第23話 自警団
やってきた冬、ついに温めたアイデアを披露する時がやってきた。
ヨーゼフの許可がおりるのを待っていたのと、教会と役人のすり合わせに時間を使ったが、死体処理と戸籍管理の公共事業は順風満帆の出だしである。
各地の村では凍死した人々の死体が教会に運び込まれた。
最初の混雑を予想して、役人は少し多めに配置しておいた。
細かな人員の調整はアルフォンスが行ってくれている。
しかし、やはりというべきか問題が起きた。
死体を火葬するのに薪が足りないのだ。
以前、夕食の席でヴォルフとアルフォンスに、私が提案したのは土葬ではなく火葬だった。
しかし、死体がひとりやふたりならともかく、これが数十人となるとすさまじい量の薪が必要で、現実的には土葬以外の選択肢がなかったのだ。
この時点で「地下水の汚染を防ぎ、疫病の予防する」という火葬のメリットは失われた。
皮算用が破綻した形になるが、仕方ない。
「みんな、お金が欲しいんだね……これで死体を集めて、埋葬したらどうなるの?」
「少しは衛生環境がマシになるはずよ。病気が減って、暮らしやすくなると思うの」
私はヴォルフを連れて、近くの村の視察に来ていた。
はじめ村人は、半信半疑で死体を運び込んでいたものの、本当に助成金が出るとわかってからは、ひっきりなしに教会を訪れるようになる。
労働の対価に助成金を配る貧困支援は、おおむね成功のようだ。
せっかくだから役人や教会の人々の働きぶりを見ていこうということで、ヴォルフに案内してもらうと、みなさん忙しそうに運び込まれた死体を埋葬していた。
穴だらけの墓場は、めずらしくて壮観だ。
火葬すれば面積を取らずに済むんだけどね、土葬はこれが大変だと思う。
「大丈夫? エレミア様? 気分が悪くなったりしない?」
「うん、平気よ。慣れたわ。心配してくれてありがとうね」
私とヴォルフは物言わぬ人々の行く末をながめる。
ヴォルフも思うところがあるようだ。
かつて訪れた村で、私は道ばたに転がる死体に恐怖するしかできなかった。
それが今となっては……人間は環境に慣れる生き物だと、常々思う。
ヴォルフが言うには、あの時に私を村に連れてきたことを彼は後悔しているらしい。
気に病むほどではないと思うが、記憶喪失のエレミアに『死』を直視させてしまった失敗を、当時のヴォルフは幼いなりに悩んでいたようだ。
初めは気にしていなかったらしいが、人との付き合いを経て心境に変化が生じたのだとか。
多くを学び、彼が人間的に成長したのだとすれば、それも不思議ではない。
ヴォルフは頭の回転も速いし、悩み事があるのは当然よね。
……それにしても、冬は本当にたくさんの人が死ぬのね。
こればかりはモーントシャイン王国の原始的な文明が原因であり、私がなにをしようと一朝一夕で解決できる問題ではない。
私は、我が身の無力を感じながら、ヴォルフの手を握る。
どこか心細いのは、きっと冬の寒さのせいだけではない。
「それにしても、助成金は大盤振る舞いよね。教会ってさ、他に資金源はないの?」
「資金源? ああ、募金をやってるよ。信心深い人から、お金を集めているんだ」
王権神授説を採用しているモーントシャイン王国では、それは王への信仰に違いない。
「なるほどねえ、細々とやっているなりに、大元は王家の――」
その時、私はひとつの皮算用を思いついた。
……ひょっとして、この国の人たち。宗教が金儲けになるって、気づいてない?
