第31話 友達100人できるかな

 後年だとか後世だとか、時系列が前後して申し訳ないわね。


 馬車に乗った私たちは、ひとまずモーントシャイン王都に到着した。


 王都の外観にこれといって特筆するような点はなく、石造りで石畳の街並みだった。


 王都……モーントシャイン王家の膝元ということで、ふつうならどれほど繁栄しているのかと期待するところだろう。


 しかし、正直言ってこの世界の微妙さ加減に慣れた私は、華やかな王都の姿に、まったく期待を寄せていなかった。


 そして案の定、その予想は裏切られることなく、私の視界には貧相な街並みが映る。


 特にスラムでも貧民街でもない区画なのだとは思うが、王都はいささか薄暗い。

 言っていいなら、シェーネス・ヴェッターの街並みの方が、いくらか活気に満ちていた。

 なんというべきか、王の権威と栄枯盛衰を象徴するような、どこか悲しい街並みだ。


 高等貴族学校は貴族街にあると聞いていたが、訪れてみれば、やはり貴族街も優美な場所ではなかった。


 王権神授説に立脚する国家としてのモーントシャイン王国は、衰退期の只中に違いない。

 王家に連なる八大貴族の連中も本気で国王に忠誠を誓っている様子はなく、領地の拡大や権益をめぐって小競り合いをしているのが実情だ。


 ちなみに高等貴族学校には、王家の子息息女、つまり王子様や王女様も入学するらしい。


 ……しかも、私たちと同じ学級だ。胃が痛いわ。


 とはいえ、太陽神をあがめる絶対的な信仰そのものとは異なり、モーントシャイン王家の権威は、ほとんど形骸化していた。

 王も人、という認識が世の中の多数派なのだ。

 

 過去、モーントシャイン王家は自らの権威を回復させるために、多くの策を弄したらしい。

 国王の求心力が失われれば、王政そのものが危うくなるからだ。

 そのために何度か、財源を確保する名目で王国全土に重税が課されたそうだ。


 もちろんのこと、この無茶は貴族と民の反感を買うだけで失敗に終わったらしい、

 残念でもないし当然の結果である。


 今では、親国王派の八大貴族も少なく、王家は肩身が狭い思いをしているのだとか。

 正直、同情する。

 衰退期の王政で王子様や王女様なんて、なりたくないわよ。


 この案件の本当の恐ろしさは、モーントシャイン王国が、破綻の瀬戸際にあるという事実だ。

 反乱の危機……というのは言い過ぎか。だけどあながち的外れでもないのだろう。

 誰も彼も、不満を抱えているに違いない。


 難儀な話よねえ、いっそのこと王政をやめて貴族議会を立ち上げればいいのに……まあ、それはさすがに王家の威信が許さないのだろう。


 そんなこんなの厄介な事情もあって、私たちと学ぶ王子様と王女様は、いろんな意味で『対等』な学友だった。


 率直な話、王家よりも八大貴族の方が発言力は強いのである。


 太陽神の神意を掲げながら、重税で民を苦しめた前王の政治を、人々は『落日の時代』とまで評価したそうだ。

 ちなみに贅沢三昧の現国王も嫌われ者である。


 贅沢は敵である。

 

 ……人間舐められたらオシマイよね。


 私は王家のみなさんに同情を抱きながら、彼らに付随する権威の利用を画策していた。


 ◆◆◆


 話を戻そう。私は貴族学校への入学手続きを済ませ、寮に荷物を運びこんだ。

 親衛隊のみなさんはさながら引っ越し業者である。


 私以外にも寮で暮らす貴族は大勢いるようだ。


 親衛隊のみなさんには部屋のコーディネイトを任せているので、その間、私はヴォルフを連れて貴族学校の敷地内を散策することにした。

 非力な私に荷物運びはできないのよ。


 ……それにしても、見た目だけは豪勢よねえ。


 私は緑に溢れる広々とした校庭を眺める。


 美しい植木の数々は職人が剪定せんていしたに違いない。

 財力の無駄遣いに感動したわ。


 てくてくと見知らぬ土地を歩くおのぼりさんの気分で散策していると、ヴォルフがふと、お茶会用の椅子テーブルを指差した。

 庭園? どうかしたの?


