第4話 移植による変化その二
酔いどれになる前に駅に到着した。
降りる人々が生み出す不本意な力に引っ張られて電車を降りた。
そのまま流れに身を任せて、エスカレーターの止まって乗る列に入ると見せかけて止まらず駆け上がり、地上の潮流に身を委ねて改札を出た。
改札を出てしまった。
この駅はデパートや商業施設と一体化した大物だ。
普通なら学校や会社に行く時間であるにもかかわらず、老若男女問わずお客様として利用している人も多い。
生活様式が多様になっているのだ。
大勢の人間がいるが、各々が別々の目的でそれぞれに動く烏合の衆である。
そんな騒々しい群れの中に、乗り換える駅の改札を出てしまったカラスが一羽紛れ込んでいた。
このカラスは医師から楽しめという処方箋を出されていたので、せっかくだからと立ち寄っていくことにした。
改札を出た瞬間から、洒落た洋服やお菓子の店が立ち並んでいた。
きらびやかな装飾の店と、華やかな衣服を身にまとった人々によって紡がれた、華麗な雰囲気の編み目をかいくぐり外に出た。
網にかからなかったと言った方がふさわしいかもしれない。感情移植の影響以前に、この手の空間に居心地の良さを感じたことはない。
しかし、移植による変化は感じた。居心地の悪さに違和感があったのだ。見えない何かに心の内壁を触られているような感覚だった。
居心地の悪さ自体は確かにあるが、その感覚を生じさせているものに心当たりがない。部屋で透明人間が暴れているようなものだ。
素早く立ち去りたいはずなのに、内側からの感情の後押しはなく、ただ空洞がだんまりを決め込んでいただけだった。
外を出ると、視界の右側は手前に頑丈そうなロッカーがあり、奥には自分が車を運転していたらどこを走れば良いのかわからなくなりそうなほど広い道路が広がっていた。
左側には再開発中らしき工事現場の仕切りと、左端の視界の切れ目に横断歩道があった。
私は左側の通路を選択した。
今でも十分新しいのに、更に再開発を行うならば、いずれは未来から技術を持ってくるしかなくなるのではないか。
現在とは、有形の者にとっては最も新しいが、無形の者にとっては最も古い。
現在に過去を求めるのは最も残酷な要求だが、未来を求めるのは最も厚かましい要求だろう。
そんな風に観念に酔いしれながら壁に沿ってゆっくり歩いていると、渡れそうだった信号に引っかかった。
もう少し早く歩いていれば今頃向こう側にいたのに。
大きな信号なので、中間付近に車が通過しないスペースがあり、そこに高校生らしき制服姿の二人組がいた。
モラトリアムの時期に入った青年が、モラトリアムな空間に留まっていたのだ。
それを見る私もモラトリアム真っ只中である。
間もなく信号が変わった。
大勢の人の流れを隠れ蓑に、途中で止まることなく渡り切った。反対側からも大勢の人が渡っていたので、直進ではなく少し逸れた所に到着した。
誰しも通る道なのだろうが、自分の意志で渡っている人はどれくらいいるのだろうか。
信号が変わったから、周りの人が渡っているから仕方なく渡っている人はいないのだろうか。
少なくとも今は、積極的に渡りたいとは思えない。
信号を渡ると、少しずつ華やかさが失われ始めた。高架下に店を構える居酒屋や閉店中のスナックなど、比較的夜に賑やかになる店たちだ。これから眠り始めるのだろう。
歩道に沿って歩くと、路地裏からゴミが溢れかえって侵食されていた。
この風景は現代社会の精神の縮図のようにも見える。
ネガティブなことを、できるだけ目につきにくい所に隠してきたが、もはや隠しきれなくなってきている状況だ。
社会のみならず個人の精神にさえも、ネガティブなものが無視できないほど、明るみに出始めている。
それでも、ポジティブな面がより明るくなっていけば良いのだが、目指す光に近づくにつれ、幻が本性を現し始めた。
今まで目指していた光は、ポジティブ風のメッキだったのだ。
そして、まだあまり術に掛かっていない若い人ほどそれを敏感に感じ取っている、この私のように。そのため、若くして精神疾患になる人が多くなってきているのだ。
感情の移植も危機感に背中を押されて始まったものだろう。重い腰を上げた途端に全力疾走して大丈夫なのだろうか。
何にせよ、これからは損得を度外視した総力戦になるだろう。金に目が眩む悪い子がいなければ良いのだが。
少しのあいだ車道に出て歩くと、コンビニに到着した。私は華やかな町に繰り出しても、結局はコンビニに入る人間なのだ。
長考の末、大容量のカップ焼きそばとコンビニオリジナルのモンブランを買うことにした。
確か医師の処方箋に書かれていたはずだ。
店を出ると、速やかに寄り道せず家に帰った。
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