第20話 焼き払え

 盗賊団は無事に討伐され、秋の中ごろには後始末も終わったようだ。


 討伐隊といっしょにアルフォンスが帰って来た。

 アルフォンスは平民出身なのだが、背筋が伸びた立ち振る舞いで騎士たちに交じっていても違和感がない。

 ヨーゼフには私の世話役を任されたり、屋敷の留守を任されたり、とにかく重用されている。


「お帰りなさい、アルフォンス。お父さまは?」


「ヨーゼフ様なら、ドンナー家との交渉に向かいました。今回討伐した盗賊団は、ドンナー領から流入した難民でしたからね。お帰りは少しばかり長くなりそうです」


 アルフォンスが教えてくれるところによると、ドンナー家に対して領地領民の監督不行き届きを抗議するために、ヨーゼフは少数の側近を連れて話し合いの席を求めたらしい。


「え、それって大丈夫なの? 相手さん、めちゃくちゃ嫌な顔をするんじゃない?」


「するでしょうね。内政干渉だと反発するはずだ。しかしヨーゼフ様は承知の上ですよ」


 私は「心配ね」とお父さまの立場を想像した。

 内政干渉って、イマイチピンとこないけど、早い話が大貴族間の小競り合いで、権力闘争の一部なんだろうと思う。


「エレミアお嬢さまも家督を継げばわかります……貴族の見栄はくだらないものだ」


 アルフォンスは珍しく貴族階級への愚痴をつぶやいて、皮肉っぽく笑った。

 確かに私がレーゲン家を継げば、私は他貴族と権力闘争を演じなければならない。


 ヨーゼフは意味もなく悪い顔ばかりしている印象だが、モーントシャイン王国を支えるレーゲン家の当主として内外の問題を如才なく執行している。


 私はこの背に学ぶべきだろう。


 平民出身のアルフォンスを重用するヨーゼフの奔放は、貴族の反発を招きそうなものだけど、不満を抑えこむ力と立ち回りと、なにより弱みを臆面も見せない姿は為政者の鑑だ。


 ……貴族の見栄はくだらないか。


 アルフォンスがヨーゼフに従う理由が、分かったような気がした。

 見栄でなく民の想い、民の安寧のために身を尽くす。

 アルフォンスとヨーゼフは、迷える私に、進むべき道を示してくれるようだ。


 ◆◆◆


「ヴォルフぅ」


 私は庭先でぼーっとしてたヴォルフに話しかける。


 近頃、ヴォルフは元気がない。


 私が商家の娘さんを追い返して以来、しかしまたヴォルフに対する縁談が激増した。

 ヴォルフは淡々とふるまっているけど、心が無いわけではない。

 いい加減に鬱陶しくなってきた頃合いに、ヴォルフはつい、キツイ物言いで相手の娘さんを追い返してしまったのだ。


 その場は私と使用人が仲裁して事なきを得たが、奴隷少年が裕福な娘さんに赤っ恥をかかせたのは問題だろう。


 ヴォルフは怖い顔のアルフォンスからお叱りを受けて、雑用の仕事を取り上げられて、現在は謹慎処分を受けている。


 心無いアプローチにヴォルフも内心で苛立っていたのだろう。


 察せなかった私も同罪だ。


 ……誰だって人形じゃない。本来なら主人の私が配下のストレスを解消させるべきだったに違いない。誰彼の優秀に甘えず、私は平等な采配を振るうべきなのだ。


 側近ひとり扱えなかった失敗から、私は自分の能力不足を大いに反省した。


「エレミア様」


「あ、エレミアお嬢さま! こんにちは!」


 近づくと、ヴォルフの他にもう一人、使用人の女の子がいた。

 少女の名はカタリーナ。彼女もレーゲン家が所有する奴隷の子だ。

 奴隷同士、世間話をしていたのかな?