 そして、釣られた私は庭園に視線を向けた。

 テーブルでは学生と思しき貴族の男女が楽しそうに語らっている。


 ……学生だもんね。楽しい盛りの青春か……うんうん、我が世の春ってやつよねえ。


 私は大いに納得して若者の逢瀬を微笑ましく見つめていたが、しかしヴォルフが私に伝えたかった情報は、男女の青春ではないようだ。

 ヴォルフが「あっち」と教えてくれる。


 私が改めて視線を向けると、ひとりで読書をしている美女と、視線が交差した。


「あら、私のお友達のエレミアさん。お久しぶりね、ごきげんよう」


 立ち上がったツェツィーリアが、白々しく言って寄ってくる。

 一瞬、誰なのか迷った。

 

 優雅に微笑むツェツィーリアに対してヴォルフが会釈した。

 おそらく心の距離は遠い。


「本当に久しぶりね。あなたの『噂』はかねがね……反乱傭兵を焼き殺したんですって? 素敵だわ。お話を聞かせてくださる?」


 風情の欠片もない再会に私が苦く笑っていると、横合いから執事服の老人があらわれた。


「いやあ、エレミアお嬢さまも、ヴォルフくんもお久しぶりでございますなあ。特にヴォルフくんは、大きくなった! まるで巨人のようだ……わたくし、感無量でございます」


 私は執事ゴットフリートの姿を見て、「げっ!?」と頬を引きつらせた。


 シェーネス・ヴェッターの筆頭騎士にして、ツェツィーリアの教育係。背筋の伸びたご老人である。


「そうね。エレミアさんも、ヴォルフくんも、驚くほど立派になったわ。風の噂は冗談半分だとしても、前線で兵を指揮したのは本当なんでしょう? ぜひ、お話が聞きたいわ」


「相変わらずマイペースねえ。ツェツィーリアさんも元気そうでなによりですわ」


 私とツェツィーリアが微笑みを投げ合うと、ゴットフリートが「よきかな」とうなずいた。

 神童と呼ばれたツェツィーリアだけど、15歳となれば才媛扱いなのかな?


 ……10で神童、15で才子、20歳過ぎればただの人ってね。大切なのは人の縁よ。


 私はとてもなつかしく、シェーネス・ヴェッターの次期当主と抱擁を交わした。

 形だけでも、見知らぬ地で友達がいるっていうのは、心強いわね。


 ◆◆◆


 貴族学校に到着して数日後。私は昔の縁でツェツィーリアと話すようになった。


 貴族学校の授業が本格的に始まるまでの、春休みの時間つぶしだ。


 ツェツィーリアも退屈していたらしい。

 ゴットフリートが「よきかな、よきかな」と笑っていた。


 私はお互いの情報交換を兼ねて、ツェツィーリアと雑談をした。

 世間話の延長で、特に気負うような内容ではない。


 笑顔のゴットフリートジジイに対しては、かつて受けた精神的虐待の復讐をしてやりたい気分だったが、それは保留にした。


「なるほど、渓谷の小村に反乱傭兵を追い込んでから、偽兵で相手の戦意を削いだのね。エレミアさんらしいわ。私なら、もう少しストレートにやると思うけど、ね」


 私たちは今、テーブルの上に簡易な地図を広げて、軍卓の駒で戦場の再現をしている。

 ツェツィーリアの提案で、反乱傭兵鎮圧の感想戦をすることにしたのだ。


「ストレートに? でも味方に負傷者が多くいて、自警団の練度は低くて、その上で物資も心もとない状況で、他にやりようがあるかしら?」


 私が不思議に思って尋ねると、ツェツィーリアは「ふっ」と吐息をこぼした。


「簡単よ。降伏勧告をすればいいわ。逃げ場のない状況で、敵の側に選択肢はないもの」


 降伏勧告とは単純だが、言われてみればその通りだ……私は今更ながらに納得した。


 あの時、反乱傭兵の立場では、確かに逃げ場はなかっただろう。

 またヨーゼフが率いる軍主力の存在も懸念材料である。


 誰も彼もが、命を賭して戦いたいはずはないのだ。

 降伏勧告をすれば、結果はどうあれ、反乱傭兵を内部分裂させられただろう。

 後付けの話ではあるが、相手の戦意を削ぐにしても、おそらくこちらの方が簡単だ。

 

