貫けスーパーねこパンチ!

中立武〇

第1話

「うにゃ…?ここは、どこですか?」


 車が走る路地の裏で、球形の光と共にしゃべる猫が転生した。






「よし、これで。」


 少年は足早に道を歩く。握りしめられた手からは小さな、だが確かな自信が垣間見える。


「僕はあそこまでとはいかないけれど、それでも。」


 少年が見上げた先のビルに大きな広告が表示されている。それは超能力を用いた格闘技のトッププレイヤーだ。


 この世界はある日突然、一部の人間が超能力に目覚めた。それは年々割合が増え、力も強くなっていっている。


 それは武器を発現させたり、直接力を与えたりと様々で、日々研究されながらも未だ詳細は解ってない。


 そして平和なこの国では、その力を競う事とした。もちろん犯罪に使われたりそれを阻止する為に使われる事もあるのだが、突発の案件故需要が少なかった。


 だが平和な国でも貧富はあり、少年は貧者だ。彼は孤児院出身でこの国の底を生きる者だが、超能力の発現という小さな資産を手に入れたのだ。


「結構沢山買っちゃったけど、明日の試合に出ればチャラだし、勝てば倍なんだしね。」


 少年は袋いっぱいに鳥胸肉を買っていた。この世界でもやっぱり安いのだが、それでも彼には久々の肉で、孤児院の子供達の分も含まれている。


「重いなあ。明日の為に早く休みたいし、そうだ近道しようか。」


 この町では銃声も聞こえず、争う声も少ない。路地裏で絡まれる可能性は低いだろう。彼は足早に通りを逸れて路地裏に入る。すると。


「たすけてくださいー!」


 助けを求められた。低い可能性を引き当ててしまった。


「え?」


 しかしその声に辺りを見回すが声の主は見つからない。だが二度目の声でようやく発生源を見つける事ができた。


「たすけてください!」


「え?しゃべる猫?」


 なんか頭でっかちな三頭身の茶トラ猫が泣きながら後ろ脚でぴょんぴょん跳ねてた。


「え、ええと、どうしたんだい?」


 しゃべる猫という存在に驚くが超能力が跋扈する今、まあそんなんもあるのかな、ぐらいに非常識に対する許容量が上がっていた。


「ごはん、ごはんをください!お腹すいちゃってきついんです!」


 お腹がすいているという事だがその割には勢いがある。空腹を良く知る少年は腹が減っている時にこんなにも叫んで動けるかと頭をひねる。


 そしてこの猫は毛並みこそ汚いが、体格はそんなに悪くない。猫に食べ物をあげるにしてもだまされるのは流石に癪だ。彼は少し悩むと、喋る猫はどんどん元気がなくなっていく。


「ニャー。」


「あ、出てきちゃダメです!」


 だが別の猫の声でしゃべる猫は元気になった。後ろから子猫が四匹ほど出てきたのだ。


「あにゃ、あの、その、チビちゃんたち親がいなくて、ごはんが必要で。ぼくも、お腹すいてて…。」


 喋る猫は子猫を隠そうとしたり、言い訳をしたりとしどろもどろしており、その様子がおかしくて少年は笑ってしまった。


「いいよ、解った。今は生のこれしかないけど、いいかい?」


「わあああ!ありがとうございます!」


 生の鶏肉を猫に与えるべきではないだろうが、それが続く絶食よりも優先されるだろうか。


 しゃべる猫は解っている様にパックされた鶏むね肉のビニールを裂き、子猫たちに与えた。


「それじゃあ急ぐから、頑張ってね。」


「はい!」


 一を与えられれば十を求める乞食は多々いるが、少年の親切は綺麗な形でまとまった。しゃべる猫は子猫の食事を見つつも、少年の顔と匂いを覚える事にした。






「よし、ここか。」


 翌日、少年は指示された場所に向かった。そこは鉄くずで出来た円形のバリケードで出来た、現代のコロシアムに見える。


「ああ、てめえが。時間通りか。あっちが控室だ。二十分後に始めるぜ。」


「え、あ、はい!」


 硬くなりつつも指示された方へ向かう少年。当然、受付の汚い笑みは見損ねている。


 碌な指示も案内も無いまま闘技場に向かう。少年はこういう物なのかと無知のまま門をくぐると、今日の良く晴れた空の下に、対戦者であろう男が居て、それに気づいた後で観客から汚い罵声が浴びせられる。


