第24話 破壊的兵器

 三人を帝都へ向かわせたあと、僕はティグリナを呼びよせて館で作戦を説明していた。


 アストラが敵軍によって攻撃される事態を想定し、そのとき村をどう防衛するのかを提案するのだ。

 僕は黒板を使い、彼女に計画を説明する。


「現在のところ、アストラにはこれといった防衛施設がない。防壁も見張りやぐらもだ。だけど幸いなことに、自然は僕たちに味方してくれている」


 そう言って黒板に書いて示したのは、村の中心部にある小高い丘と、村の東側を流れる大河だ。

 小高い丘は近づいてくる敵の発見を容易にし、大河は敵の侵攻ルートを制限してくれる。


「僕はこの要害を活用したいと思う。丘の頂上を取り囲むように防壁を作り、さらにその内側に見張り櫓を建てるんだ。非常時には丘の下に住んでいる領民を内部へ誘導し、そこで敵を迎え撃つ。ここまでで何か質問はあるかい?」


 ティグリナは怪訝な顔をしていた。

 どうやらあるようだ。


「ちょっと待て。防壁と櫓を建てるのはいい。だがこの村にいる兵士はわずかに十人だ。たとえば外から一万の敵が来たとして、わずか十の兵で一万の敵に対峙するっていうのか?」

「そうだ」

「そりゃあいくらなんでも自殺行為だぞ。敵の数にもよるが、逃げたほうがいいんじゃないのか」

「もちろんその懸念は理解してる。だけどそれに対処する方法はちゃんとある。これを使うんだ、見てくれ」


 僕は机の上に羊皮紙を広げた。

 その羊皮紙には製図道具を使って精密に作図された複雑な紋様が描かれている。


「なんだ、この紋様は?」

「サイピアに協力してもらって書いた試作品だ。魔法陣といって、魔力を込めるだけで魔法を使うことができる」


 本来、魔法の行使にはイメージが必要だ。

 単に魔力を込めるだけでは魔法は使えず、魔法を使ってどんなことをするのかを具体的に思い描く必要がある。


 だがここには問題がある。

 イメージの技術は術者の技量に依存するので、個人的なイメージに近づくほど、その魔法は他の術者が扱えないものになる。

 そして術者の死とともに、その魔法は再現不能となって失われてしまうのだ。


 そこで魔法陣の出番というわけだ。

 魔法陣を使うには、魔法陣があると分かっている場所に魔力を送るだけでいい。

 その魔法を使うのにどんなイメージを持たなければならないかが分からなくても、適切な作図方法さえわかっていれば誰でもまったく同じ魔法が使えるようになる。


「……と、いうわけだ」

「なるほどな。それで、この魔法陣はいったいどんな魔法を使えるんだ?」

「火属性の魔法で、爆発を起こす」

「爆発?」


 『爆発』という言葉に、ティグリナは頭をかしげた。

 無理もない。この世界にはまだ火薬すら存在しないのだから。


 爆発現象を見たことも聞いたこともない人間が、『爆発』という概念を理解するのは難しい。

 火属性魔法の専門家であったサイピアでさえ、最初その概念を理解できなかったのだ。


「ようは、火山の噴火みたいなものだよ」

「なるほど、それなら分かる……ちょっと待て、それを戦いで使うっていうのか? どうやって?」


 魔法陣はその手軽さと裏腹に、実戦で使うには少々難がある。

 理由は簡単で、魔法陣で起こした魔法は起点が魔法陣そのものになってしまうからだ。


 これは何を意味するか。

 例えば魔法陣で『《術者の視界の範囲》で炎を起こす』という魔法を使うと、その起点は《魔法陣そのもの》になり、魔法陣を書いた紙ごと燃えてしまうのである。

 これを有効に使うためには相手の懐に魔法陣を忍ばせなければならないが、普通そんなことをする前に斬られるのがオチだ。


 ……まあ、帝国貴族はプライドが高いのでなかなか魔法陣に頼ろうとしないとか、そもそも紙自体が高いとかの理由が別であったりもするのだが。


「簡単な話だ。丘の下に魔法陣を置けばいい」

「ええ!?」


 極めて単純なアイデアだ。

 魔法陣が起点となるなら、魔法を起こしたい場所に魔法陣があればいいのである。


「でも、どうやって魔法陣をんだ?」


 ティグリナのその言葉に、僕はニヤリと笑った。


 そう、誰でも思いつくような単純な発想であるにも関わらず、実際には使われない理由はにある。

 精巧な作図が必要となる魔法陣を地上に残す方法がわからないというのだ。


 でも僕に言わせれば、それはただの先入観にすぎない。


「そうだね。ふつう地上に魔法陣を書いてからしばらくすると、雨や風のせいで風化して使えなくなってしまう。ならば逆に考えればいい。地上の地面に魔法陣をのではなく、魔法陣を書いた紙をガラス瓶に入れて、それを地中にんだ」


 現代人の目から見て火薬と魔法陣を比べたとき、魔法陣が圧倒的に勝っている点はその大きさだ。

 元の世界で使われていた爆弾なら重さ90キロ程度の炸薬を必要とするところ、魔法陣ならわずか30センチ四方の紙で同じ規模の爆発が起こせてしまう。


 この省スペース性を使わない手はない。


 なぜこんな単純なことにこの世界の人々は気付かなかったのだろう? 

