第26話 遭遇戦

 行軍の途中、私はアルフォンスと今回の戦いについて話していた。


「申し訳ありません。私には、騎士たちを説得することができなかった。本来ならば、このような危うい戦いに、エレミア様を巻き込むべきではないのですが……」


 今更言っても仕方のない事だが、アルフォンスは沈痛な面持ちをしていた。


「後悔は必要ないわ。それよりも今は傭兵の話を教えて。相手はどんなやつらなの?」


「手練れですよ。ブリーゼ家の騎士たちと比べてもなんら遜色ない。その素行にはあまり良い噂を聞きませんが、傭兵ジーモンの武勇は世に広く知れ渡っています」


 名のある傭兵なのね、と私は敵将の実力を想像した。


 風のうわさには尾ひれがつくものだが、アルフォンスが語るのであれば、おそらくその評判はウソではないのだろう。


「ブリーゼ家の騎士とヨーゼフ様に挟撃されながら、傭兵ジーモンは軍勢を巧みに操り離脱した。並大抵の指揮官ではありません。敵は間違いなく、練度で我々を上回っている」


 傭兵ジーモンだけではなく、彼に従う配下もすさまじい練度に違いない。

 こちらも戦意では負けていないと思うけれど、真っ当な手段で対抗するのは難しいかもね。


「教えて、アルフォンス。反乱傭兵はどのくらいの数なの?」


「600、といったところでしょうか。とはいえ、先の戦いで反乱傭兵もいくらか消耗しているはずです。負傷者を含めて、戦闘に参加できる者は500が妥当なところかと」


 500……私たちは300人。仮に合流する自警団の戦力を100と見積もっても400人。敵より少ない。その上で個々の練度でも劣るとなれば、頭の痛い話だ。


 翌日、私たちは自警団と合流する。

 おっとり刀で飛び出してきた、村の農夫たちといった印象だ。


 しかし信仰によって集った彼らの士気は高く、誰もが義憤をあらわに、戦意を燃やしていた。


「おおっ! ワシらのエレミア様だ! ありがてえ、ありがてえ!」


 自警団の戦士たちは、馬上の私を見て、拝むように笑った。


 なんというべきか、教会の支援活動を通して、私の風評が変なふうに伝わっているらしい。

 私が「どーも、どーも」と手を振ると、彼らは一層士気を高めて歓声をあげた。


「ねえ、エレミア様、自警団の人たちから伝言なんだけど」


「伝言? なに?」


 ヴォルフに尋ね返すと、彼は少し困ったように答えた。


「俺たちを捨て駒に使えって、エレミア様に、日頃の恩を返すってさ」


 私は言葉もなくポカンと呆けてしまう。

 どう返答するべきか迷っていると、自警団の人たちの死をも恐れぬ笑顔に気づいて、私は内心で委縮した。


 ……宗教って怖いな。敬虔な信仰も、一歩間違えれば狂信だもんね。


 ヴォルフは無感動に立ち、アルフォンスも私の対応を待って様子を見ている。

 ふたりとも、私が自警団をどう扱うか観察しているらしい。


 近くの兵たちも息をのんでいた。

 まあ、そうよねえ。捨て駒扱いはさすがに聞こえが悪いわ。


 私の回答は決まっていた。


「エレミア様の温情に救われた命、ワシらは惜しくありませんぜ!」


 名も知らぬじーさんが堂々と言い、自警団の仲間たちも口々に賛同する。


「却下。ダメよ、ダメ。あなたたち、この戦いをなんだと思っているの?」


 私が首を横に振ると、じーさんは「な、なんですと!?」とおののき、自警団のみなさんが悲しそうに肩を落とす……うーん、やりにくいなあ、この人たち。


 落ち込む人たちを鼓舞するように、私は馬上で出来る限りの声を張った。


「この戦いは、レーゲンの民を守る戦いです! 今、あなたたちは兵士ですが、なによりもその前にレーゲンの民なのです! その命を生かすために戦いなさい! これは民の安寧を望む太陽神の神意であり、私の願いです!」