「さあ!今回の前哨戦の始まりだ!」


 汚いスピーカーから流れる汚い声がそのままゴングだったようで、目の前の男は自身の能力を展開する。緑色の空間から、ロボットのような人形を引き出した。


「あれが!ぼくも!」


 少年は能力を展開する。彼の手元が白く光ると、小さな短剣が出た。それと同時に観客からの嘲笑も湧き出る。


「こ、これはなんと!なんてしょぼい能力だー!」


 圧倒的アウェイの状況で少年は心が折れそうになるが、それでも彼は前に駆けた。


「早い!早すぎるぞー流石に!」


 四分後、ぼこぼこにされた少年が鉄のバリケードにたたきつけられる。結局多機能で人間よりも力のある機械人形と、割とよく切れる程度の短剣では戦力差は見た目通りに歴然だった。


 種明かしをすれば相手はこの裏闘技場の中堅であり、少年はそのデモンストレーションとして消費される為に来たのだ。彼は孤児院から売られた事すら知らない。


「う…、ぐ。」


「おいもっと粘れよ!つまんねえだろうが!」


 背中に野次が飛ぶ。対戦相手も当然誇りは無く、この無力な少年をなぶる事を楽しみ汚い笑みを浮かべている。平和であるが故にローマでも流行った様に、ここはまさしく現代のコロシアムだったのだ。


「もう、いやだ。」


 なんなのだこの人生は。今までも禄でもなかったが、その上でこんな扱いがあっていいのか。命までは取らないと聞いていたが、明らかに急所への攻撃が混じっている。


 そのためらいの無さと、寄りかかる鉄くずの壁に見える血や、地面に転げた時に見えた砂に混じる骨や歯からも、ここはそういう場所であるという事を少年は理解した。


 まだ動けるにせよ活路は無く、心はしっかり折れていた。しかしその両者の間に異物が入る。


「シャアアアアア!」


「あ?なんだありゃ?猫?」


 放送席も観客も、選手さえも全く予想しない、頭のでかい猫が割り込んで威嚇してきたのだ。そしてその一瞬、少年の眼に光が戻る。


「大丈夫ですか!」


 呆気にとられる皆に、しゃべる猫は威嚇が効いたと勘違いして少年にかけ寄る。対戦相手は猫の乱入に苦笑していた。


「に、逃げて…。」


 少年の姿を見るに他に言いたい言葉があっただろう。だがそれでも出た言葉は猫の身を案じるものだった。


 それらを一通り理解し、改めて猫の毛は逆立つ。周りの嘲笑にかき消されない様に、猫はその大きい頭を少年の頭に頭突きして、語り掛けた。


「この場で勝つ方法があります。やりますよ。」


「え、え?」


「敵前です。詳しく話せませんが、やる事は単純です。僕と君の気持を合わせて、その時に出た言葉を叫ぶだけです。」


「ええ、でも気持ちを合わせるって、そんな事。」


 少年の戸惑いの言葉の後に、一拍置いて放送が入る。


「えー、猫の乱入ですが、試合ぞっこーでーす。まあ、猫巻き込まれますので、猫好きにはごめんなさいね。」


 続く嘲笑に少年の表情が曇るも、その中に混じった怒りという異物を猫は見逃さない。


「気持ちを合わせるなんて簡単ですよ。こんなクソみたいな烏合の衆と、目の前にはいたぶる敵。こんな、こんなに腹の立つ事は無い。」


 猫の毛は更に逆立っていく。


「嫌でしょう!こんな事は!むかつくでしょう!こんな状況は!」


 少年は嗚咽と共に声無き弱音を吐きだした。そして弱音が彼の体から無くなったから、涙を流すも目は閉じず、眼前の見なければいけないものを捉え続けていた。


「そうだ、いやだ!こんなの、嫌だ!」


「そうです!こんなモノ、ぜんぶ、全部!」


「「ぶっ壊そう!」」


「いくぞ!」

「ユニゾン!」


 一人と一匹が叫ぶと光の柱が天を貫く。そして光が消えた後には、人半分ぐらいの大きさの、機械で出来た腕を背負う猫と、白い長剣を持つ少年がいた。


「こ、これは。」


「あれ、ユニゾンって言葉出ませんでした?」


「え!ごめんちょっと迷ったけど違う言葉が出ちゃった!」


「あにゃにゃ、まあ言葉似てたのでおっけーです。」


 今度は一人と一匹だけが笑い、他のすべてが戸惑っていた。


「え?あー、まあいいや続行で!」


 汚いスピーカー音が鳴り響くと同時に対戦相手の機械人形が二人に向かって飛んだ。相手の顔は強張っている。恐らく力量差を感づいているのだろう、だが認めたくなかった様だ。


