第27話 灯の利

 戦いの後、反乱傭兵は渓谷の小村に立てこもった。


 私たちも多くが傷つき、戦える者は目に見えて減っていたが、燃えるような戦意は健在だ。

 ふるさとを守る戦いで、背を向ける者は誰もいない。


「打って出るべきです! 敵も無傷ではない、ここで決着を!」


 脇腹の傷を応急処置したジャンが他の騎士たちと共に、私へ進言した。


 改めて語るまでもなく、先ほどの戦いで誰もが浅くない傷を受けている。

 戦死者の数はそこまででもなかったが、このままの状態で戦えば、次こそは悲惨な結果が待っているだろう。


「ダメよ。無理はしない。ここは耐え忍ぶ時だわ」


 私はジャンの提案を切って捨てて、代わりにアルフォンスを呼びつけた。


「よろしいのですか、エレミア様?」


「ええ、敵を休息させるのは痛いけどね。今はこちらの消耗が大きすぎる」


 見ればアルフォンスも先の戦いで矢を受けたらしく、左肩を負傷していた。

 赤黒くにじむ包帯が傍目に痛々しいと思う。


「……申し訳ありません。我々の力不足でした」


 アルフォンスがうつむく。

 ジャンを含めた騎士たちも沈痛に歯噛みしている。


「ヴォルフは? あれだけ暴れて、さすがに無事ではないと思うけど」


「俺なら平気だよ。エレミア様こそ、指揮官なのに前に出るなんて……肝が冷えた」


 傷の手当てを済ませたヴォルフが、私に苦言を呈した。

 私が首をかしげて周囲を見渡すと、みな言葉にはしないがヴォルフと同意見であるらしい。


 守るべき指揮官が乱戦に飛び出した事実を、誰もが暗黙にいさめてくれるようだ。

 なかなか気まずい雰囲気である。


「は、ははは、ごめんね。つい」


 私が頬をかいて釈明すると、その場のみんなが私の目の前で深くため息をついた。


「ご、ごめーん! ほんと、もうしないから!」


 私は焦って謝罪するが、ヴォルフもアルフォンスも疑わしそうなジト目をしている。


「適材適所よね。反省したわ……」


「いいんじゃないですかあ? エレミア様が守備隊を率いたおかげで、騎士のみなさんは助かったんですしぃ」


 カタリーナが落ち込む私をフォローしてくれる。

 ジャンと他の騎士たちも私の暴挙に思うところがあるようだが、やはりその点では返す言葉が無いらしい。


 レーゲンの騎士はいささか頭が固いが、義に厚い。

 戦場で命を救われた恩ともなれば、彼らは金輪際、私に足を向けて寝られないだろう。

 まあ、それは別にいいんだけどね。


 案の定、カタリーナの発言を皮切りに、ジャンと仲間の騎士たちが涙を流し始めた……気持ちはわかるけど、どうにも大袈裟な感情表現ね、やりづらいわ。


「泣かなくていいわよ……それより、次の手を考えましょう。この先、みんなには無理をしてもらうわ。感謝するよりも、私を恨む準備をした方がいいかもね」


 私は自虐めかせて肩をすくめた。

 場の雰囲気が湿っぽかったので、話題の転換に皮肉を言ったのだが、しかしそれを聞いたジャンは泣きはらした両目で大いに叫んだ。


「お任せください! エレミア様に拾われた命、正義のために散らしてみせましょう!」


「……いやいや、そういうのいいから。ここから先は消化試合だからね」


 私が呆れて笑うと、その場の全員が目を丸くして私を見る。

 普段冷静なアルフォンスまでもが、驚きを隠せずにいるようだ。


「え? まさか、みんな、このズタボロの状態で正面決戦をやるつもりだったの? やめてよね。私たちは……勝つべくして勝つのよ?」


「わあっ、楽に勝てる方法があるんですかあ? なら、私はそれがいいですう!」


 カタリーナが喜んで微笑むと、周りの騎士たちも「それは確かに」と苦く笑う。


