第42話 分かり合えない

 自分で言うのもなんだが、たった12人の行軍は電撃的に速かった。

 私は馬に乗っていて、ヴォルフと親衛隊のみんなは後ろから全力で走ってくる。


 ……さすがに馬を走らせる速度は加減するけどね。いやあ、みんな速い速い。


 私は鍛え上げられた親衛隊の鍛錬と忠義に感謝した。

 これならどうにか追いつける。


 視線をあげて王城を確認すると、王城からは火の手があがっていた。

 ツェツィーリアが王城に火矢を射かけて、王族をあぶりだしにしているらしい。


「あの過激派……結局は自分がやりたいようにやるってことよね」


 私は疾駆する親衛隊の疲労を気にしながら、王城へと向かう。


 そうして、ツェツィーリアが率いるシェーネス・ヴェッター軍の最後尾に追いつくと、兵たちからどよめきが起こった。

 口々に、「エレミア殿だ」「レーゲンの魔女か」と呟きが聞こえる。


 私は彼らが道を開けてくれる気になるまで、少しだけ待つ。


「私はエレミア・フォン・レーゲンです! ツェツィーリアに話があります!」


 一拍おいて理解を浸透させてから、私は続ける。


「そこを通しなさい! これはツェツィーリアの朋友である私の言葉です!」


 これを聞いて、末端の兵たちが騒ぎ出した。

 総大将の『お友達』がいきなりあらわれて通してくれとは、判断に困るに違いない。

 彼らは責任を負う立場ではないのだ。


 とはいえ、私が彼らに足止めされる理由もない。

 本当にお友達というだけで通してもらえるはずもないので、私は後に続く言葉のために、前置きをしただけだ。


「シュトルム家から緊急の知らせを預かっています。そこ! 通りますよ!」


 私は馬を走らせて、手狭な道を無理矢理に押し通った。

 兵たちは轢かれてはたまらないと身を退き、親衛隊も私の後ろに続いた。


 せっかくの勝ち戦で、馬に轢かれてケガをしたいやつがいるはずもない。


 たちまち通りには道ができて、みなさん快く私たちを素通ししてくれた。


 見るに彼らは騎士ではなく平民階級であるらしい。

 私は運がいい、気位高い騎士が相手なら、もう少し話が難しくなったはずだ。


「お待ちください! ただいま部隊長に確認を――」


 中にはそんな常識的な発言も聞こえたが、私は無視して王城へと駆ける。


 何も知らない彼らが私を害するはずもないが、私の視点では時間稼ぎをされるようなものである。


 後に続く親衛隊も私エレミアの威光を笠に着て、問題なく押し通った。


「火を放て! 腐敗し、堕落した暗君から、国を取り戻すのだ!」


 王城の間近で、責任者とおぼしき騎士が指揮を執っていた。

 歴史ある王城に対しても、彼らは暴力を容赦しない。


「王族は捕らえよ! 使用人には手を出すな、しかし抵抗する者は皆殺せ!」


 開門された王城へと兵たちが雪崩れ込むのが見えた。

 すでに大勢は決まっている。

 残るは勝者の権利として、蛮行の限りを尽くすだけだ。


「一人も逃がすな! 逃げ出す者は、取り押さえろ!」


 傍目には相手が可哀想になるほど、やりたい放題である。


 使用人の一家とおぼしき人々が、煙る王城から逃げ出してきた。

 しかし、哀れにも武装した兵たちに取り押さえられてしまう。

 