「「「「「おおっ!」」」」」


 私は太陽神の名を出すと、信仰に殉じるみなさんは大いに盛り上がった。


 難しい話ではなくて、単に「意味もなく死んじゃダメよ」って話なんだけどね。

 私たちが敗れることがあれば、レーゲンの村々は反乱傭兵に略奪されるだろう。


 最終的には討伐されるだろうが、その過程で生じる被害は計り知れない。


 その事実がわかっているからだろう、老若男女の隔てなく、私に従軍する者たちは「ふるさとを守れ!」と口々に鼓舞し合っていた。


 レーゲンの民は交戦的な性格をしているわけではないが、人々はみな、義に厚い。


 今のエレミアはレーゲンを背負う、レーゲンの貴族だ。私は我が身を奮い立たせた。


「命を散らす必要はありません、ただ、私に勝利を捧げなさい。敵が歴戦の傭兵ならば、あなたたちは太陽神の戦士です。ならば私に従う、その意味がわかるはずです」


 自警団だけではなく、他の兵士たちもうなずく。


 私は、お御輿様の責任を果たすのだ。


「進めッ! 太陽神の正義は、今、私たちと共にあるッ!」


 私が激励すると、天地が裂けんばかりの雄たけびが上がった。


 これぞ信仰の本懐である。

 

 ヴォルフとアルフォンスが、ひれ伏すように、私を見ていた。


 ◆◆◆


 2日後、戦意に燃える私たちはついに、平野で反乱傭兵と会敵した。


 反乱傭兵の数はアルフォンスの見立てよりやや少なく、450人程度で、ほぼ歩兵だけだ。


 しかし私たちも自警団の集結と合流が間に合わず、戦力は380人ほどである。

 私は指揮官として、戦場を見渡せる位置取りをした。


 ありきたりだけど、兵の戦意を保つためにも、後ろに隠れていられないのだ。

 なにより戦場の指揮はリアルタイムである。


 互いに合図はなく、怒号が交錯して、戦いが始まった。


 私は流れ矢に気をつけながら、馬上から戦場全体を見渡す。

 指揮といっても、戦いが始まってから有効な作戦なんて、ほぼないけどね。


 お互いに、まずは矢を放ちながらの牽制である。


 次いで、盾を構えて睨み合う歩兵が隊列を組んでぶつかり合い、最前線で押し合いを始める。


 その時を境にして、怒号が悲鳴に変わり始めた。

 数で劣り、また練度でも劣る自警団が左翼を支えきれなかったのだ。


「っ、騎兵隊! 左側面に回り込んで叩け! 自警団の後退を支援しなさい!」


 私は手駒の騎士たちに命じた。


 本陣の守りが薄くなるが、それどころではない。

 命の危険よりも、私の采配で戦場が鳴動する感動に、今の私は取り憑かれている。


 どこからか飛んできた流れ矢を、ヴォルフが私の目の前で叩き落した。

 しかし、私はまったく恐れを感じず、一手一手を指示し続ける。


 形勢不利だが、構いはしない。

 

 やがて、お互いの視点で、最前線が崩壊した。

 

 そして、目を覆うような乱戦が始まった。

 私から見て十数メートル先の場所で、敵が倒れる。

 槍を手にしたアルフォンスが、突破してきた敵兵を突き殺したのだ。


 ……そうよ! 乱戦になれば、ここに至って、作戦も練度も関係ない!