私は献身的に働く教会のみなさんを観察した。
彼らが有する信仰心と、清貧を尊ぶ心構えはすばらしいものだ。
古来、地球においても宗教は人の心を救う手段だったと思う。
権力だの派閥だのと、信仰が腐敗したのは後世の話だ。
まずなによりも人間の苦悩が先にあって、その心に救いを与えようとしたのが、宗教の成り立ちだと、私は記憶している。
……腐敗してない宗教って、最強じゃない? これをうまく使えば……
モーントシャイン王国で信仰と言えば、それは太陽神と王家に対する信仰である。
少なくとも、私はこの世界に来てから、他の『神』の名を聞いたことが無い。
太陽神とその神意を体現する王家の権威は、唯一神のように絶対的な価値観だ。
冗談でなく、太陽神の権威に背く者は王国内に存在せず、それはこの国の根幹をなす思想なのである。
「ヴォルフ、ねえ、その……太陽神の恵みって、信じる?」
「へ? 大空の
ヴォルフは不思議そうに首をかしげた。
だろうな、と思う。
ついつい流れで「太陽神が金を出せって言ったら、出す?」と尋ねそうになった。
さすがに直球すぎるわよね……
今、この場には、死体処理をして働く教会の関係者が大勢いる。
清貧とは真逆に金儲けの話題を口にして、頼るべき彼らのひんしゅくを買っては、皮算用が台無しだ。
しかし、私が王なら自分の立場を固めるためにも、間違いなく信仰を利用するだろう。
地球生まれの私は信仰が生み出す莫大な富と腐敗の歴史を少なからず知っている。
これは諸刃の剣ね。
「そもそもエレミア様は、『
「あ、そうだったわね! いやあ、自分の話は忘れがちだわ。反省、反省……」
ヴォルフが「変なの」と不思議そうにする。
確かに、言われてみれば、王家に連なる八大貴族であるレーゲン家は、太陽神の信仰に近しい。
いわば、私は神話の登場人物なのね。
「ねえヴォルフ、私ね、教会の活動に興味があるの。みなさんに協力してあげたいんだけど、どんなことをしてあげたら、喜んでもらえるのかしら」
隠すつもりはないけど、信仰で金もうけをしようというのは、さすがに直球すぎる。
私が遠回しに教会を援助したい旨を伝えると、ヴォルフは「アルフォンス様に聞いてみるよ」と答えてくれた。
彼は本当に、よく気を回してくれる。
後の話だが、私は教会の権限を拡大させ、彼らに貧困支援事業を担当させる方策を打ち出した。
身もふたもないが、教会の立場それ自体を『強く』してしまおうというアイデアだ。
私はアルフォンスを通じて、地方教会の責任者と連絡を取った。
もちろん、権力と信仰の癒着には問題がある。
だから隠れて、ヨーゼフに怒られない程度にこそこそやる。
単に金儲けをしたいという私の真意を知れば、当然、教会のみなさんは反発しただろう。
しかし、慢性的な資金不足に悩む教会は、善意を建前にする私の提案を疑わなかった。
もちろん、現在の私には何の財力もない。
だからこれは、レーゲン家の跡継ぎとして、私の将来を見越した『約束』だ。
……さて、話を戻そう。
私とヴォルフが太陽神の信仰について話し合っているうちに、死体処理の作業が終わった。
ひとまずのところで、死体を運び込む村人の来訪も打ち止めだ。
くんくんと匂いを嗅ぐと、それだけですさまじい腐臭がした……腐敗している死体も少なくないようだ。
モーントシャイン王国の冬は、相も変わらず悲惨である。
やはり、遠くない未来に生活環境を改善しなければならない。
そのためにこそ、私は財源を手に入れなければならない。
ゆえに、私はこの国の信仰を利用するのだ。
これは倫理的には間違っているのかもしれないが、他に最短の道はないと思う。
金だ、金と権力を手に入れるしかない。
気づけば、教会の関係者が私の周りに集まり、「エレミア様のお心遣いに感謝します」とか「これで人々の魂も救われます」とか、彼らは口々に感謝を伝えてくれた。
良いことをした後は、心が晴れやかである。
◆◆◆
しかし、私のアイデアに対して、ヨーゼフは良い顔をしなかった。
「エレミア、確かに政策に財源は必要だ。しかし、教会の勢力を拡大させることは許さん」
ヨーゼフが語るところによると、教会の台頭は必ずや『未来の負債』になるらしい。
……んなこたあ、わかってんのよ。でもね、その時はその時で対処すればいいのよ。
私はヨーゼフの慎重を内心で侮蔑する。
薄々わかっていたことだけど、モーントシャイン王国の人々は、未来の不安を見越して、今を耐え忍ぶ判断こそが最善だと信じている。
だから、この国には革新的な発展が無いし、そもそも文明が停滞しているのだ。
石橋を叩いて補強して、他人に渡らせてから、渡る。
国全体がそんな気風らしい。
だが、私はあきらめず、治安維持の名目で、教会に地域の自警団を組織させるアイデアを提案した。
これこそまさに、教会に武力を与える『未来の負債』なのだが、短期的には誰にとっても損が無い、治安の向上が魅力的である。
ヨーゼフも「まあ、自警団くらいなら……」程度の認識であるらしい。
これは私にとって朗報だった。
用心深いヨーゼフが、初めて思考の底を見せたからだ。
……ごめんね、お父さま。でもね、私はやっぱり『今』が大切だと思うのよ。
私はヨーゼフの不安を見透かして、人知れず口元をゆがめた。
ここで私はひとつの確信を得る。
結局のところで、私が権力を手にして内政を自由にするのが、人々の暮らしをよくする最短ルートなんだろうと思う。
地球由来の知識でどんな魅力的な提案をしても受け入れてもらえなければ意味がない。
実績を示しても慣習にこだわる人間は存在するのだ。
強引に自分の意思を通すくらいでちょうどいいだろう。
そうと決まれば金と権力だ。
このふたつを手に入れるために将来設計を練り直そう。
ヴォルフは私に「強くなる」と言ってくれた、ならば私は「偉くなる」のだ。
なによりも、私には教会を足掛かりにする計画がある……こればかりは、ヨーゼフの不審を買わないように、慎重に動かなければね。
盤上の駒が揃うまで、あと少しだ。
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