第14話 私、お友達会デビュー
夏がやって来たわ。
おかしいわね、夏には帰ると言っていた気がするんだけど……
今日、数か月を経ての今日、ようやく『お客さん』が出そろった。
シェーネス・ヴェッター家に招待された子どもたち、その最後のひとりは超重役出勤であるらしい。
記念すべきその日に際して、ゴットフリートジジイの精神的虐待ツアーも一休みとなる。
さすがにこの数か月、ツェツィーリアと一度も顔を合わせなかったわけではないが、彼女は多忙で賓客の誰ともロクに話をしなかった。
人様を招待しておいて、なんのつもりかと問いただしたいけど、まあそのくらいは些細な話だ。
ツェツィーリアは学友のみなさんに大人気の、典型的な花形タイプである。
彼女は幼くして文武両道に通じた才媛であり、大人たちに可愛がられる知恵もある。
最初は子どもレベルの話だろうと思っていたけど、遠く観察するに彼女は本物の天才だ。
剣術の稽古では幼い少女の身で大人の訓練に交じっていたし、読み書きと算術は当然として、この世界の水準ではあるけれど、若干8歳でその言動には弱くない知性が溢れている。
「お久しぶりね、私の友達のエレミアさん」
ツェツィーリアが挨拶をすると、私は少しだけ気後れした。
「えーと、お久しぶり。貴族学校ではお世話になったわね。いろいろと迷惑をかけたけど、仲良くしてもらえるとうれしく思いますわ」
私が愛想笑いを返すと、ツェツィーリアが「あら、他人行儀ね」と肩をすくめた。
……こいつ喧嘩売ってんのか? 私が、誰のせいで地獄の処刑ツアーを観覧したのか?
私は内心で苛立ちを通り越してキレていた。
しかし、立場上は粛々と体裁を整える。
「本当にあなたは変わったわね。なにか心境の変化でも?」
ツェツィーリアが白々しくたずねる。私は頬を引きつらせた。
「ええ、罪人処刑の特等席も退屈でね。そろそろレーゲンに帰ろうかと思っていますの」
「そうね。人前で感情を我慢できるようになったところ、本当に変わったと思うわ」
ツェツィーリアが失笑したけど、享年25歳の立場でも他人に侮られるのは心外だ。
エレミアが変わったというのなら、変わらないあなたは何様なのかしらね。
「ごめんなさい、失礼したわね。『うぬぼれは身を滅ぼす』だったかしら?」
「おっしゃる通りですわ。ツェツィーリアさん」
私が嫌味を返すと、ツェツィーリアはいっそう愉快そうにした。
どうやら彼女は、私が以前に伝えた小言がお気に入りのようだ。
「でも帰ろうと思うのは本当よ。ツェツィーリアさんも貴族学校を休んでいていいの?」
私は、子どもが学校をズル休みしているのを咎めるくらいの気持ちで言った。
しかし、笑われてしまう。
どうやら貴族学校への参加は義務でも強制でもないようだ。
その後、私たちはしばらく話し合ったが「催し物をするから」「それまでは滞在してほしい」と、ツェツィーリアの要望を聞き入れる形で落ち着いた。ま、最初で最後の譲歩ね。
久方ぶりの対面が終わり、私は近くにいたゴットフリートに話しかける。
「ツェツィーリアさんは我が道を行く才媛ね。素敵だわ。教育係の鼻も高いでしょう」
ゴットフリートは失笑を隠さず、「いやあ……」と歯切れの悪い返事をした。
