第28話 魔女の審判

 日が沈み、日がのぼる、その頃合いに反乱傭兵が動きを見せた。


 夜明け時に警戒を薄れさせないように、見張りにはこまめな交代と休息を指示している。

 私の視界には村を出る数人の男たちが見えた。


「ねえ、エレミア様、アレは? 敵が出てきたの?」


「数が少なすぎるわね。偽兵を疑って、偵察に来たんだと思う。弓で牽制して追い返すか……いや、こちらに向かってくるなら、皆殺しにすればいいわね」


 ヴォルフが「わかった」とうなずく。

 皆殺しとは、情報を持ち帰らせない配慮だ。

 

 私たちは薄暗がりの山中に潜み、反乱傭兵の偵察隊が近づくのを待った。

 私たちは松明を灯しておらず、偽兵に気を取られた相手方は、まだ私たちの存在に気づいていないようだ。


「フッ、見せしめにはちょうどいいわね。ひとりも逃してはダメよ。必ず全員殺すこと」


 夜明け時の薄暗がり、山中の視界の悪さ、すべての条件が私たちに味方していた。


 私はヴォルフと親衛隊に、最適なタイミングでの奇襲を命じた。

 偵察隊の退路を断つように指示する。

 ヴォルフは闇に潜み、親衛隊もそれに続いた。

 

 さすがに偵察隊も周囲を警戒していた様子だったが……ヴォルフは彼らが十分に村から離れた時点で、親衛隊に村への退路を塞がせる。


 剣を持ったヴォルフが先頭の男を斬り殺すのと、偵察隊が手遅れの現状を悟るのは同時だった。ここに至れば全滅は必至だろう。


「ひ、退け――」


 慌てる反乱傭兵に対して、ヴォルフは盾と剣を用いて戦いを挑んだ。

 先日振りまわしていた棍棒は、どうやらアルフォンスが教えた乱戦対策の知恵だったらしい。


 本来の戦い方を披露するヴォルフは、危なげなく敵を屠った。


「た、助けてくれ、降参だ!?」


 戦意を失った反乱傭兵が、武器を捨てて白旗を挙げた。


 しかし、ヴォルフは私の指示通りに問答無用で男たちを惨殺する。

 歴戦の傭兵も自分の命は惜しいのかな?


 村へと逃げ出した者もいたが、それは親衛隊が袋叩きにして殺した。


「よーし、ヴォルフ、よくやったわ。親衛隊のみんなもご苦労様」


 笑顔の私が労をねぎらうと、親衛隊の連中が上機嫌に成果を誇った。


「ん? 他にも敵が出てきたけど」


 ヴォルフが示す先を見ると、偵察隊の戦闘を察知した反乱傭兵たちが、慌てて援軍を送り出すところだった。


 夜明け前とはいえ、村の目の前で戦闘が起きれば、敵が騒ぎに気づくのも当然だろう。


「ふーん、しかもまた少数か……呑気な話ね。騎士隊に連絡。この場は手出し無用よ。親衛隊私たちだけで、殺せるだけ殺します」


 私が指示すると、親衛隊の連中は心底嬉しそうに武器を構え直す。


 薄暗がりにまぎれて獲物がやってきた。

 この暗闇は私たちの味方だ。


「全員突撃! 思う存分に殺せ!」


 暗闇に潜む獣たちが、歓喜の叫びをあげて、哀れな傭兵を蹂躙した。


 ◆◆◆


 しばらくして、反乱傭兵の死体だけを残して、一方的な戦いが終わる。


「すみません、エレミア様……ひとり、手負いの敵を取り逃がしました」


 親衛隊のひとりが悔しそうに報告した。


「うん、ひとりならいいわよ。皆殺しにして情報を与えずプレッシャーをかけるか、生き残ったやつが『逃げ場はない』と宣伝するか、得られる結果が同じなら、それでいいわ」


 どの道、悠長な気分ではいられないだろう。

 包囲された反乱傭兵の視点で逃げ場はない。


 偽兵を使って時間稼ぎをしている目的は、言うに及ばず敵兵の精神的な摩耗だ。


 私の回答に納得して、親衛隊の面々が「へへっ、そりゃあいい」と意地悪く笑った。


「誰か、死体を村から見える位置に並べておいてくれない?」


 嫌がらせである。

 地味な手だが、敵は一層、精神的に追い詰められるに違いない。


「さーて、そろそろ戻るわよ! 手の空いた者は交代で休息を取るように!」


 私が引き上げるように指示すると、親衛隊は急いで敵の死体から装備を剥ぎ取る。


 反乱傭兵の装備はなかなか高級だから、自分たちで再利用するのかな?