「ええ、安心しなさい。私とアルフォンスが、必ずみんなを勝たせてあげる」


 私はアルフォンスとヴォルフを連れて、作戦会議のためにその場を離れた。


 ◆◆◆


「偽兵、ですか」


 私の提案を聞いたアルフォンスが腕組みして考え込んだ。


 同行したヴォルフとジャンも対応を決めかねているようだ。


 迷うのは無理もない。偽兵というのは言葉そのまま、実際の兵数よりも兵を多く見せて敵を欺く兵法のことだ。

 しかし、私たちは既に反乱傭兵と戦い、持ち得る戦力を赤裸々にしていた。

 欺く前にバレているのだ。

 普通に考えれば意味がない。


「聞いて、アルフォンス。今回、私が狙うのは威圧効果だけじゃないわ」


「といいますと?」


 アルフォンスは首をかしげて、私に発言をうながす。


「目的は時間稼ぎよ。渓谷の小村を包囲して、松明を灯すの。ひとつじゃないわ、大量の松明よ。実際の数以上に、大軍に包囲していると見せかけるの。お父さまが率いる軍主力が到着するまで、反乱傭兵を釘付けにできればそれでよし……そうでなくても相手の視点では、私たちに援軍が合流したと思わせることができるかもしれない」


 私の説明にアルフォンスはうなずいてくれた。


 実際、反乱傭兵の立場ではヨーゼフが率いる軍主力の情報を得ることはできない。

 彼らが追われる身である以上、状況を楽観せず、常に最悪の可能性を想定するはずだ。


「なるほど確かに、彼らには偽兵を楽観する余裕がなく、また時間もない。おそらく作戦自体は上手くいくでしょう……しかし、敵が打って出た場合は?」


 私の説明に足りない部分を求めて、アルフォンスが仮定の話を尋ね返した。


「問題ないわ。最初からわざと松明の数を調整して、包囲網に抜け道を作るの。反乱傭兵はその穴を狙って突破を仕掛けてくるはずよ。そこを精兵で左右から挟撃する」


 私の言葉に、アルフォンスとヴォルフがうなずいた。しかし。


「そのようなまどろっこしい真似をせずとも、最初から包囲殲滅を仕掛ければよいのです! 敵の戦力はほぼ同数、今、地の利は我々にある!」


 実直な戦いを望むジャンは、騎士らしく正面決戦を提案する。


「……ジャン、悪いけど、それは出来ない相談だわ。敵は歴戦の傭兵で、こちらには練度の低い自警団がいる。策もなくぶつかれば犠牲者が出る。それは無意味な犠牲よ」


「エレミア様、我々は誰も、命など惜しくはありません!」


 ジャンは納得できないようで反対意見を繰り返した。

 先ほどの戦いを経て、彼は勢いのままに『勝てる』と判断したのだろう。おそらくジャンの視点は半分正しい。半分はね。

 

 私は気まずく舌打ちした。

 騎士の流儀はともかく、無意味な犠牲なんてお断りだわ。


「ジャン、言っておくけど、私はみんなの命を優先して作戦を立てているわけではないの。万事、勝つためにやっているのよ。レーゲンの秩序を守り、レーゲンの民の暮らしを守るためにね。ねえ、あなたは、その『邪魔』をするの?」


 私が睨むと、ジャンは沈黙した。

 今の私の言葉は当主の言葉に等しい。

 越権だと告げられれば、引き下がる他ないだろう。

 これ以上は時間の無駄だ。


「しかし、我々も兵糧が不足しています。根競べができるのはせいぜい5日が限度です」


 アルフォンスが難しい顔で伝えてくれる。

 反乱傭兵も立場は同じはずだが、急ぎ出立した私たちには十分な物資の準備がない。

 お互いにとって、予断を許さない状況だ。


「そうね。反乱傭兵が打って出た時、それが最後の戦いになるわ。アルフォンス、あなたの判断で自警団から動きのいい精鋭を引き抜いてくれない? 今はひとりでも戦力が欲しい。優秀な人材の力を借りたいの」