 ……殺されないだけ、マシか。


 私は見ないふりして、責任者の騎士に問いかけた。


「私はエレミア・フォン・レーゲンです! シュトルム家から伝令を……ツェツィーリアに直接話があります! ツェツィーリアは今、どこですか!?」


 私は喧騒に負けじと声を張った。


 聞くに、ツェツィーリアは精鋭部隊を率いて自ら王城へ突入したそうだ。正気を疑う。


 ……王城を焼きながら、自分で突入するとか、血の気が多いにもほどがあるでしょう。


 私は、燃える王城を前に気後れして、思う。


 思えば、私が自分の命を危険にさらしたのは一度きりだ。

 反乱傭兵との戦いで前線に立った、あの戦い。

 思い出せば、私も気分が高揚してきた。


 悲劇的で、熱気が煙る景観が、私を魅惑的に呼んでいる。

 私は騎士が止めるのも聞かずに、馬を降り、親衛隊を率いて王城へと突入した。


 その際、ヴォルフと親衛隊は私を守るように陣形を組んだ。

 完全な勝ち戦とはいえ、抵抗を諦めない者もいる。


 王家に忠誠を誓う者は、まだ残っているらしい。


 ◆◆◆


 王城に突入すると、しかし戦いはまだ続いていた。


 火の手をかいくぐり、剣が閃き、悲鳴と怒号が交錯するのだ。

 戦場、珍しくもない。


 私は主戦場となっている中庭を迂回して、廊下から王の間へと向かう。


 と、そこで私は目を疑う光景を目撃する。


 アルフォンスだ。


 シェーネス・ヴェッターの兵を相手にして、アルフォンスが戦っている。

 孤立無援だ。


 ……え、ええ!? なんで!? 彼はヨーゼフといっしょに貴族学校で拘束したはず。


 私は動揺したが、ヴォルフと親衛隊の面々も同様の感想を抱いたらしい。

 アルフォンスがシェーネス・ヴェッター兵を切り捨てるその瞬間まで、私たちは硬直していた。


 私は一刻を争う状況だというのに、耐え切れず、アルフォンスのもとへと向かった。

 親衛隊が私を止めるが、私は友人と言葉を交わさなければならないと思った。


 そして、アルフォンスの背に守られている人物を見て、私は絶句した。


 ヨーゼフ・フォン・レーゲン。


 私の父が、血にまみれて、血に膝をついていた。


「なんで!? 貴族学校に閉じ込めておいたはずでしょう!? シュトルム家の連中はなにをやっていたの!?」


 脱走だ。私は今更言っても仕方ないと知りつつ、舌打ちする。


「エレミアお嬢さまですか……ご無礼をいたします。これはヨーゼフ様たっての、ご希望でしてね。私どもも……王家の最期にお付き合いすることにしたのです」


「アルフォンス、あなた……なんで、そんな、バカなことを……」


 私の配慮は、すべてが徒労に終わったのだと察して、私はふらつき倒れそうになった。


 ……こんなバカなことがあるか。なんのために、私はヨーゼフを王都に呼んだの? 彼を捕らえて、レーゲンの戦力を温存して、戦後に備えて……だっていうのに!?


「なにやってんのよ、お父さま!? 王家のために命を賭ける理由なんてないはずよ!?」


 何もかもが無茶苦茶な状況に圧倒されて、私は現実を呪った。


 倒れそうになった私をヴォルフが支えた。

 私は、平衡感覚を失っていたらしい。


「エレミア……愚かな、我が娘よ……すまんな、ワシはおまえと違って古い人間なのだ。他に生き方を知らぬ。おまえたちが夢見るような、新しい世界を見るつもりもない」


 それがすべての答えであるかのようにヨーゼフは失笑した。

 彼は親国王派である。

 しかし、だからといって、ただひとりで身を投げてまで、忠義を尽くす理由があるのか?


「聞け、エレミア。おまえはなにもかも上手くいくと思っているようだが。それは違う」


 ヨーゼフは、息絶え絶えになりながらも、私の瞳を真っすぐにみつめた。


 正直、この考えなしの父親に対して、私は腹が立ってたまらない。

 この時の私は半ばパニックを起こしていて、すべてが上の空だった。


「ワシのように、古い考えに縛られる者、しがみつく者、前例や慣習を重んじる者。大勢がおまえたちの行いを非難するだろう」


 それがどうした?

 よりにもよって私のお父さまが、どうして私の邪魔をするの?


「そのすべてを打ち倒すのは、無理だ。レーヴェ王子を擁立したとしても、親殺しの王にどうして忠誠を誓える? 無理だ。ワシにはおまえたちの思惑を覆す力はない。だとしても、ワシにはおまえたちの思惑が、絵空事に思えて仕方がない……」


 ヨーゼフの憂いを解決する算段はある。

 貴族学校で、私が彼に語った通りの『正義』と『象徴』だ。

 それは文句なく虚言だが、勝者が歴史を作るのであれば、およそのところで問題はないはずだ。


「わかっている……おまえたちは正しい。だとしても、その正しさは狂気に等しい正義だ。すべてが茶番と知りつつ、皆が生きる国を、おもちゃのように、かき乱すおまえたちを、見逃すことなど、ワシには、できなかった……」


 私はひもじく思った。


 ……ああ、私は結局、お父さまと分かり合うことができなかったんだ。


 蒼い顔で今にも動かなくなりそうなヨーゼフを見て、私は知らずと涙で線を引いた。


 ヨーゼフの考え方もまた、正しいのだろう。

 時代が違えば、彼こそが真の名君だったに違いない……そんな風に思いながら、私は感傷の涙を払った。


「これが、今生の別れになりますね。エレミア様」


 動かなくなったヨーゼフを守るアルフォンスが、私に微笑みかけた。


「バカな父親だわ。最低の無駄死に、それ以外に言葉が無い」


「だとしても、私が忠誠を誓ったお方です」


「迷惑をかけるわね」


「いいえ、あなたのお世話ほどでは、ありませんよ」


 アルフォンスが冗談めかせて、肩をすくめた。


 彼は、私の教育係で、私の友人で、だけどそれ以上に、ヨーゼフの臣下なのだ。

 娘を恐れた哀れな父親、時代を読めなかった愚かな父親。


 しかし、その父親にとって、最後まで可愛い娘だった、私エレミア。


「ふたりとも、思いっきり脚色した死にざまを用意してやるから、覚悟しなさいよ」


 私はせめてもの強がりを伝えて、王の間に向かって歩き出した。

 その私の背中に、最後に一言だけ、アルフォンスから声がかかる。


「エレミア」


 私は振り向かない。

 表情の見えないアルフォンスは、飾らない語調で言う。


「ヨーゼフ様は、俺に『王を守れ』と言った。俺はその意志に応えて戦った。だが今、俺は友として、あなたに違う言葉を伝えよう」


 無視して進もうとした私の肩を、ヴォルフが掴んで立ち止まらせる。

 余計なことを。


「守ってやってくれ。他でもないあなたの意思で、この国と、大勢の『夢』を」


 人は分かり合えない。

 劇的でなく、私情にまみれて、こんなつまらない話もない。

 私が踏み台にしてきた、すべての『私』たちが、私の行く道を嗤った気がした。


 ……うるせえっての。

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