「陽がのぼるわ! 敵から丸見えになる前に、必ず戻りなさい!」


 私はヴォルフに現場の指揮を任せて、元居た場所に移動した。


 土地勘のある地元の戦闘で、夜の暗闇は魅力的な味方だが、その有利には時間制限があった。

 油断大敵に違いない。


 偵察隊を皆殺しにして、救援部隊を殺して、死体を晒し物にしてやった。

 これだけやれば情状酌量の余地はないとわかるだろう……誰も彼も存分に怯えてくれればいい。


 そして、戻って来た親衛隊の装備の質が、わかりやすく向上する。


 彼らは反乱傭兵の死体から奪った武器や防具を山分けしたようだ。

 うーん、たくましいわね……これだけ見ると、どちらが略奪者なのかわからないわ。

 私の親衛隊は蛮族である。


 とはいえ、命をかけているのだから、このくらいのご褒美はあってもいいかなと思うわ。


 なるほど、みなさん優秀ね。


「うーおー、すげえ、この剣、良く切れるな!」


「傭兵様ってのは金持ちなんだなあ。へへへ、俺たちに、もっと分けてもらおうぜ!」


 親衛隊の連中はもはや、反乱傭兵のみなさんを金づるとしか思っていないようだ。


「あはは、いいわね。次も好きなだけ奪いなさい。それはすべて、あなたたちの財産よ」


 ちょうどよく陽がのぼるその頃に、私たちは山中へと身を隠した。


 ◆◆◆


 私とヴォルフが率いる親衛隊は、翌日も反乱傭兵の偵察隊を虐殺した。


 私たちの油断を誘うためだろうか? 今度の偵察隊には女性が混じっていたが、私も親衛隊の連中も、弱い者がいてくれるのは好都合だと考えて、遠慮なく皆殺しにした。


 ――なんとなく、心根庶民の私は、騎士隊よりも親衛隊の連中に親しみを感じる。


 私の発想と作戦に忠実に従ってくれる親衛隊は、私にとって得難い駒だった。

 ヴォルフの手足として働く親衛隊は、いつのまにか、本当の意味で私個人の親衛隊になっていくのだが……それは、この戦いが終わった後の話だ。


 この2日間、私たちは反乱傭兵を容赦なく殺し尽くし、上々の戦果をあげた。


 敵の立場では、偵察に失敗して、戦力を消耗して、精神的にも摩耗している、踏んだり蹴ったりの状況に違いない。


 3日目。ここが、私たちにとっても正念場だ。


 やはりというべきか、反乱傭兵の偵察は全方位に渡って行われていたらしいが、私とアルフォンスの指示通り、各部隊はそれぞれ矢を射かけて撃退に成功する。


 敵は何の情報も得られないまま、内部に不満をため続けているはずだ。


 士気は激減しているに違いない。


 私はネズミ捕りの成功を間近にして、笑みをこぼした。


 ◆◆◆


 3日目、私は精兵を率いるアルフォンスと、最後の作戦会議を行う。


 現在、他の部隊がどのような状況にあるのか、その報告を聞かなければならなかった。

 もちろんのこと、私とヴォルフが率いる親衛隊の戦果も報告しなければならない。

 私は指揮官の務めとして、自分から話題を切り出した。


「偵察隊の撃退は万事成功したわ。その内で16人を殺した。味方の損害は無し、みんな、いつでも戦える万全の状況よ」


 私が報告すると、アルフォンスとジャンが感心したようにうなずいてくれた。


「お見事です。エレミア様。偽兵の効果で反乱傭兵の士気は激減しています。偵察とは違い、他方では逃亡兵の存在も確認されています。あと一押し、といったところかと」


 アルフォンスが口元を邪悪にほころばせた。ふふんっ、悪い顔ね。


「……確かに、この2日間で反乱傭兵の圧力は明らかに落ちた。正面決戦ではこうはいかなかったでしょう。このような戦のやり方があったとは、目から鱗が落ちる思いです」


 一度はこの作戦に反対したジャンだが、実際の成果で偽兵を納得してくれたようだ。

 負い目があるのか、彼は申し訳なさそうに、私に対して頭を下げる。


「他に目に見える動きはある? 逃亡兵の扱いを聞かせて」


「私の判断で、全員処断しました。我々に逃亡兵を受け入れる余裕はありません。特に練度の低い自警団に、捕虜の管理をさせるのは不可能だと、私は判断しました」


 私の質問にアルフォンスが淡々と答える。私もその通りだと思った。

 ジャンも「こればかりは、やむをえない」と、報告に異議を唱えることをしない。


「反乱傭兵の内情は、崩壊寸前といったところでしょう。すべてはエレミア様の計略通りです。敵の戦力を削ぎ、戦意を奪い、袋のネズミとして追いつめた。正念場ですね。この先の案を、お聞かせください」


