第19話 天才魔術師

 ある日の昼下がりのこと、シュトラウスが一通の手紙をたずさえて領主の館(小さい)に報告へやってきた。


「……つまり、この地区に配属される司教が決まったって?」

「そう、手紙を出しといたやつ」


 思えばあれから五月以上は経っているのだから当然のことか。


 シュトラウスがよこしてきた書類によると、今まさに帝都から司教がここへ向かっているという。

 ただ手紙には、あわせて気になることも書いていた。


「なあ、ここに書いてある、一緒について来る『魔法学者ウィザード』ってのはなんのことだ?」

「そりゃあ司教が来るんだから、魔法学者もいるだろう」

「当然のことみたいに言わないでくれよ。どんな人間なんだ?」

「帝都にある魔法大学のことは知ってるだろ? そこに認められた魔法使いのことを魔法学者というんだよ。大学ってのは聖教会が運営してるからな、魔法学者も聖教会にされたら断れないってわけさ」


 魔法大学は「大学」と名がついてはいるが、この世界においての一般的な教育機関ってわけじゃない。

 名目上はあくまで研究機関であって、元の世界ふうに言うなら大学というより研究所に近い。


 にしても、教会が魔法大学を運営しているとは知らなかった。

 つまり領地の魔法戦力を充実させたければ、聖教会と仲を違えてはいけないってことだ。


 施療院せりょういんを経営しているのは知っていたが、教会は意外に手広くやってるんだな。


「要は貴族と取引をしてるわけか。教会に金を出してもらう代わりに、優秀な魔法使いを送り込むと」

「魔法学者にとっても悪い取引ってわけじゃないんだぜ? 貴族の庇護ひごのもと、好きなだけ研究に時間を費やせるんだからな。研究好きな連中にとってはご褒美みたいなもんだ」

「そうなのか。……にしても、まだ教会も建ってないのに来ても大丈夫なのか? 学者先生に満足してもらえるような研究所なんてないぞ」

「まあ、なんとかなるんじゃないか?」


 なんてアバウトなやつだ。とても宮廷で金の管理をしていたとは思えない。





 どんな人物がやってくるのだろう。

 そう思って帝都からやってきた魔法学者は、僕よりはるかに年下の少女でした。


「サイピアです、よろしくおねがいします!」


 その少女はおとぎ話に出てくるようなトンガリ帽と黒のローブを羽織っていた。

 年齢はオフィーリアと同じぐらいだろうか、赤茶色の髪の毛を後ろでまとめていて、その瞳は紫色に染まっていた。


「おい、どうなってるんだよこれは!」

「俺に聞かれても困る」


 クルシカが彼女を迎えている間、シュトラウスを捕まえて僕たちは後ろでヒソヒソと内緒話に興じる。


 あんな子どもを送ってくるなんて、教会は何を考えてるんだ?


「魔法学者って、あんな年端もいかない少女でもなれるもんなのか」

「課題をクリアできるなら年齢制限はないと思うが……俺だってあんな若い子を見るのは初めてだ」


「何をなさっているのですか?」


 僕とシュトラウスが話している後ろから、サイピアが無邪気に顔をのぞかせた。


 まずいまずい、僕は慌てて彼女に向き直った。


「いえ、なんでもありません! それにしても、サイピア様はその齢で帝都にある魔法大学を卒業なさったとか。さぞ優秀な方とお見受けします」

「優秀? 私が?」

「は、はい」


 その言葉に、サイピアは僕の方をじっと見つめた。

 マズい、あわてて喋ったせいで、何か個人的な地雷を踏んでしまっただろうか。


「もっかい言って」

「え?」

「もっかい」

「……えーと、サイピア様はさぞ優秀なお方とお見受けします、と」

「優秀! 優秀っていったわよね、あなた。それはつまり、スゴイってことよね!?」

「は、はい」

「やっぱり、思っちゃう? 稀代きだいの天才魔術師、サイピア様がスゴイって思っちゃう? えへへ……」


 なんだこの子。


 こちらに敬語を使うのも忘れて、顔をニヘラニヘラして喜んでいる。

 なんというか……すごく、子供っぽい。


 いやそうか、周りがおかしいだけだ。

 僕やクルシカはもちろん、オフィーリアまでこの領地に来た人間には大人びているものが多い。


 普通の十才といえば、これぐらい子どもっぽいところがあってもおかしくはないか。


「これサイピア、この方は領主様ですぞ」

「えへへ、優秀、私を優秀だって……えっ、す、すみません領主様!」


 サイピアは慌てて頭を下げる。


 ……僕が子供の頃もこんな感じだったのか?

 だとしたら猛烈に前世の過去を投げ捨てたい気分だ。


 サイピアの隣に立つ老人が彼女の非礼を詫びた。


「サイピアが失礼しました。帝都より遣わされましたソルマンです」

「ソルマン司教、このような辺境によくぞおいでくださった。帝都からの道のりは長かったでしょう」

「そんなことはありません。我々はどんな地であろうと向かいます、そこに信仰を必要とする人々がいる限り」


 この老人がソルマン司教か。

 ソルマンは司教というより仙人のような出で立ちの老人で、頭はツルピカにはげ、口には豊かな白ひげを蓄えていた。

 見るからに高齢で、この齢の老人がよくこんな長距離を移動してこられたものだと素直に感心する。


 サイピアはソルマン司教のそばにちょこんと立っている。

 頭を優しく撫でられて微笑んでいるのは、司教が愛情をもって彼女を育ててきたという証だろう。


「それでソルマン司教、この子は一体」

「これは小さい頃から面倒を見ているサイピアという子です」

「サイピア……失礼ですが、孤児ですか」

「父親は帝国軍の兵士でした。母親を産まれた時に亡くし、父親は戦争に出て行方は知れずじまい。誰が身請けするかも決まらず途方に暮れていたため、この子の父親の友人であった私が引き受けることになったのです」

「この齢で大学を卒業したとか」

「左様。とても優秀な子です。普通なら卒業までに十年はかかる教育課程を、入ってわずか三年で卒業しました」


 三年!?


