第42話 素直じゃない目的

 夢と現実の境界線を綱渡りするように歩いていると、携帯の通知が聞こえたので、それをきっかけに起きることにした。


 外はまだ明るいようだったが、光の中に寂しさを見つけたので、今の時間が昼と夜の間だとわかった。


 朝から何も食べていないので、体を起こせなかった。


 しかし、このまま待っていたら餓死してしまうので、冷蔵庫まで這って向かった。


 なんとかたどり着いたものの、冷凍庫を開けるのが精一杯だった。


 電子レンジは冷蔵庫の上にある。


「罪業深き人間なれども、我はかように思ふ。いざさらば同じく生を替へてこの本懐を達せん、と」


『あっ、そういえば』


 本気で死を覚悟しかけたが、まだ中に常温ですぐに解凍されるドーナツがあったのを思い出し、中を漁って取り出した。


 食べ頃まで三十分のようなので、手で持って冷蔵庫にもたれたまま待つことにした。


 何度も手で柔らかさを確認していたら食べられそうになったので、時間に関係なく食べてしまった。


 ひとまず飢餓を脱すると、雨漏りのことが頭に浮かんだ。


 バケツを買わなけばならない。


 大学の生協に売っていたはずだ。


 かろうじて外に出られる格好に着替え、財布と携帯を持って外に出た。


 外は、既に雨が上がっていた。


 それでもせっかく外に出たので、蓮の池を経由して学校へ行くことにした。


 雨上がりの空気を鼻から吸い込み、濡れた地面を歩いた。


 神社に続いていそうな階段も、滑らないように気をつけながら歩いた。


 階段を上がり切って分かれ道の方を見ると、化学の教授らしき人が反対の方へ歩いて行くのが見えた。


『危なかった』


 体力と気力があったら鉢合わせしていた。


 濡れたレンガの道を転ばないように足元を見ながら池まで歩いた。


 近くまで歩いて池の真ん中辺りを見ると、死んだままの蓮たちがいた。


 『何を期待』していたのだ。


 毎年この時期はこうではないか。


 理不尽な喪失感を抱きながら池を眺めていると、視界の上の方に白いレーススカートの裾のようなものが見えた。


 一塵の下心もなく視線を上に向けると、スカートではなく、雲の隙間から光の線がいくつも出ているのが見えた。


 薄明光線だった。


 チンダル現象の一つだ。


 これを見るために化学の教授は来ていたのか。


 巷では神々しいともてはやされているが、私には苦しみという埃まみれの世界に光が差しているだけにしか見えない。


 ……。


 まさか、幸福への道を示すために、苦しみをばら撒いているというのか。


 なんというひねくれ者だ。


 天邪鬼の証拠を写真に収めるために携帯の電源を入れたら、JUNさんから生存確認の合言葉が送られていた。


「?」


「大洋よりも、空よりも壮大な心実の目的を見つけました」


「!」


 写真を撮って、天邪鬼さんと反対向きに歩き始めた。


 自分の前に、薄く影ができていた。


 そしてまたしても気恥ずかしい愛に気付いてしまった。


 夕日は、孤独をフラッシュバックさせるためではなく、暗闇で自分の存在が不確かになる夜に向けて、自分という存在を思い出させるために影を見せているようだ。


 どうしてこう揃いも揃ってひねくれ者ばかりなのか。素直にそう言えばいいのに。


 茂みの影から、季節外れの蛙の鳴き声が聞こえたような気がした。


『そうだ。ついでにぬいぐるみ用の電池も買っていこう』


 早く帰って伝えなければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生蓮〜はじめにドーナツの穴があった〜 案乃 うん @tooen3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