 アルフォンスは私をジッと見つめて、期待に満ちた眼差しをしている。

 私を買いかぶってくれるのは嬉しいけれど、元々やるべきことは決まっている、

 作戦に変更はない。


「予定通り3日、夜明け時まで、待ちます。反乱傭兵がしびれを切らして出てくれば、それでよし。なおも村に籠城するようなら、今度こそ正面決戦を仕掛けます」


 私の単純明快な作戦に、アルフォンスとジャンが微妙な顔をした。

 なにもかもが予定通りでは華が無い。

 やはり優位を得ながら、頑として動かないのは悪手かな?

 とはいえ、未だ戦局は予断を許さない状況だろう。


「俺は、それでいいと思うよ」


 横で聞いていたヴォルフが、口をはさんだ。


「追いつめた獲物を、下手に刺激するのは得策じゃない。エレミア様の言う通り、相手の出方を、最後まで待つべきだと思う。勝負と命をかけるのは、最後の最後でいい」


 ヴォルフは自分の意見をはっきりと口にした。

 もともと、私たちの側にも物資はなく、持久戦はできないのだ。

 下手に小細工を弄するよりも腰を落ち着けて考えるべきだろう。


 アルフォンスはしばらくヴォルフを見つめた後に、「ふっ」と息をこぼした。


「なるほど、ヴォルフ。おまえも成長したな。もしここで、優位にかまけて包囲殲滅を提案するようなら、一から指導のやり直しだと思っていたが……」


 アルフォンスはどこか愉快そうに笑った。

 ヴォルフの指導を担当したアルフォンスの視点では、彼の言葉に感慨深いものがあるのだろう。


「その通りだ。人間が『命』と誇りをかけるのは、最後でいい。私はエレミア様の決定に従います。ヴォルフも……いえ、兵たちも同じ気持ちでしょう」


 アルフォンスは多くを語らず、私に指示を求めた。


 ……歳の離れた小娘相手だというのに、アルフォンスは本当に人間が出来ている。私が次期当主だとしても、14歳の小娘に命を託す判断を、誰が認められるのか……


 みんなが私を持ち上げてくれるけれど、それは違うと思う。

 私ではなくて、私を取り巻く人々が、優れているからこそ、私は安心して素人判断を押し通せるのだ。


 ヴォルフも、アルフォンスも、ジャンも、他の仲間たちも、私より、もっとずっと優れた人間なのだ。

 

