第41話 切実なお願い

 雪解けの日の少し前に、ヨーゼフはアルフォンスを連れてやってきた。


 最初は「この放蕩娘が!」とお叱りを受けて、口を利いてもらえなかった。

 いやあ、貴族学校に送り出した娘が勝手に婚約したと聞けば、さすがに地震雷火事親父である。


 王都に向かって集結しつつある反乱軍の軍勢と、ヨーゼフが鉢合わせするのではないかと思ったが、ギリギリのタイミングでソレは避けられたようだ。


 こればかりは天運に感謝だ。私たちは、

 人事を尽くした綱渡りに勝ったのだ。


「ヴォルフ、ゴットフリート。サポートを頼むわよ」


「ええ、なにがあっても、わたくしどもが誠心誠意、助力いたします。エレミア殿は、ご自分の望みをはっきりとぶつけてやってください。曖昧な言葉では、人の心は動かない」


 私はゴットフリートに対して口元だけで笑い返した。

 そんなことは知っているわよ。


 レーヴェ王子の仲裁によって、私はヨーゼフとの対話にこぎつける。

 父親との対話にヴォルフやゴットフリートを連れて行くのは不自然のようだが、ヴォルフは私の側近であり問題ない。

 ゴットフリートも、レーヴェ王子が選んだ仲裁役として無理やり話を通す。


「さて、これにて俺の……モーントシャイン仮面の仕事は終わりだ。ここからはツェツィーリアとキミの采配が時代を動かす。魔女エレミア、民を背負う覚悟はできたか?」


「親不孝に、覚悟もなにも無いわよ」


 レーヴェ王子の脅し文句に対して、私は肩をすくめた。

 ゴットフリートが笑いジワを刻み、ヴォルフも無表情だが好ましくうなずく。


 ヨーゼフが待つ、貴族学校の客室に向かって、私は進む。

 目的は彼の懐柔である。


 ヨーゼフは慎重と堅実で名高い、親国王派の名君だ。

 シェーネス・ヴェッターに次ぐ兵力を有する、眠れる獅子の大貴族。


 ここで彼を説得できなければ、戦後に国を割る憂いとなるはずだ。


「ツェツィーリアとしては、レーゲンを潰すことも計算の内なんだろうけど」


 心無いお友達の戦略に、私は呆れた。

 私なら刃向かう者を減らす方向で策を練るが、ツェツィーリアは踏み潰す方が好みであるに違いない。


 しかし、そうは問屋が卸さないと、ここらでひとつ、教えてやらなければならない。


 学園長とレーヴェ王子のおかげで、付近の人払いは終わっていた。

 邪魔者は無しだ。


 もちろん、親衛隊とシュトルム家の精鋭は例外。

 彼らにはヨーゼフを拘束する任務がある。

 荒事に際してパニックを避けるためにも、人払いは必要だった。


 とはいえ、彼らの役目は最後の最後の後始末だ。

 私とヨーゼフの対話が終わると同時に、反乱の声明が発表される手筈になっている。

 電撃的で劇場型のツェツィーリアらしい。


 私の一言に大勢の命運がかかっていると思うと、すさまじいプレッシャーである。


 歩いていると、向かう先から見知った相手がやってきた。

 アルフォンスである。


 私は平手を振って彼に笑いかけて、束の間の気紛れを試みた。


「エレミアお嬢さま。ヨーゼフ様がお待ちです」


「うん、お待たせ」


 私はアルフォンスの先導に追従して、客室に向かう。

 扉の向こうにはヨーゼフがいた。


「来たな。エレミア。おまえには言いたいことが山ほどある」


 入室すると、気難しいヨーゼフが私を睨んだ。


「ええ、お叱りの言葉、ごもっともですわ。お父さま」


 私は相手の苛立ちを察して、頭を下げた。

 慇懃無礼かもしれないが、まあいいだろう。

 ヨーゼフの側にアルフォンス、私の側にヴォルフ。

 そしてレーヴェ王子の紹介で、間にはゴットフリートが神妙な表情で立つ。


 やはりと言わず、なかなかに気まずい。


「レーヴェ王子から事情は聞いている。今更、放蕩娘に伝える説教はない。ないが、な」


 ヨーゼフはこれみよがしに頭を抱えて、ため息をついた。


「エレミア、おまえの望みはなんだ? レーヴェ王子は自分が婚約を迫ったと伝えてくれたが、アレは真実ではあるまい? ワシの知る限りで、レーヴェ王子はそれほど軽率な人物ではないからな」


