第9話 冬と訓練と盗賊と

 すっかり冬になったわ。


 寒いし、時には雪も降る。


 なんで四季が巡るのかって、二つの月がある世界で考えるのも一興だろう。


 でね? でね? その寒さを凌ぐために、いったい全体何が出てきたかっていうと、床下暖房でもレンガの暖炉でもなくて、薪をくべるだけの原始的な薪ストーブだった。

 うっそでしょ、効率悪すぎでしょ。ひええ……


 だからというべきか、やはりというべきか、もくもくと立ち上る煙かけむたい。

 タバコの副流煙とか目じゃないわ。凄惨きわまりない室内事情よ。


 ……なぜにここまで原始的? 中世レベルじゃなくて完全に原始人よね。ぐぬぬ。


 というかマジで許せない。冬の間は薪が貴重とかいいながら、臆面もなく浪費していくスタイルもその理由だけど、吹き抜けとはいえ部屋のど真ん中で火をたくな。煙いわ。


 ……せめて暖炉でしょ。西洋チックな文明なんだから、そこは暖炉だと思うわよ。


 私は火災現場もかくやと化した、邸宅の広間をジト目で眺めていた。

 でも私以外は慣れているみたいだから、ひとまずは文句を言っても仕方がない。


 ……暖炉とか作ったことないけど、誰か職人を呼びたい気分ね。


 というか、剣や鎧が存在する世界なら、鍛冶ができるんだから煙突は絶対にあるはず。


 製鉄技術や石材木材の加工技術は当たり前として、だ。


 彼らは文明という灯を手にしていながら、あえて旧時代的な生活を営んでいる印象を受ける。


 その上で、どうしてか原始的な生活様式が原因で貧富の差に苦しんでいる。

 少なくとも先進的な環境ではなかった。


 この時代の最先端を担う貴族階級でさえ、平民に毛が生えた程度の暮らしだ。

 おかしくない?


 私は寒さと煙さの板挟みになって、嫌々と自室の方向に退避した。

 寒いけど、煙を吸い込み続けるよりも、自室で耐え忍ぶ方がいくらかマシよ。 


 そうして煙る廊下でヴォルフに出会った。


「あら、ヴォルフ。あなたも煙たくて逃げてきたの?」


「いや、そうじゃないけど、エレミア様と軍卓がしたいと思って」


 ヴォルフは駒を握るジェスチャーをして、私を誘ってくれた。


「へえ、積極的ね。新しい戦法でも思いついた? アルフォンスも呼びましょうか」


「アルフォンス様は、村に出かけているよ。近頃、盗賊騒ぎが多いから」


 私の提案に対して、ヴォルフはやんわりとアルフォンスの不在を伝える。残念ね。


 アルフォンスは私の家庭教師以外にも、レーゲン家でさまざまな役回りを受け持っているようだ。


 彼は私だけでなくヴォルフにもよくしてくれる。

 できすぎた好人物よね。

 有能すぎる人材は、貴族の目線で少し恐ろしい気もするけどね。


 私はヴォルフを自室に招いた。


「ヴォルフは、アルフォンスと仲がいいの?」


「いや? 俺は奴隷だから……でもこの屋敷で働き始めて、アルフォンス様に、仕事を教えてもらったよ。最近では、剣の稽古もつけてくれるんだ」


 私は少しばかり面食らった。

 剣の稽古? それは初耳ね。

 