 謹慎処分を受けたヴォルフはともかく、カタリーナには仕事があるはずなんけどね。


 微笑むカタリーナは気まずそうに視線を泳がせた。


 なんとなくサボり常習犯の雰囲気がする。


「ごめんね、ヴォルフ。友達と話していたの? 私は気にしないから話を続けて」


「いや、大した話じゃないよ。カタリーナには俺の愚痴を聞いてもらっていたんだ」


 ヴォルフはそんなふうに言う。

 カタリーナのサボりを庇っているのかな。仲間意識ね。


「いいのよ。仕事仲間で、積もる話もあるでしょう。私が許可を出したことにしておくから、のんびり話して。ごゆっくりね」


 ヴォルフはなにか言いたそうにしていたけど、たまには主人の気遣いを見せなければね。


 私はニコニコしながら進み出て、気後れしているカタリーナをヴォルフに近づけてあげた。


 彼女は最初、人前でサボる罪悪感と戦っていたみたいだけど、当主の娘のお墨付きを得られるや否や、素敵な笑顔を輝かせた……うーん、この。


 私は去り際に「でもね、あんまりサボりがすぎるとアルフォンスに知らせるわよ」とカタリーナを軽く脅しておいた。

 飴と鞭ね。

 

 カタリーナは私たちより年上で、15歳のお姉さんだ。

 少し痛んだ伸びっぱなしの灰髪が印象的に思う。

 色素が薄いのかな、彼女の瞳の色は赤く、肌も白い。


 アルビノっぽい独特の外見はある種のステータスに思えて、少しだけうらやましい。


 遠巻きに聞き耳を立てていると、二人の会話が聞こえた。


「私もエレミアお嬢さまに紹介してよー! ヴォルフくんみたいに読み書きを学んで、お金持ちに求婚されたいのよねー、カタリーナお姉ちゃんの一生のおねがーい!」


「よくわからないけど、アルフォンス様に聞いてみるよ」


 ……なるほど、カタリーナは、ヴォルフに取り入って立身出世を狙っているのね。


 私は呆れながらも、つとめて真顔でいようとしたが、どうしても震えて半笑ってしまう。


『カタリーナお姉ちゃん一生のおねがーい!』が変なツボに入ったからだと思う。


 まあ、私は享年25歳だからさあ。お姉ちゃんっていうかおばさんなんだけどね。

 15歳のカタリーナが11歳のヴォルフ相手にお姉ちゃんごっこ……

 年下好みなのかな。ははは、おもしろかったわ。


「はー、私もお姉さんごっこしたいかも」


 私は変な趣味に目覚めそうになりつつ、自室で一人、軍卓の駒遊びをした。


 結局、時間を持て余した私は、ペーターからもらった手紙を読むことにした。


 ツェツィーリアとの縁で知り合った赤い髪の少年は、別れて以来、時々私に手紙をくれる。


 ヴォルフは脈ありだと言っていたけど、どうなのかなあ? うーん、わからん。


 ……しかしひとつ歳上か、悪くないかもね。貴族としては品行方正で、剣術にも秀でて、年相応に頭もよくて、将来有望な美男子じゃない? いやあ、キープしたいわ。


 それに手紙をもらうばかりでは申し訳ないような気がした。


 意気揚々とお返事を書くことにする。


「アルフォンス。ペーターにお返事を書こうと思うの。よろしくて?」


「返事ですか? エレミアお嬢さま、失礼ながら、それはどのような……」


 私は直球に「彼、悪くないかなと思って」と答えた。


 アルフォンスは困惑していたが、私は彼に「これ、お父さまには秘密ね」と釘を刺し、手紙の素案を披露する。


「エレミアお嬢さま、その……こ、これは、恋文ですか?」


「やーねー、好きは好きでも、お友達の好きよ」


 私は愉快に笑ったが、アルフォンスは蒼い顔で頬を引きつらせている。


「失礼ながら、エレミアお嬢さま、この年頃の男子は、大変に繊細なものでして……」


「わかってるってー、ちょっとだけ優しく、サービスしてあげようかなーって思ってね」