 ……私の望み、か。察しが良くて助かるわね。


 ヨーゼフとじっと目を合わせると、貴族学校での出来事が走馬灯のように思い出された。

 最初はおもしろおかしく、華の高等学校生活を楽しめると思っていたのだが、とんだ災難である。

 しかし、ツェツィーリアと関わる限り、現状は避けられなかっただろうし、私が能天気にすごしていても、彼女は計画を実行に移したのだろう。

 そしてもちろん、そのあかつきにはおびただしい犠牲が出たに違いない。


 酷い話だ。


 誤解の無いように言っておくと、私は決して、聖人君子の類ではない。

 犠牲を減らしたいとは思っていても、それはあくまで巻き込まれた後の結果である。

 何も知らなければ、どれだけ楽だったか。


 しかし、何も知らないままでいれば、私は自分の怠慢を後悔しただろう。

 下手をすればツェツィーリアに殺されていたかもしれない。


 ……私の望みは、ひとつよ。


 私の目的は、今を生きる民の安寧である。

 それが叶うなら、なんでもいいのだ。

 理想とか、現王政の打倒は目的を果たすための手段であり、理想それ自体は目的ではない。


「私は、お父さまと、レーゲンの未来について、お話がしたかったんです」


 私は飾らない言葉で切り出した。

 短い沈黙を経て、私とヨーゼフは視線を交わし、お互いの胸中を見透かすように両の目を細める。


「未来、未来か。おまえに王権を望む野心があるとは思えんが」


 ヨーゼフが一笑する。

 私は「お父さまは野心の塊ですものね」と笑い返した。


「私ではありません。だって、王位を望むのは、レーヴェ王子なのですから」


 私の爆弾発言に、ヨーゼフとアルフォンスが「は?」と素面で疑問符を浮かべた。


「エレミアお嬢さま、ソレは……その、つまり――」


「言うな、アルフォンス。このバカ娘は、ワシらを試しているのだ」


 アルフォンスは口ごもったが、ヨーゼフは迷いもせずに彼の発言を封じた。


「試してなどいませんわ。これはお父さまへの相談ですのよ。現国王は酒色におぼれ、国は傾き、民は苦しんでいる。私は、暗君でなく名君が、この国にふさわしく思いますの」


 ヨーゼフが私を睨む。そうだ、それでいい。


「ですから、お父さまには私とレーヴェ王子の関係を祝福していただきたいのです。シェーネス・ヴェッターとレーゲンが手を組めば、王家でさえ逆らえはしない。そうでしょう?」


 私の不敬に対して、アルフォンスが頬を引きつらせた。


 ヨーゼフは何事かを言いかけて、しかし歯噛みするようにして沈黙を守った。

 私が現国王に対して叛意を抱いていると、分かってくれたのだろう。


 王権の簒奪は簡単な話ではないので、私が提案しているのはレーヴェ王子の擁立だ。


 自分の娘が王妃になるのだから、ヨーゼフ好みの話題だろう。

 すべてが計略とは知らないヨーゼフの立場では、そう考えるはずだ。


「よくお考えになって、お父さま。これは民を想う太陽神の正義なのです。『王は、身ごもった女の腹を裂いて殺します』。『王妃は美しい騎士の生首を集めています』。お父さま、正義とは、いったいなんでしょうか?」