 私の指示を受けて、そんな彼らが戦場に立つ。

 ――3日目の最後、戦える者は全員が武器を取った。その数は300人ほどだ。


 その内訳は負傷者も少なくないと思う。

 しかし、平野であれだけ派手に戦い、死傷者を出したその後で、脱落者がほとんどいない事実は、なによりも誇らしい。


「私、みんなが大好きだわ。私は、このレーゲンの人たちが、本当に好き」


 私がそんなふうにつぶやくと、ヴォルフが優しくうなずいてくれた。


「勝たなくちゃね。みんなで笑って、帰りましょう」


 ヴォルフが剣を絞る。


 私はその背を、頼もしく見つめた。


 ――やがて夜明け時に、村の入り口から反乱傭兵があらわれた。

「来たぞ」「お出ましだ」と、親衛隊の面々に緊張が走る。


 全戦力を投入する敵の目的は、偵察ではなく包囲網の突破だ。

 間違いなく、反乱傭兵の出陣は決戦の合図である。


 包囲網の穴を狙って進撃する反乱傭兵の対応は、まさにこちらの思惑通りだ。


「時は満ちた! 雌伏の時間は、終わりだ!」


 私が声を振り絞って叫ぶと、親衛隊がそれに応じて武器を構える。

 突撃の準備だ。


「やつらは逃げた! 一度、逃げ腰になった兵は弱い! 悪逆の傭兵がどれほどのものか……人を人とも思わぬ外道に、今こそ裁きを与えなさい!」


 私が反乱傭兵を指し示すと、左右に待ち構えていた精兵たちが雄たけびをあげる。

 待ち伏せを受けたと気づいた反乱傭兵が、なすすべもなく右往左往した。


「殲滅しろッ!」


 私の号令を受けて、全軍が一斉に行動を開始した。


 勢いで開戦させてしまったが、みなさんノリよく合わせてくれた。

 とても、とても、ありがたいわね。


 私は最前線から逃げることをしない。

 バカバカしいようだけど、それは意地だった。


 ――私は、この人たちが好き。


 今の私は、決死で戦うレーゲンの民を心の底から愛していた。


 ――みんなが命を賭けるなら、私も命を賭ける。みんなが血にまみれるなら、私も血にまみれる。


 指揮官が前線に立つなんて、バカバカしいと思われるだろう。

 だけど構わないのだわ。


 私には英雄のように剣を振るうことはできないし、他人を魅了するカリスマもないのだ。


 ならばこそ、人の隣に立って、前に出るのだ。

 だって、後ろに隠れてコソコソしている輩なんて、他ならぬ私が嫌だもの!

 勝つべくして勝つ戦いならば、恐れるものはない!


 話が変わるけど、私、おじいちゃんの影響で豊臣秀吉が好きなのよね。

 人の情と現実的な実利の力の絡め技で、時代を勝ち取った天下人。

 偉ぶるのではなくて、人の隣に立って他人を奮わせる、あの生き方が、私もおじいちゃんも大好きだったのだわ。


 ……天下人の諸説には賛否両論あるだろうけど、私はあの生き方が好きだった。主君のために命を賭けて、自らの言葉と信念で他人を魅了する……


 私も、そうなりたい!


 私は戦場の高揚に任せて、采配を振るう。


 ハッキリ言って、私は頭がおかしいと思う。

 豊臣秀吉は好きだけどね。凡人の私が天下人を同一視するなんて、恐れ多い話よ。


 でも、その熱意だけは周りに伝わったのか、ヴォルフと親衛隊の面々は私の前でことごとくの敵を屠った。

 彼らは私の手足、私の想いは彼らと共にあるのだ。


 奇襲で壊乱した反乱傭兵だったが、親衛隊と騎士隊に挟撃されてなお、彼らは反撃の態勢を整えた。

 語るべくもなく、ここは焦らず冷静になる場面だ。


 しかし、私は気にしなかった。


「エレミア様、『俺たち』がやるよ」


 私の前に立つヴォルフが言った。

 親衛隊の面々がニヤリとした。流れる血でさえ、今は勇ましい。


 反乱傭兵を挟撃する騎士隊はアルフォンスとジャンが指揮している。

 この状況で、私たちが躊躇う理由はない。


「――突撃ッ! 親衛隊はヴォルフに続けッ!」


 私の命令と共に、獣たちが地を駆けた。

 普通に考えて、総大将の私が守りもなにもなく突撃を指示するというのは、無策の極みに違いない。

 しかし、今は誰も疑問に思うことをしない。

 私たちは、勝つべくして勝つと、皆が知っているからだ。


 寡黙なヴォルフに続いて、親衛隊が獣の怒号をあげて襲いかかる。

 戦意を失った反乱傭兵は、もはや狩られるのみの獲物だった。

 物資の不足で空腹を耐え忍んでいたのか、反乱傭兵は、ここに至って動きが鈍い。


「死ねよ、死ねよッ! どいつもこいつも殺してしまえッ!」


 私は高笑って叫ぶ。

 私に向けて放たれた矢が、近くに突き刺さったが、気にもならなかった。


 ヴォルフと彼が率いる親衛隊の圧力によって反乱傭兵は崩壊し、自然と敗走を始めた。


「――――」


 ヴォルフは盾で殴り、剣で突き、縦横無尽に敵を倒し続ける。

 傍目には巨人が小人を蹂躙しているようにしか映らない。

 反乱傭兵にとってはまさしく悪夢の再現だ。


「ヴォルフ様に続けッ! 続け、続け、続けッ!!!!」


 血気盛んな親衛隊が、狂暴な笑みを浮かべて叫んでいる。


 ヴォルフが剣を振り下ろすと、敵の頭が兜ごと砕けて、剣も中ほどで折れた。

 ヴォルフは新しい剣を、殺した敵から奪って、なおも戦い続ける。


 ――目立つ格好で指揮を執る傭兵の姿が見えた。

 ひとりだけ馬に乗っている。おそらくはアレが傭兵ジーモンだ。


 あの男を倒せば、戦いが終わるはずだが、そこまでの道には、彼の配下が壁として立ち塞がる。


 乱戦の中で、投石が私の頭に当たった。激痛を感じて、私はすっ転んだ。

 だけどすぐに立ち上がって、体勢を立て直す。


「おまえ……邪魔だッ!」


 投石した傭兵に、ヴォルフが剣を突き刺して殺した。


 しかし、肉を深く貫きすぎたのか、ヴォルフの動きが一瞬だけ止まり、その隙をついた傭兵たちに包囲されてしまう。


 ……マズいわ!?