「とはいえ、なにもかも子どもの嫌がらせにしては、度が過ぎるわ。みなさん純粋だから、ツェツィーリアさんの仕打ちに御大層な意味があると、すっかり信じているみたいだけど」
ゴットフリートは「ほう、お分かりになりますか?」と、驚き目を丸めた。
「分かるわよ。
私がやけっぱちに微笑むと、ゴットフリートは「これはとんだご無礼を」と一礼した。
どこか好ましそうだ。
他人の悪口なんて下の下だけど、話題を弾ませるには悪くない手よね。
とはいえ、ツェツィーリアか……
人を人とも思っていないような上辺だけの振る舞いには、私も少し不安を感じた。
彼女は決して、周囲の好意に対して本心を見せないからだ。
……大貴族と大貴族。できることなら、上辺でなく仲良くしておきたいけどね。
私は心労でため息をついた。
◆◆◆
滞在期間の延長に際して、私はレーゲン家に手紙を送った。
しばらく後の話だが、ヨーゼフの返答は「シェーネス・ヴェッターの小娘に一泡ふかせるまで帰ってくるな」というものだった。
今のところご家族の心配は無用らしい、
お父さまのセンス、嫌いじゃないわよ。
……だっていうのに、どいつもこいつも。
昼下がりの庭園で。今この時も「ツェツィーリア様!」「さすがツェツィーリアさん!」みたいな持ち上げの言葉に合わせて、学友のみなさんがわいわいと談笑している。
なにをしているのかというと、子ども剣術大会だ。お友達会ね。
「エレミア様、俺はどうしたらいい?」
「そうね、私たちは見物していましょう」
ヴォルフは私の隣で、退屈そうにしていた。私たちは互いに観客の立場でいる。
「エレミア様は参加しないの? 剣術は、アルフォンス様に教わったんだよね?」
「うーん、私はどうもその手のセンスに欠けるからね。やめとくわ」
私の言葉に対して、ヴォルフは「もったいないな」とつぶやいた。
彼の期待はうれしいけれど、私に武芸のセンスは、本当にない。
ヴォルフはしばらく子ども剣術大会を観覧していたが、途中で飽きたのか、うつらうつらし始めた。
今、ツェツィーリアとの勝負を終えたのは赤い髪の男の子だ。さわやかな雰囲気の持ち主で、その瞳は敗者でありながらみじめを感じさせず、口元には微笑みが浮かんでいる。
言葉を発さなくても傍目には好人物と分かるようで、その少年は私の方に近づいてきた。
「こんにちは。エレミアさん……いや、はじめましてかな。僕はペーター。キミは覚えていないかもしれないけど、僕はキミのクラスメイトだ」
「あ、どうも。こんにちは」
「別れの日。あの日のエレミアさんとツェツィーリアさんの決闘は、よく覚えているよ」
私の学友だったらしいペーターは、微笑みながら私に会釈した。
見れば、ペーターの腕には木刀で殴られた青あざが浮いている。
……訓練用の木刀、殴られたら絶対痛いと思っていたのよね。痛いよねえ。
私は半笑って、学級会での茶番劇を思い出していた。
「ちょっとエレミアさん! 大ウソつきが、ペーター様になにを吹き込むおつもり?」
突然、ペーターの背越しに侮蔑を叫びながら、名も知らぬ女子が登場した。
ミーハーか、おまえは。ペーター様ってなによ。ペーターのファンか?