 しかし、降伏しても命が保証されるはずもない状況だ。

 反乱傭兵が生き残るためには、どの道、戦う以外に選択肢が無かったのだ。

 最終的に対決は避けられなかったと思う。


「逆賊を生かしておく意味はないから、内部分裂を促す目的よ。もちろんね」


 ツェツィーリアはそう言って笑顔で補足したが、私は疑問に思って首をかしげた。


 内部分裂……仲違いを促すため、という名目は、しかし早計だろうと思う。


 戦いに相手がいるのは当然だが、相手だけではなくて、自分たちの都合もあるのだ。


 反乱傭兵に対して降伏勧告をつきつけたとしよう……だが、ふるさとを守るために燃え上がる戦士たちが、こんな采配に納得するだろうか?

 指揮官わたしが弱気に流れたと受け取られて、士気の低下を招くのがオチではないだろうか?

 

 私が、その可能性を尋ね返すと、ツェツィーリアは少し驚いたような表情を見せた。


 とはいえ、ツェツィーリアの側に落ち度はない。

 彼女の意見は、あくまで盤上の駒と状況を見ての判断だ。


 自軍の内情などは、戦場に居合わせなければ分からない情報だろう。


「気を悪くしないでね。ツェツィーリアさんの言う通り、降伏勧告が手っ取り早いと、私も思うわ」


「いいえ……あなたの言う通りよ。この場合、練度で劣る自警団を支えているのは戦意の高さだわ。その熱量に冷や水をかける判断が、得策であるはずはない」


 ツェツィーリアは一瞬、悔しそうにうつむいたが、すぐに優雅な微笑みを作り直した。


 私はツェツィーリアの真意を想像する。

 かつて神童と呼ばれた、才媛の少女だ。


 実戦の経験はわからないが、彼女は采配を振るった経験は少なくないはずだ。

 比較していいなら、私などは新米指揮官の立場だろう。


「さすがね。エレミアさんとは、これからも、もっと、こういうお話がしたいわ」


「ここは学校だし。あんまり物騒な話ばかりしているのも、どうかと思うけどね……」


 ツェツィーリアは私の言葉に一理あると思ってくれたのか、ひかえめに一笑した。


「そうね。ここは学び舎なのだから、学問を修めなくてはね」


 私はツェツィーリアと、ヴォルフとゴットフリートを交えて、その後も反乱傭兵についての感想戦を続けた。


 反乱傭兵を鎮圧した実績は、私のステータスになっていた。


 そのおかげで、私はツェツィーリアと対等に話せるようになったのかもしれない。


 まったく現金な話だが。


「エレミアさん、ひとつ、提案があるのだけど――」


 その時ツェツィーリアは「私たち、本当の意味でお友達にならない?」と声をかけてくれた。

 私は少し解釈に迷った。

 もちろん単に友達というだけなら問題ないだろうと思う。


「シェーネス・ヴェッターとレーゲンで同盟を組もうってこと? それはマズくない?」


 私はツェツィーリアの真意を想像して、答えた。


 シェーネス・ヴェッター家とレーゲン家はそれぞれ、八大貴族において勢力1位と2位の立場にあり、次期当主である私たちの公的な結託は、周囲に多大な影響を及ぼすに違いない。


