうなんだぁー。そう言えば、ロタノーラ遅いね」

 

 あっ。ロタノーラの存在を思い出したとたんに、周囲を見渡し、てのひらで顔の防御態勢。反射的にしちゃったよ。


「チェリル。そろそろ入店の頃合いだよ。先に入ってようか」


「うん」



*****


 入店すると、お客達で凄く賑やかだ。エプロン姿の女性店員が寄って来る。


「いらっしゃいませ」


「あっあの予約している。その……」


「僕達は、森の木漏れ日の者です」


 サムは、落ち着いてる。私は、慌てちゃって。慣れない店に来たのがバレちゃうな。

 

「あちらの奥の席が御予約の御席になります」


 言われた席を眺めると、猫耳の女性が目についた。


「あっ。ロタノーラだ」


「ほんとだ。もう来てるじゃないか。とにかく、席に着こうか」


 サムと予約席に近づくと、ロタノーラは、待ち人達が、ようやく来たるの様子。喜んではしゃいでる。両手を振りだした。


「ええっ!」


 思わず叫んじゃった。だって、ロタノーラが椅子の上で立ち上がって、私達の方に腰を向けて、振り出すんだもん。それから、一旦停止した。お尻を突き出してた。また、ゆっくり動いてるよぅ。


「あれ? お尻で文字を表してる、尻文字かなぁ。見てサム――なんか書いてる感じだね? は。という文字みたい」


「次は、や。みたいだよ、チェリル」


 すると、店内の客達が次々に笑い出した。恥ずかしいよぅ。


「もう、最後の文字は見ないで分かる。チェリル、急いで席に着こう」


 私が頷く。それから私達は、急ぎ足で歩くと直ぐに予約席に辿り着く。

 サムは、ロタノーラをなだめて座らせる。サムと私も着席。最後の尻文字、く。の完成する前に中止させられたロタノーラは、不満そうな顔つきだなぁ。


「二人を待ちくたびれたの……。でも、チェリルの姿を見たらウキウキの気分が抑えられなくて、早く来て欲しい思いを伝える為に体が動いちゃうんだよ」


「ロタノーラが早いんだよ。よく入店できたなぁ。どうやったんだい?」


「そうか、サムに言ってなかったね。この店のオーナーは、私の母親だよ。だから、この席は特別席。あたいの専用みたいなものだよ。今日からは、チ、チェリルとあたいの特別な席に……」


 ロタノーラは話しながら顔が真っ赤になってた。今更に、尻文字が恥ずかしくなったのかな? 

 でもこの店がロタノーラのお母さんの経営している店だったなんて驚きだよぅ。サムは、キョトンとした様な表情をしてる……そんなサムは、何だか可愛いな。


「お待たせしました。ビールを三人前を、お持ちしました」


 ゴトッ。ゴトッ。ゴトッ。ビールジョッキをテキパキと置くと店員は、一礼して立ち去った。


「よし。まずは、乾杯しようか。二人もビールジョッキを持って」


「長い挨拶は無しにしてよ。あたいは、もうチェリルと一緒に飲みたいんだ」


「じゃあ、簡単に。チェリルと、今日の勝利を祝して!」


「カンパーイ!」


 三人同時の乾杯の声。カーンとジョッキの、ぶつかり合った音が心に響く。そしたら、サムとロタノーラが笑顔になってた。もちろん私も。

 きっと私は、この日を一生忘れない!

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