 しばらく言葉を交わしたのちに……アルフォンスは私の手紙を真っ二つに破いた。


 私はきょとんとしたが、すぐにアルフォンスの怒りを察した。


「ご無礼をお許しください。この件は私の胸に留めておきます。しかし、エレミアお嬢さまはレーゲン家の誇りです。どうか、ご自分のお言葉を、再考していただけますよう」


 アルフォンスは会釈だけして去っていった。


 ……いやまあ、良識ある人間なら、普通そう言うよね。悪ふざけだったわ。


 私は真っ二つに破かれた恋文モドキを眺めていた。


 我ながら最低の所業だと冷静に思い直す。

 完全に思春期女子のノリだった。人の心で遊ぼうなんてクズの考えることだ。


 ……反省ね。最近どうも、享年25歳の記憶があいまいになりつつある。


 私はしょんぼりして、大人げない自分を見つめ直した。


 その後、気晴らしで庭先に出て、ヴォルフとカタリーナにあいさつする。


 長話もそろそろ潮時だ。

 カタリーナお姉ちゃんは清々しい笑顔で仕事に戻っていった。


「エレミア様、なにかあったの? 落ち込んでない?」


「そうね。たまには人間、ナイーブな時があるわ。そろそろ夕飯よ。支度をしなくちゃね」


 落ち込んでばかりもいられない。しょせんはくだらない私事の失敗だ。


 そんなことよりも、私はみんなに、伝えなければいけないアイデアがある。


 ◆◆◆


 私が夕食の席で話すのは、以前ヴォルフに話した、死体処理のアイデアだ。


 まず、私が再確認したのは教会の慈善活動について。

 道ばたの死体は、教会に属する者の善意と信仰によって回収され、埋葬されるのが常だ。


 これをレーゲン家が支援して善意でなく公共の仕事にすることができれば、地域の治安と衛生は飛躍的に向上するだろう。


「汚れ仕事を担う教会に、レーゲン家が協力を申し出るわけですか……なるほど」


「エレミア様。でもそれって、具体的にどうするの?」


 アルフォンスとヴォルフはそれぞれ興味を持って聞いてくれた。


「えっとね、死体を教会に運んできてくれた人に、助成金を出すの」


 私がヴォルフの疑問に答えると、「金額次第ですね」とアルフォンスがつぶやく。


「最初は貧困支援を考えていたんだけど、お金を配るのはさすがに無理だと思うの。だから、死体処理を手伝ってくれた労働の対価として、間接的に助成金を配るのね」


「なるほど、二兎を得る名案だと思います。しかし、問題もあるかと」


 アルフォンスは私の案を検討しながら、言う。


「まず、死体を金銭に換えるという倫理面の問題です。それに死体の数には限りがある。殺しを行って、殺した死体を持ち込む者があらわれる可能性も排除できない……とはいえ、検討に値します。細かな修正は必要ですが、治安と衛生の向上は誰にとっても魅力的だ」


 死体処理に助成金を出す案は、ひとまずアルフォンスの賛成を得られた。


 次に教会とのすり合わせ。


 内容としてはこちらが本題である。

 助成金を出すとして、それは税金だ。公権力と宗教の癒着を防ぐためにも、しっかりと手綱を握るべきだろう。


「教会の任命罷免権ですね。それは確かに、良好な関係を維持するために必要な配慮だ」


 アルフォンスがうなずく。

 ヴォルフは「難しい話はわかんないや」と干し肉をかじった。


「お役人様か。どうせなら他の仕事もしてもらえばいいんじゃない?」


 干し肉をかじるヴォルフは、わからないと言いつつ自分の意見を口にした。


「お墓の管理だけじゃなくてさ。村そのものの管理とか、たとえば、そういう……」


「ああ、なるほど! 戸籍管理ね!」


 私は現代の知識でそれが公共に利益をもたらすと知っている。

 改めて、アルフォンスに意見を求めると、賛同を得られた。


 領地管理を効率的にする、ヴォルフのアイデアは採用ね。

 