「私は、変に貴族間のパワーバランスを崩さない方がいいと思うわ……まあ、そうはいっても、自分たちの勢力を大きくしておいたほうが、なにかと都合がいいとは思うけどね」


 貴族間のパワーバランス。それはこの国における安定の指標だ。

 貴族間の小競り合いが続くこの時代、大きな戦乱が無いのは天秤の傾きが少ないからである。

 良くも悪くも、平和がなによりだ。


 正直言えば私はモーントシャイン王国の停滞を快く思わないが、かといって暴力に頼った急進的な思想で革新を望むつもりはない。


「うーん、このお話は、ひとまず保留にさせてくれない?」


「保留、ね。いずれは期待してもいいのかしら」


 ツェツィーリアは私をじっと見つめた。

 幼い頃と変わらない、他人を見透かすような瞳だ。

 もともと美少女だった彼女の顔立ちは、今や絶世の美女と呼ぶにふさわしいと思う。

 美人はどんな顔をしても迫力が違うわね。


「ええ、かくいう私も、王国の停滞を良しとは思わないのよ。だから、私はあなたの『お友達』として、期待を裏切らないと約束します」


 私の回答に対して、ツェツィーリアは「今はそれで十分よ」と微笑んだ。

 彼女が本心でなにを考えているのかは、イマイチわからないけど……変に疑うのも失礼だろう。


「いやあ、めでたい。ツェツィーリアお嬢さまに、心許せるお友達ができるとは」


「エレミア様がいいなら、俺は別にいいけど」


 黙って話を聞いていたゴットフリートとヴォルフがそれぞれ、お茶を濁してくれた。

 外野の視点では、私たちが話す内容は、やはり物騒に聞こえたのだろう。


「そうね。エレミアさんも私も、貴族学校にいる間は、お互いに仲良くしましょう。困った時は、お互いさまということで、ね」


「いいけどさあ、仲良くするなら、エレミア『さん』とか、ツェツィーリア『さん』とか、他人行儀で嫌じゃない? お友達なら、お友達らしくお話がしたいわ。私はね」


 もちろん、敬称は礼節の範疇である。

 しかし、心根庶民の私はこの点を気にしない。


「ふふふ、なら提案に甘えて、エレミアと呼ばせてもらおうかしら? これからよろしくね、私のお友達のエレミア」


 私は「よろしく」と微笑んだ。


「しっかし、レーゲンのお父さまに聞かれたら大目玉だわ。『シェーネス・ヴェッターの小娘に迎合するとは何事か』って、小言を言われるかも」


「まあ、当主間のライバル意識は少なからずあるでしょうね。次期当主の私たちは、そういう古い感情を、公の場で持ち込まないようにしましょう」


 私が愚痴ると、ツェツィーリアが愉快そうに笑う。

 現当主への遠回しな苦言に対して、ゴットフリートは苦い顔をしていた。


 まあ、父親なんていう連中は悪口半分のコミュニケーションに使われるのが世の常である。ごめーん、許してね、お父さま。


「ツェツィーリア、ひとりで悩まないようにね。人の縁は、頼るものよ」


「ええ、もちろん……だけど、半端な人間を頼るくらいなら、ひとりで解決した方が手っ取り早いわ。エレミアは別だけどね、これから、頼りにさせてもらいます」


 ツェツィーリアが珍しくお世辞を言ってくれた。

 何事も、ひとりで解決した方が手っ取り早いというのは、正直、私も同感なので、笑って答える他にない。

 人の縁は財産だが、人間を無意味に束縛するのも、また人の縁なのだ。


「なら、貴族学校では、お互い上手くやりましょう。と言っても、人気者のあなたには、なんの心配もないと思うけど」


「そういうあなたは、トラブルに巻き込まれないようね。エレミア」


 私とツェツィーリアは、ひとしきり笑い合った後に卓上を片づけた。

 雑談は終わりだ。

 なんにせよ、見知らぬ土地で人の縁を築けたのは、上々の成果だ。


 ツェツィーリアにはなにか腹案があるようだけど、さすがに貴族学校での生活には関係がないだろう。

 

 私たちの語らいが終わった後も、ヴォルフとゴットフリートは何事かを話していた。


 後で聞いたところによると、手合わせの申し出をして、その日程を相談していたのだそうだ。


「楽しみだよ。シェーネス・ヴェッターの技を、盗ませてもらう」


 ヴォルフが口元をほころばせる。

 彼は彼で、日々の楽しみを見つけたようだ。


 ……幸先がいいわね。よーし、華の学園生活を謳歌するわよ!


 この時の私は、大真面目に、そんなことを考えていた。



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