 とはいえ、いつかは私もその話題を切り出すつもりだったのよ。


「あのね、ヴォルフ。あなたには、私の護衛として強くなってほしいのよ」


 私がそんなことを言うと、ヴォルフはぱちくりと目を丸めた。


「護衛? ああ、そういえばアルフォンス様も言っていたよ。当主様が、俺をエレミア様の付き人にしたがっているって」


「そう。なるほどね」


 およその事情を察して、私は上機嫌にうなずいた。


 本来ならば、奴隷階級で武芸を学ぶことは難しいはずだ。


 以前、私がヨーゼフに指摘された通り、反乱の恐れがあるに違いない。


 しかし、ヨーゼフは例外的にヴォルフの訓練を許可している。

 これは私がヴォルフを忠臣として扱うことを望み、食事の席でそのように進言したからだろう。


 男女の好意とは別だけど、私は個人的にヴォルフが好きだしね。

 この結果は、とてもうれしい。

 ヴォルフはエレミアと同い年。本来ならば遊び友達くらいの関係なんだろうけど、エレミアの中身の私が25歳のおばさんだからね、私の方がいくらかお姉さんの立場かな。


 とはいえ、ヴォルフは時折鋭いことを言って私を驚かせるし、人間として尊敬する面もある。


 それを踏まえて、身分を抜きにすれば、私たちの関係は比較的対等と言える。


 私はヴォルフに読み書きと算術の教育をほどこした。

 アルフォンスから教わった内容の復習を兼ねて、ね。


 やはり、『学』というのはどんな環境でも必要なものだ。

 そうして夕食に呼び出されるまで、私はヴォルフとの軍卓勝負に熱中する。


 ……今は頼りないヴォルフだけど、いつかは私を超える日が来るだろう。その時、彼は私をどんな目で見るのだろうか。


 勝負の途中で、チラッとヴォルフの表情を観察する。


 何者にも臆しないヴォルフの瞳は、どこまでも黒々と澄み切っていた。


 ◆◆◆


 そしてあけましておめでとう。


 一年があけたらお正月。いや、モーントシャイン王国にお正月の文化はないけどね。

 二つの月の歴は、地球とほぼほぼ変わらない。

 多少の誤差はあるだろうけど、その辺りはあまり考えなくてもいいだろう。


 しかし寒い。寒すぎる。暖房がないだけで冬がここまで辛いとは思わなかったわ。

 重ね着してモコモコスタイルになっても、まだ寒い。


 環境に恵まれた貴族階級でさえこの悲惨なら、村では死人も出るわね。

 と嫌な現実を思い出してしまう。


 気になってアルフォンスに尋ねてみる。

 貧困に苦しむ平民たちに関して、そして奴隷たちに関して、いくらなんでも死に至るのは最悪のパターンなんだろうけど、私は民の現実を知るべきだと思った。

 結論から言うと、平民は冬季を通して、めちゃくちゃたくさん死ぬ。


 そして、生き残った者たちが集落を再興して、次の1年を暮らすのだとか。


 アルフォンスの説明によると、モーントシャイン王国で最大の人口を誇る王都にはおよそ5万人の人々が暮らしているそうだ。


 また、八大貴族が統括する主要都市で暮らす領民の人口は、多少の誤差はあれど、それぞれ1万人くらいだそうだ。


 ……レーゲン領に住まう領民のうちの何人が、冬の寒さで死んでいくのか。


 村で見た掘っ立て小屋みたいな家屋では、寒さをしのぐことなどできないだろう。


『だから』だろうなあ、と、私はとりとめもなく考えていた。


 悩みの種ってやつね。

『盗賊』よ。


 生きるための緊急避難として、日々の生活に困窮した人々が、犯罪に手を染める可能性だった。


 こればかりは単純な話で、劣悪な生活環境で治安が悪くなるのは道理だ。


 取り締まろうと思えば、いくらでも罰則を厳しくして取り締まることはできる。


 私が以前に考えていた通り、抑止力に頼った治安維持だ。


 権力に頼った恐怖政治に近いやり方なんだけど……やっぱりこれは根本的には何の解決にもなっていないと思う。

 抑圧されれば、根深く反発するのが、人の心に違いない。


 その悪循環の結果が『盗賊』だとすれば、やはりこの世界の生活水準そのものを向上させる必要がある。

 そもそも明日の命さえおぼつかない人々が、盗賊に身をやつすとして誰が責められよう。


 持たざる者は奪えばいいのだから、当然ね。


 ひとりでは無力な平民も、数が揃えば暴徒になるし、それが世間を騒がせる盗賊団の成り立ちだというのであれば、圧政に頼る対応は、彼らの行為に大義名分を与えるだけだろう。

 そしてまた、レーゲン領を守る正規軍の頭数が決して多くないとくれば、盗賊団の対処は困難を極めるはずだ。


 警察関係の組織がほぼ機能していない現状は、かなり厳しい。


 しかし、私にとっては好機でもある。


 まあ、好機と呼ぶには問題が積み重なりすぎているんだけど、私がレーゲン家の跡継ぎとして実力を示すにはこの上ない環境だ。


 こういった領地の問題にひとつでも対処できれば、エレミアはその才覚をヨーゼフに認めてもらえるだろう。


 ……7歳の子どもには、すべてが夢物語だけどね。


 どの角度から見てもお子様な自分に嫌気がさして、ため息をついてしまう。


 今は耐えるしかない。


 時間の流れには逆らえない。

 いずれは嫌でも歳を取ることになるのだから、今は子どもの特権を使って、大人に守られておく時期だ。


 盗賊を討伐できれば、ひとまず領内の治安は安定するだろう。

 なんなら、貴族としてエレミアの功績になるかもしれない。

 現金な話だとは思うけど、悪くないステータスよね。


 盗賊団の問題は長期目標に設定して、追々、対処を考えていきましょう。


 それはそうと謹賀新年。

 レーゲン家当主のヨーゼフは、王都へと出かけて行った。

 年明けのあいさつなのかな? 貴族ってのも義務だの責務だのに縛られて大変ね。


「ヨーゼフ様は優れた統治者ですよ。他の大貴族の領地では、冬の治安はもっとひどい」


 アルフォンスがそんなふうにつぶやいた。

 しかし、盗賊が出没するレーゲン領よりも、治安が酷いなんて、世も末の有様だわ。


「アルフォンスは王都に行かないの?」


 私の目付け役でもあるアルフォンスは、レーゲン家の筆頭家臣に違いない。

 最近分かって来たんだけど、アルフォンスって若さに似合わずこの屋敷の重鎮なのよね。


「私はヨーゼフ様より、屋敷の留守とエレミアお嬢さまの教育を仰せつかっております。それに大貴族が集う王都の会合では、私のような平民出身者に、居場所はありませんよ」


 アルフォンスは微笑んで、王都の実情を教えてくれた。


 身分差ってのは因果ね。


 とはいえ、彼ほどの人物ならばヨーゼフの口添えでどうとでもなるのが、本当のところかな。

 私を教育する目付け役として、なにより屋敷の留守を預かる者として、優秀なアルフォンスを居残らせたヨーゼフの人事は、確かに優れた采配だ。 


 私が呑気に軍卓を指していられるのも、優れた大人たちに守られているからだろう。


「ねえ、アルフォンス。盗賊の対処を考えたいのだけど、知恵を貸してくれない?」


「それは私が悩むべき仕事ですね。こちらこそ、ぜひともお嬢様の知恵を貸してください」


 アルフォンスが愉快そうに笑った。


 一朝一夕で考えつく名案はない。

 だとしても、まずは子どもの又聞き以上に、領地の現状を把握しなければならないだろう。


 ……内政ってやつね。さてはて、無い知恵絞って考えますか。


 私は平和だった日本での生活を懐かしく思い返した。


 雪はつもり、煙はけむる。

 先行きはまだ、五里霧中だ。

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