 僕が思うに、その理由は『爆発』という概念が知られていなかったからだ。


 あるいは気づいた人もいたかもしれないが、それを魔法陣と結びつけることはなかったのだろう。


 魔法陣から出るものが火や水や雷や風であると決めつけている限り、それを小瓶に入れて地面に埋めようなどという発想は湧いてこない。

 魔力を込めても湧き出た水が地面を濡らすだけ、少しばかり火を吹くだけだと思ってしまうからだ。


 でも元現代人の僕は、爆弾という兵器の存在を知っている。


 はじめ採掘用に作られたはずの爆弾は、戦争を通して数多あまたの人間を殺した恐るべき兵器となった。

 その有用性が分かっているからこそ、これを最後の手として持っておくことに躊躇ためらいはない。


「確かに、お前の言う通りに上手くいくなら強力な武器になるだろうが……」


 いつものようにティグリナは半信半疑だ。


 まあ、この種のうたがいにも慣れっこである。

 実際に見てみなければ、はっきりとは理解できないだろう。


「まあ、信じられないかもしれないな。ちょっと外に出てみようか」


 そう言って僕は、ティグリナを外へと案内した。





「……あれが見えるか? あの縄で囲まれた場所」


 僕はそういって、河の向こう側にある空き地を指差す。

 間違っても無関係な人間が入りこまないよう、だれも近づかないように隔離してある荒れ地だ。


「ああ、見える」

「実はあそこを実験場にしていたんだ。それでいま、実験用に一個、この魔法陣と同じものを入れたガラス瓶をあそこの地中に埋め込んである」

「最近妙な音が続いているなと思っていたが、そうか実験をしていたのか。それで、どれぐらい深くに埋めてるんだ?」

「だいたい地上から握りこぶし2個分ぐらい下だ。いまからあそこに魔力を送って爆発を起こす」

「ずいぶん遠いが、ここから分かるのか?」

「分かると思うよ」


 余談だが、実は一番難しかったのはこれほど遠くから魔力を伝えるという部分だ。

 この問題については、無線の受信機と似た原理をもった魔法陣を別に作ることで解決した。


 サイピアが悪戦苦闘していた場所を解決するため、正十七角形を作図した時はたいそう驚かれたものだ。

 そういえば正十七角形の作図は、元の世界でも長いこと不可能とされていたのだったか。


「いくよ」


 手を魔法陣の埋めてある方角へ向け、目をつぶって魔力を送る。


 大きな爆発を起こすにはその大きさに比例して大量の魔力が必要だが、僕の魔力ならこの程度の爆発は連続で百回は起こせる。


「……おぉ!?」


 ティグリナが驚嘆の声を上げて、僕は目を開いた。


 思った通りの爆発が起きている。

 爆発の中心から黒い煙が立ち上り、青空に向かってゆっくりと広がっていく。

 その威力は圧倒的で、周囲の地面は焼け焦げ、土がむき出しになっていた。


 しばらく遅れて地鳴りのような重低音がこちらまで響いてくる。


「――な、なんだこれ。すごいな」


 手慣れの冒険者である彼女は、その威力をひと目見ただけで理解したようだった。


 これだけの威力があれば弓も投槍も使わず、遠くから簡単に人を殺せる。

 立ち上る煙と響き渡る音は軍勢の士気にも大きな影響を与えるだろう。


 しかも、そこに魔法使いとしての高い技量は必要ない。

 ただ魔力を込めるだけで可能になるというのだから。


「これのもう一つ優れた点は、魔法使いに対しても有効な戦術だってことだ」

「魔法使いにも?」

「真正面から爆発呪文を放てば、魔法使いは必ずそれに対処しようとする。彼らはそういう訓練を受けているからだ。だがこの戦い方なら、彼らに対してまったくの死角から攻撃することができる」

「なんだか私は、お前のことが恐ろしくなってきたよ」


 ティグリナのその言葉は、おそらく本心だった。


「これがあれば敵が万いても村を守ることはできそうか?」

「……ああ、可能かもしれないな。なにせ敵は、こんなものがあることを知らないんだから。これはどこに埋めるんだ?」

「資材が許す限り、外周の至る所に埋める。丘を包囲した敵を一網打尽にするというわけだ」

「敵さんが可哀想になってきたね」


 数において圧倒的なハンデを背負っているのだから、これぐらい強力な兵器がなくては戦えない。

 この種の破壊的兵器を解禁することに後ろめたさがないわけではないが、他に手はないだろう。

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