 負傷者や練度の低い者には偽兵を担当させればよい。

 決戦は精鋭だけで行うのだ。


「わかりました。しかし繰り返しになりますが、軍を維持できるのは5日が限度です。その時には、退くか、正面決戦以外の選択肢はありません」


 アルフォンスが事実の再確認をした。

 この場で退くとなれば、せっかく追いつめた反乱傭兵を取り逃がすことになるだろう。


 一度ならず二度までも逆賊の逃亡を許したレーゲン家に対する領民の評価は、語るまでもなく地に堕ちるに違いない。


 退却は最後の手段だ。

 反乱傭兵の蹂躙と略奪行為を放置すれば、冗談でなくレーゲン領の治世が崩壊する危険さえある。


「そうね。3日3晩を期限に設定しましょう。夜が明けて、それでも反応が無ければ、反乱傭兵に正面決戦を仕掛けます」


 アルフォンスはうなずき、すぐさま自警団から精鋭を集め始めた。


 もともと村の農夫でしかない自警団だが、才能を持つ者も少なくなく、結果10人の参加者が集まった。


 また彼らの指揮はヴォルフに一任された。

 実際には10人以上の若者が志願したそうだが、負傷者の作戦参加はアルフォンスの判断で却下され、彼らは偽兵を担当することになった。


「しかし、先ほどの戦いで、ヴォルフさんは凄かったですね! 何人殺したんですか?」


「いやいや、俺たちのリーダーだぜ。20人……いや、40人は殺したはずだな!」


 作戦の確認が終わり、私が一息ついた頃に、自警団から集められた精鋭の若者たちが、喜び勇んでヴォルフに話しかけていた。


「そんなに殺してないよ。殴っただけで、死んでないやつがほとんどだと思う」


 そうなのかな? 私の視点では頭が砕け散ったような連中ばかりだったと思う。

 40人は言いすぎだと思うけど、15人以上は殺していたんじゃない? 


 ヴォルフの謙遜に対して、若者たちが苦く笑った。

 彼らもヴォルフの鬼気迫る戦いぶりを間近で見ていたのだろう。


「殺したのは20人! なら再起不能にさせたのは、50人ですね! 災害みたいなものだ! 敵にとっては悪夢ですよ!」


 若者たちはなおもヴォルフを持ち上げている。


 気持ちは分からなくもない。

 自分たちを指揮するリーダーが、武勇に優れて困ることはないだろうから、ね。


 村の自警団から成り上がって、今や彼らは私に従軍する精鋭の一員である。


 誰彼の視点では、戦いが終わった後に恩賞を期待できるに違いない。

 ならば、私もその期待に応えなければならないだろう。


 指揮官らしく、一言、いいかっこうをしないとね。


「ところでご存知? 私はレーゲンの次期当主! そして、このヴォルフは私の右腕……彼に従うあなたたちは、名誉ある私の親衛隊ということよ!」


 私が冗談めかせて愉快に笑うと、若者たちが大いに高揚した。


 遠巻きに眺めるアルフォンスが、やれやれと肩をすくめていた。


 ◆◆◆


 そして、ヴォルフの指揮下に入る親衛隊の面々と、私はコミュニケーションを交わした。


 私は彼らの命を預かるのだ。今だけでも、私は彼らの理想の指揮官でありたい。


「よーし、これから根競べが始まるわ。みんな、期待しているわよ!」


 私がそう伝えると、若者たちが「お任せください。次期当主様」と口を揃えて笑った。


 ……はじめての戦いでは、気分が高揚して恐れなんて感じなかったけど、今は少しだけ心が寂しかった。


 しかし、空元気をふりしぼった私の言動で、親衛隊のみんなも笑顔になってくれたのだから、それもいいかなと、今は楽観的に思う。

 

 そして、3日3晩。松明の灯を使った、静かな睨み合いが始まる。


 犠牲なんて認めない。


 これは、勝つべくして勝つ、ネズミ捕りよ。

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