「わっ!」


「ショートストロークでいきます。」


 戦闘経験の乏しい少年は身構えたが猫は前へ出た。そして背中の機械が変形し、彼の右前足に接続される。


「ねこパンチ!」


 猫の声が聞こえないくらいの破壊音で機械人形が吹っ飛ぶ。壁に叩きつけられひしゃげると同時に対戦相手が血を吹いた。


「ありゃ、フィードバック型ですか。感覚共有で繊細動作はいいですけど、難儀な能力ですね。」


 そのまま猫は腕を起点に重心を動かし上に飛びあがる。そしてその大きな腕を対戦者の頭上に持っていった。


「ねこハンマー!」


 手の甲からブースターを噴きだして機械の腕をお手の要領で叩きつけ対戦相手を押しつぶした。地面に入るヒビと液体が確かであれば、生きているという事は無いだろう。


「危ない!」


 だがその猫の着地と同時に別の機械人形が飛び出して猫の背を狙った。しかしそれを少年が剣で止めた。


「うにゃ!」


「おい、なんだあの猫は!チャンピオン、止めてくれ!」


「ああ判ってる!」


 今度はこの闘技場のチャンピオンが割り込んできた。だが猫は一目見て、少年と相手の力量が判った。


「二分止めれますか。」


「できるよ!」


 少年は剣を振り回すが、それは徐々に太刀筋となり、剣閃となる。力が高速で馴染んでいるのだろう、もう実力は拮抗し始めた。だが流石はチャンピオンか、最後の詰めに至れない。


「フルストローク!いきますよ!」


 だが二分稼ぐのは容易であった。猫のメカねこハンドは肘の辺りから細く火を吹き出し続けている。


「飛んでください!」


「解った!」


 少年は弧を描くように天に剣を仰ぐと、空に吸われるように高く飛ぶ。


「「貫け!」」

「スーパーねこパーンチ!」


 大きなメカねこハンドはその瞬間に白い結晶を纏い更に巨大化して、爆炎を背に噴きながらチャンピオンに向かい、彼の能力ごと正面から押しつぶす。


 その猫の手はチャンピオンを壁ごと貫いて、今度は手の甲から噴き出す炎に押されて回転し、壁の全てを薙ぎ払った。


 白い結晶をまき散らし、光を反射させながら一掃するその様を空から見た少年は、これ以上に綺麗な様子を今まで見た事が無かった。


「う、うわあ!」


 着地に失敗し、膝を擦りむいた少年は土を払う。辺りはビル群まで見える程に更地になっていた。叫び声すらなくなった静寂が現実味を失くさせていた。


「さて、ずらかりますよ!」


 だがその静寂も下からの大声でなくなる。しゃべる猫の背には機械の腕ではなく唐草模様の風呂敷に変わっていた。


「え、え?」


「こんな滅茶苦茶にしたんですから、とーぜん胴元が報復きますよ!あそこに転がってる車にのって、この町から出るんです!」


「で、でも。」


「急いでください!ここを出るとこ見られたら足着きます!」


「「「「ニャー!ニャー!」」」」


 よく見るとしゃべる猫以外に、四匹の子猫が金目の物を高級そうなオープンカーにピストン輸送していた。


「でも、僕は。」


「やってしまった以上退路はありません!何より、あなたも外へ出る事を望んでいたんでしょう!」


 その言葉に少年はハッと気づく。そして人生で初めて行う自身の為の決断を、怯えながらだが彼はする事が出来た。


「解ったよ!」


「それじゃあ運転おねがいします!僕の足じゃアクセル届かないんです!」


 その言葉に笑いながら少年は車に飛び乗り、猫たちを皆乗せた後で、アクセルを踏みぬいた。

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