 私が「反乱傭兵を800人焼き殺すことですかね」と笑いかけると、アルフォンスが気まずそうに「それは虚言では……」とうめいた。

 誰も笑ってくれない悲惨である。


 冗談はさておき、情報戦ってやつね。

 どんな暗君であろうが、どんな名君であろうが、勝った者が歴史を作るのだ。

 私ね、気づいたんだけどさあ、革命の『正義』とか『象徴』とか、全部後付けでいいのよ。


「魔女だな。まさしく魔女の甘言だ。ワシは今、悪逆の魔女と話しているようだ」


「つれないことをおっしゃらないで。私はあなたの娘です……そして未来の王妃でもある。なにかご不満ですか? あなたの娘は、太陽神が掲げる、正義を望んでいるのですよ」


 ヴォルフとアルフォンスが見合った。

 ゴットフリートは神妙な表情で、しかし口元をわずかに緩める。

 ヨーゼフは呆れている。


「ならばどうする? 王子を神輿にかつぎあげて、正義のために反乱でも起こすのか?」


 ヨーゼフが核心を突いて、笑えもしない事情を笑い飛ばす。

 そこまで暗黙でわかってくれるのなら、あと一押しで、私の言葉を認めてもらえるだろう。


「いいえ、私はそのような蛮行を望みません。ただし、もし『偶然』そのような悲劇が起こった時に、レーゲンが王家に味方することは、『無い』と約束してほしいのです」


 ヨーゼフは、腕組みをしてうなった。

 考える余地はあるのかな。


「……いいだろう。娘よ。いや、魔女よ。おまえがそこまで望むなら、ワシはおまえの野心を認めよう。どの道、王家の権威が失墜した現状では、この国の未来はない。そのくらいの事情は、ワシとて、おまえに言われるまでもなく分かっている」


 ヨーゼフは迷うこともごねることもしない。

 彼は決断力のある指導者である。


「しかし、ひとつだけ聞かせろ。おまえにそれを入れ知恵したのは、どこの誰だ?」


 私はゴットフリートと視線を合わせて、「構わないわね?」と確認した。

 ここに至って、隠す必要もないはずだ。


「お父さま、私にはお友達がいますの。とても聡明な、未来を憂えるお友達がね」


「エレミア……おまえには『自分』がない。シェーネス・ヴェッターの小娘に取り込まれるなよ。おまえは魔女だが、世の中には、魔女さえ手中にする、悪魔がいるのだ」


 ヨーゼフはそう言って、深く、深く、ため息をついた。


 どうやらヨーゼフはすべての事情を納得してくれたらしい。

 この後、自分がどのような扱いを受けるのかもわかってくれたに違いない。

 彼の拘束は穏便に進むだろう。


 ……アルフォンスには悪いけどね、一兵卒が戦術的にどれだけ強くても、大きな流れで封殺してしまえば、なにも問題はない。


 私は仔細の説明をゴットフリートに任せて、席を立つ。

 もう、この場所に用はない。


 すべての不安材料を解決して、いよいよ決起の時が来た。


 『自分』か。その言葉を最後に勝ち取るために……私は今、前を向く。


 ◆◆◆


 時を待たずして、反乱軍の到着によって、王都は混乱の渦中に陥った。

 ツェツィーリアとレーヴェ王子による合同の声明文は、発表済みである。

 堅牢な要塞都市である王都も、シュトルム家の間諜には無力だった。

 内部から開門されてしまえば、どんな鉄門も自動ドア同然に違いない。


 貴族学校も例外ではなく、私を含めた紳士淑女のみなさんは、ひとまず諸侯に対する人質の扱いを受けた。

 跡継ぎを盾にして、反乱への介入を防ぐ、暗黙の了解だ。


 ……まあ、私は途中で親衛隊といっしょに抜け出したんだけどね。


 私は首謀者の一味だ。

 たった11人の配下しかいないけれど、立場的には反乱の首謀者に違いない。

 私の仕事はまだまだこれからなのである。


 ひとまずはお友達に合流だ。


「ツェツィーリアは軍主力を率いて、王城に向かっている。おそらくあの理想家は、この機会に王家の血統を選別するつもりだ。できればとめてくれ、頼めるか、エレミア?」


 私と合流したレーヴェ王子は、シュトルム家の軍勢に守られている。

 彼は彼なりに、ツェツィーリアの動向を探って来た様子だったが、最後の最後で、ツェツィーリアの電撃強行が彼の洞察を上回ったという話だろう。


 私はレーヴェ王子の頼みにうなずきで応じた。

 ジャックが近くで話を聞いていたが、彼は私を見逃してくれるようだ。

 彼もツェツィーリアの独断を聞かされていなかったのか。


 少人数で足が速いのが自慢の私と親衛隊は、すぐさま王城へと舵を切る。


「エレミア様、行くんだね」


 私はヴォルフの言葉を認めて、乗馬する。

 走れと言われるかもしれないけど、私は体力が無いので仕方ないのだ。


 ちなみにレーヴェ王子から借り受けた指揮官用の軍馬である。

 私は「そうね。あいつは友達だから」と、シニカルに笑い、親衛隊を指揮して進む。


 ツェツィーリアの手勢はたくさん、こっちは私を含めて12人。

 

 でもまあ、行くわよ。


 理想家と庶民派の、未来を懸けた、最初で最後の戦いが始まるのだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る