 それは思わぬ収穫だった。


 冬の訪れにあわせて集落が離散集合を繰り返すモーントシャイン王国において、領民の戸籍管理は難題だったのだ。

 アイデアを詰めていくうちに、結局は生活環境それ自体の向上が必要不可欠だと、私たちは結論づける。


 当然ながら、何事も命あっての物種で、暮らしあっての労働だ。

 その前提を置いてから、私は改めて貧困支援の必要と、死体処理に助成金を出すメリットを、アルフォンスに説いた。


「その通りですね。王の暮らしと国を支えるのは、いつの世も辛苦に耐え忍ぶ民たちだ」


 はじめは助成金の是非に悩んでいたアルフォンスも、最後には納得してくれた。


「悪くない。教会に戸籍管理を分担させる案は、私からもヨーゼフ様に進言します」


 私とヴォルフの案はセットで採用。

 互いの案が補い合い、結果、見事に洗練される。


 次はアルフォンスの懸念を解決する番だ。


 死体の数には限りがあり、助成金を得るために他人を殺す不心得の可能性を排除できないという、なかなかシビアな話だ。


 私はその解決策として、戸籍情報を犯罪抑止に転用できないかと聞いてみた。


「それはさすがに、教会に権限を与えすぎですね」


「俺もそう思う。でも急に失踪した人や、不審な死体を特定したりできるかもしれない」


 アルフォンスとヴォルフがそれぞれ意見を口にした。何もかもうまくはいかないらしい。


「ヴォルフの意見はもっともです。なにより、領民の管理は税収の安定にもつながる」


 アルフォンスも少しずつ前向きに考えてくれる。


「だけど実際、戸籍管理ってどうなの? 労力とかコストの面で、実現できそう?」


 私がたずねるとアルフォンスは「お構いなく」と答えた。


 コストは度外視するらしい。


「どの道、いずれは着手しなければならない公共事業ですから」


 アルフォンスは痛しかゆしの反応をしているが、彼が相談にのってくれたおかげで現実的な折り合いもつきそうだ。


 後は、ヨーゼフへのプレゼン次第かな。


 そう、最後はヨーゼフの説得だ。


 こればかりは当主の帰還待ちである。

 子どものアイデアながら、アルフォンスを通して得た手ごたえは悪くない。


 私は自信を持って笑った。


「任せておいて、お父さまなら、私が説得してみせますわ」


「それは難しいかもしれませんね……」


 おや、弱気ね。


「ヨーゼフ様は、公私のけじめをつけられるお方ですから……エレミアお嬢さまの発案だと伝えた上で、私の方から、今の流れを説明しましょう」


 アルフォンスがむずかしくうなずく……適材適所があるってことかな。


「で? どんな感じかしら? 死体処理に関しては、うまくいくと思うんだけど」


 私が確認すると、アルフォンスは「そうですね」と、考え込んだ。


「……死体を一か所に集めるとなると、墓場の敷地確保が心配ですが」


「は? まさか土葬するつもりなの? 焼けばいいじゃない、パーっと火葬よ」


 アルフォンスの懸念に対して、私は即答する。

 土葬? 地下水の汚染や疫病の心配を考えると、やっぱり火葬がベストよね。

 衛生第一、そこはゆずれないわ。


「太陽神の神意をお忘れになって? 迷える死者の魂を大空に還さなくては、ね!」


 私が信仰を盾に大手を振ってアピールすると、ヴォルフが一笑してくれる。


「そうだな。俺も、暗い土の中で、眠りたくはないよ」


 ヴォルフはどこか遠い目をした。


「カタリーナも言っていた。死ぬときは、晴れやかに死にたいって」


「ふふふ、安らかにって言わないセンス。私は好きよ」


 私はニコリと笑い「さあ、そうと決まれば火葬よ、火葬!」とはやし立てた。


「でもエレミア様、教会の教えは基本的に土葬だよね? おかしくない?」


「いいのよ! レーゲン領の教会には火葬を採用させるの! これはエレミア・フォン・レーゲンの決定よ! その内、大々的にお触れとか出すから! よろしくね!」


 私とヴォルフが騒がしく言い合う。

 その横で、アルフォンスが「薪代が……」と、ため息をついていた。

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