「ヴォルフ! 前に出なさい!」


 私は待ちかねた瞬間を確信して、ヴォルフに突撃の指示を下した。


 彼は剣ではなく、大きな棍棒を持って、傭兵に殴りかかる。

 ヴォルフは今や身長2メートル近い大男で、鍛えた筋肉で横幅もある。

 その腕力で殴られた傭兵は木っ端のように吹き飛んで地に転がった。


「見えるか! 全員、あの背中に続け!」


 私は後衛に温存させていた、すべての戦力に突撃を命じた。

 名将は最後まで、予備の戦力を手放さないっていうけど、リアルタイムの乱戦で、そんな事情は知ったことか。


 私は地球の知恵で……というかシミュレーションゲーム由来の知恵で、劣勢を突き崩す術を知っている。

 勝負というのは基本的に敵の手に乗ったら、負ける。


 自分の手の上で、自分のタイミングで、すべてを管理する者にしか勝機は訪れない。

 私にはヴォルフがいる。

 乱戦で旗印になる最強の駒がいるのに、この機を見て勝負に出ない理由はなかった。


 ヴォルフは棍棒を振りまわし、複数の傭兵の頭を同時に叩き割った。


 時には敵の刃が、ヴォルフの身体に突き刺さるが、彼はまるで動じない。


「ひ、ひえっ……」


 歴戦の傭兵が一歩を退いた。

 その臆病さえ、ヴォルフは許さずに狩る。


 見ればアルフォンスとカタリーナがその背を守って奮戦していた。


 ヴォルフは、前に出ろと命じた私の指示を乱戦のど真ん中で実践している。

 アルフォンスはヴォルフの死角をかばう。


 カタリーナもふたりに負けじと斧槍を振るい、敵を退けていた。

 さすがにヴォルフとアルフォンスほどの強さはないが、敵を引き付ける牽制の役割を十分に果たしている。


 ……負けるか! 負けるものか!


 私はしりぞくことなく、意固地に歯を食いしばった。

 私の目の前で、名も知らぬ兵士が倒れ、血を流して死んだ。

 その向こう側では、アルフォンスが傭兵の脳天を突き殺す。


「そっちじゃないだろ……おまえたちの相手は、俺だッ!」


 ヴォルフは、指揮官わたしを狙おうとした弓兵を棍棒で頭蓋骨ごと叩き潰す。


「なんだ、あの獣は!?」


「喰い殺されるぞ!」


「矢が刺さっているはずだ。本当に、同じ人間かよ!?」


 死をも恐れぬヴォルフの凄絶に怯えて、敵が後退を始めた。


 ヴォルフは血にまみれた棍棒をふりかざし、なおも敵を殴り殺す。

 土台で体格が違いすぎるのだ、兜だろうと、鎧だろうと、彼が敵を殴れば、なすすべもなく壊れて、その命を奪う。


「エレミア様! 右翼の騎士団が劣勢です!」


 アルフォンスが言った。


 慌ててみれば、ジャンたちが乱戦で孤立している。


 私は、今も私を守り続ける本陣の連中に指示を出した。


「私について来なさい! 後のことは考えるな! 勢いのままに突き崩せ!」


 私は馬を操って前に出た。


 血まみれのヴォルフが両目を見開く。アルフォンスが兵を叱咤して叫んでいる。

 誰もが無事ではない、しかし、誰もが私の無茶ぶりに応えてくれる。


 ……死ぬかもな、私。でもまあ! この際だもの、私だって、やってやるわよッ!


 本陣を守る最後の砦を攻め手に転用して、私は騎士たちの救援に向かう。


「敵の背を突きなさい! 包囲された仲間の救出を最優先に!」


 私の指示に呼応して、本陣の守備隊が乱戦に飛び込んだ。


「え、エレミア様!?」


「全軍奮起しろ! 指揮官を殺させたら、俺たちは末代までの恥さらしだぞ!」


 ジャンを含めて、孤立していた騎士たちが決死の覚悟を叫んだ。


 駆けつけたアルフォンスが、私に襲いかかる凶刃を防ぎ、あわやのところで退ける。

 敵が私に気を取られている間に、ジャンたちは包囲を破って、守備隊との合流に成功した。


 その時、傭兵たちが一斉に撤退を始めた。

 これ以上の継戦は無意味と判断したのか。


 ……引き際が良いのね。さすがだわ。


 私は生き残った味方を集めて、態勢を立て直す。

 誰もが傷つき、苦悶の表情を浮かべている。


 孤立していたジャンは脇腹に矢を受けていた。

 傍目にも、重傷なのだとわかる。


 背中を晒して撤退する反乱傭兵を、しかし傷だらけの私たちは、追撃することができなかった。


 泥仕合の結果は勝利ではなく、痛み分けだ。


 引き分け……敗戦に等しい現実に対して、私は流した血の意味を噛みしめた。


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