 ヴォルフはとっさに剣から手を放し、盾を使って応戦する。

 彼はまず、左から襲い掛かって来た傭兵の刺突を盾でさばき、問答無用で顔面を殴りつけた。

 怯んだ傭兵の手を握りつぶすようにして剣を奪い取り、ヴォルフはすぐさまその首を跳ね飛ばした。


 流れるような動作だったが、それでも遅い。

 無防備なヴォルフの背中に敵が斬りかかった。


 ……ヴォルフ!?


 緊張のあまり、私には景色がスローモーションに見えた。

 目を背けることもできず、私はヴォルフの背中に剣が吸い込まれるのを見ていた。


 しかし、次の瞬間。

 ヴォルフに斬りかかった傭兵の頭を一本の矢が貫いた。


 とっさに矢の出所に視線をやると、親衛隊の若者がキメ顔で獰猛な笑みを浮かべていた。

 ひょっとして村の猟師なのかな? 彼が弓で敵を射抜き、ヴォルフの危機を救ったのだ。


 ヴォルフは返す刀で、周囲の傭兵を一掃し、恩人の射手を見た。


「うへへへ、ご無事ですか、リーダー? エレミア様も、頭から血が流れてますぜ」


 親衛隊の若者が、ヴォルフの背を庇い、また私の方を見て苦く笑った。


「ありがとう。おかげで助かった……この恩は、必ず」


 ヴォルフはその若者に私の護衛と手当てを命じて、再び乱戦に飛び込む。


 他人の九死に一生を間近で目撃した私は、肝を冷やして冷静になった。

 え? 豊臣秀吉とか、何言ってんの私? やばいわ、少し前に出すぎたかもね。


 そして、ふと見れば、村を包囲していた味方が戦場に到着したようだ。

 次に次にと、誰も彼もが反乱傭兵の背後を突いて襲い掛かっている。


「よーし、勝つわよ! あと一息だわ!」


 私は護衛の若者に、弓を用いた味方の援護を命じた。


 ◆◆◆


 反乱傭兵との戦いは、激戦の末に決着した。


 敵の懐に飛び込んだヴォルフが、馬上の傭兵ジーモンに直剣を投擲して、叩き落したのだ。

 落馬した指揮官を見た反乱傭兵たちは次々に敗走し、総崩れになった。


 その後、私たちは掃討戦に移行して、逃げ出す反乱傭兵を一人残らず討伐した。

 力によって奪う者は、より強い力によって幕引きを迎えるのが世の常だろう。

 逃げ惑う反乱傭兵の無様は、戦士たちの怒りによって粉砕された。


 私は頭の傷を手当てしてもらいながら、安全な後方に下がり、消化試合の采配を振るった。


 そして、生け捕りにした傭兵ジーモンを大勢の目の前で『火刑』に処して、私にとって初めての戦いは幕を下ろす。

 紆余曲折はあったけれど、これだけ迅速に逆賊を鎮圧することができたのだから、レーゲン領の秩序は保たれるだろう。


 頼れる仲間たちと共にふるさとを守ったこの戦いは、エレミアという個人を評価するにあたって、良くも悪くも後々に至るまで影響を及ぼすことになる。


 ……やっぱり戦争ってダメね。人間は死ぬし資源も消費するし、最終手段だわ。


 戦わずして勝つ、べきよね。

 私はこれを目指そうと心に誓う。

 為政者は民のために心を砕くべきだ。

 ならば、戦わずして勝利を導き、民に繁栄をもたらした者こそが、真の名君であり最良の兵法家といえるだろう。


 私は多くの犠牲者を出した今回の戦いを、教訓として胸に刻んだ。


 それと、今回の戦いで私について、風の噂が流れた。

 どんな評判かなー?

 ちょっと恥ずかしいけど、それは以下のような内容だった。


 ――――――――――


【レーゲンの魔女】

 反乱傭兵800人を焼き殺し、

 ――(実際には400人、火刑に処したのは傭兵ジーモンひとり)


 その姿を見て狂喜し、命乞いする捕虜の血を嬉々としてすすった。

 ――(してない)


「すべては太陽神の神意に背く逆徒に対する当然の裁きである」

 とは、エレミア・フォン・レーゲンによる直々の回答である。

 ――(言ってない)


 ――――――――――


 …………………………………………

 ………………………………

 ……………………

 …………


 この噂を流したやつ。

 怒らないから、出て来い。


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