 魔法大学は実技だけの場所ではない。

 卒業するには知識が十分であることを証明しなければならないはずで、三年というのは度を越した短さだ。

 司教がいう十年というのだって、相当優秀な人物でなくてはそれほどの短さで卒業はできない。


 それにしても、天才少女か。


 オフィーリアと違って精神は子ども並のようだが……まあ、いいか。

 もとより期待もしていなかったことだ、戦力として計算はできなくても、当分は僕とティグリナがいればなんとかなるはずだ。


「ソルマン司教、魔法使いのことについてですが……」

「魔法使い! 私、なんでもします!」


 そういってサイピアは意気揚々と手をあげた。

 まあ、内政に役立つ魔法があるかもしれないし、少し聞いてみるとするか。


「そうだなサイピア、君はどんな魔法が使えるんだい?」

「私の専門は火魔法です!」


 火魔法。光と熱と電気の象徴にして、絶対的な軽さを表す元素のひとつだ。


「どんな呪文が得意なの?」

「ええと、炎の演舞エンブレイズ・ダンスとか。「ビューッ」って、炎が行き交いするんですよ! すごくキレイなんです!」


 えらく物騒な魔法が出てきたな。


 確かに夜に使えば綺麗な魔法ではあるが、「ビューッ」なんていう可愛らしいものではなく、むしろ「ゴーッ」っという方が形容としては正しい。

 だってその魔法は、広範囲に散らばる敵の軍勢を蹴散らすために使われる戦術級魔法だぞ。


「ええっと、他には……」

雷光波ライトニング・ウェーブとかどうですか? 以前お空の雷とどっちが強いか対決したんですけど、だいたい同じぐらいの強さでした!」


 不穏な単語が出てきたが、これも戦術級魔法だ。

 術者の視界範囲に強力な雷撃を放ち、雷が落ちた場所から半径五百メートル圏内の人やモノに被害を与える。


 雷撃の強さは人によってまちまちだが、彼女の言う事を信用するなら雷撃を食らった人間はただでは済むまい。


「……わかった、もういい」


 さっきから攻撃に使う魔法しか出てこないじゃないか!

 可愛らしい顔をして、えげつない強さの魔法を使う娘だ。


 いやいや、そんなことに感心している場合じゃないぞ。

 この娘はヤバい。


「あの、ワタシ、お邪魔でしたか?」


 こちらの落胆の感情を察したのか、サイピアは泣きそうな顔をしている。

 そんな顔をされてもどうすることも出来ない。


 助け舟を出すかのように、司教は僕に声をかけた。


「伯爵閣下」

「ソルマン司教、僕たちはこれから戦争に向かうわけではありません。それにこの娘は確かに強力な魔法使いかもしれませんが、僕たちにはとても扱いきれる戦力ではありません」


 全ての力は制御できなくては意味がない。

 核ミサイルであろうが魔法使いだろうが、すべての兵器は命令通りに人を殺すことができるからこそ利用価値があるのだし、命令のない時には一切力を使ってはいけないのが原則だ。


 サイピアのような幼い魔法使いが危険なのもその点で、情緒不安定になったことで暴走し、好き勝手に暴れられてはたまらないのである。


「サイピアの幼さは私にもよく分かっています。しかしだからこそ、閣下のもとで庇護を与えていただきたいのです」

「……どういう意味ですか?」

「サイピアには魔法の才があります。しかしこの子の才は、とりわけ攻撃魔法のほうに偏っているようです。それでも上手く扱えば栄達への道は開けるでしょう。しかしこの娘は、人を殺すにはあまりにも幼すぎる」


 攻撃魔法が最も効果を発揮するのは、言うまでもない、戦争の時節だ。

 兵士と兵士のぶつかり合い、魔術師と魔術師のぶつかり合い。


 適性があると言われる貴族でさえ大した魔法を扱うことができない中、サイピアは帝国軍にとっては喉から手が出るほど欲しい人材だろう。


 とはいえ軍に入るというのはつまり、魔術によって人を殺すということだ。

 もちろんこの世界、魔法使いとして生きながら人を殺さずにいようというのは虫のいい話なのかもしれない。


 ……だがこんな小さい子にそんなことをやらせて良いものか。


 まあ、僕は彼女よりはるかに小さい頃にはじめて人を殺したのだが。

 転生者だからね。


「それで、帝都とは違ってとうぶん戦いのなさそうな僕のところに」

「厚かましいお願いであるとは存じますが、どうかお願いできないでしょうか」

「ううむ……」


 とはいえ、ここまでお願いされると受け入れない理由も特にないのだ。

 制御が難しいにせよ、魔法大学を三年で卒業したほどの優秀な魔法使いを迎え入れることができれば、それはこの領地を狙う敵に対するこれ以上ない抑止力になる。


 なにより、こんな幼い子に手を汚させるわけにはいかないだろう。

 一人や二人ならともかく、彼女のもつ力を使えば一度に何万という兵を殺すことも可能なのだから。


「……分かりました、受け入れましょう。ただし条件があります。一つ、私と私の直臣のいうことには必ず従うこと。二つ、許可されたときを除いてむやみに魔法を使わないこと。三つ、問題が起きた時には司教がすべての責任を負うこと」

「分かりました。閣下の寛大なお心に感謝します」


 これで良かったのだろうか。

 後でなにか問題が起こるかも知れないが、今の僕の知ったことではない。

 その時になって考えるしかないことだ。

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