「剣術大会にも参加せずツェツィーリアさんの厚意を無下にして! あなた何様なの? 用がないのなら、さっさと領地にお帰りになったら?」
「……やめてくれないか、アンネ。エレミアさんは、僕になにも言っていないよ。言いがかりだ」
名も知らぬ女子改めアンネと、困った顔のペーターが見合う。
うむ、私も困った。
子どもの意地で一度言い出して後に引けないのか、アンネはとても怖い顔をしている。
「あらまあ、おやめになって? 私のために争うなんて! よくないことですわ!」
私が人生で一度は言ってみたいセリフを告げると、震えるアンネが青筋を浮かべた。
「やめてくれないと、私、悲しいんですわ」
「……へえ? 悲しかったら、どうするというの? 大ウソつきのエレミアさん?」
なんと程度の低い煽りあいだろうか。これは貴族の名誉が失墜してもおかしくない。
とはいえ、お互いに子どもだ。
変にすました対応をするよりも、程度が低くてちょうどいい。
私は少しだけ考えて、この場は遊ぶことにした。
「ペーターさんの胸で泣かせていただきます!」
私がペーターの手を取って寄り添うとアンネが大慌てした。
うへへって、気分になる。
……子どもをいじめているみたいで可哀想だけどね。
私はニンマリと微笑み、困惑するペーターによりかかった。
「は、離れなさい! 破廉恥ですわ!」
「嫌ですわ! これは乙女の純情ですのよ!」
取り巻きの爆笑が聞こえる……ツェツィーリアが悪ノリで笑い話にしてくれたようだ。
◆◆◆
しばらくして子ども剣術大会が終わり、私は庭先でぼんやりとしていた。
先ほどのアンネを思い出す。
彼女が木刀を手に殴りかかって来た時はどうなることかと……やはり他人を小馬鹿にするものではないらしい。
ため息をついて、私は深く反省した。
子ども剣術大会の道具はすべて片づけられて、私はヴォルフと空を見ている。
「私は、演劇会を開催したわけではなかったんだけどね」
振り向くと、ツェツィーリアとゴットフリートが立っていた。水を飲んでいる。
「水をお持ちしました。エレミアお嬢さまもどうぞ」
ゴットフリートが私に透明なグラスを差し出した。
8歳の子どもにのませるとは思えないのだけど、お酒ではないかと、一応注意して確認をする。
一口飲んでみると、普通の水だ。変な味はしないし、見た目も透明だし、平気かな。
アンネとおふざけの舌戦を尽くしたその後で、私は喉の渇きをうるおす。
「あー、生き返るわ」
私がおっさんみたいな感想をつぶやくとツェツィーリアが失笑した。彼女はよく笑う。
「お分かりですか、ツェツィーリアお嬢さま。エレミアお嬢さまはペーター様と懇意になさるようです。ヴィントシュティレ家との不可侵を勝ち取るためにも、今後はより一層、エレミアお嬢さまとの友情を大切になさってください」
ゴットフリートが笑いジワを刻んで、よくわからない冗談を口にした。
誰が誰と懇意にするのかと私は半笑う。先ほどの茶番劇をからかわれているようだ。
「ええ、エレミアさんもペーターさんも、八大貴族には珍しいタイプだわ。素敵な理解者が増えてくれそうで、私はとてもうれしく思います」
ツェツィーリアがグラスをくいっと傾けて、冷水を飲み干す。
私はそれがワインだったとしても驚かない。
「エレミア様、結婚するなら、俺は祝福するよ」
ヴォルフが大真面目に言って、私を見ている。
「エレミアお嬢さまは劇場の運に恵まれているようだ……しかし、アレは白々しかった」
「『ペーターさんの胸で泣かせていただきます!』」
ツェツィーリアが私の声真似をして愉快そうに笑う。
大根役者の演技が、妙なツボに入ったらしい。
まあ、笑ってもらえるくらいなら、あと腐れがなくてちょうどいいだろう。
誰も見ていないのをいいことに、私たちは庭先で笑い合った。
この世界に来てからというもの、環境に適応するのに必死で、あんまり悪ふざけをしたことはなかったんだけど、つい羽目を外してしまった。
気分はいいが、大人げなくて恥ずかしい。
とはいえ、考えてみれば、私が享年25歳でもエレミアはまだ8歳だ。無邪気なくらいが適当だろう。
私は自分に言い訳して、お空を眺めた。
なんにせよツェツィーリア主催のお友達会としては、盛り上がったようで成功だった。
もちろん、私がお嫁に行く予定は、ないけどね。
『○○さんの胸で泣かせていただきます!』という安すぎる演技は、なぜかその後、気のない殿方を諦めさせる方便として、モーントシャイン貴族女子の決め台詞になった。
アホらしくて、泣ける。
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