第23話 七姫試練 四の試練 継承
五日目、今日は姫の部屋で行う予定になっているが、今日は担当の姫と俺の一対一の試験らしく他の6人はいないらしい。
「失礼します」
「来たか。じゃあ始めるよ」
今日の試練は四乃原先輩の試練だ。
「課題はそこにある本を一冊読んで私との問答に答えること。ハンデは問答の答えを聞くような直接的な質問以外一つだけ質問をしていい。説明は以上だから勝手にどうぞ」
それで自分のやることは終わったと自分の席に座りパソコンを打ち始める。
俺も用意された席に座って本を読む。
ラノベか…それも四乃原先輩が書いたものか。
俺が今読んでいるラノベは四乃原先輩が書いて初めて受賞したラノベだ。
内容は昔から体が弱く入院生活を送っていた主人公の症状が母のアイドルとしての姿や女優としての姿を見て、病と闘い母と同じアイドルを目指すと言う分かりやすい内容だ。
「叙事詩みたいですね」
「叙事詩ね。それはラノベなのにどうしてそう思ったの?」
俺の独り言を聞いて四乃原先輩が聞いてくる。
「妙に深いと言うかリアリティがあると感じました」
「そう」
会話はそこで終わった。それから時間は過ぎていき部屋の中はページをめくる音とタイピングの音がうっすらと聞こえるだけ。互いに語ることはなし。自分のやることに集中する。
本を読み始めて2時間が経過した。
本を閉じて一呼吸入れる。
「読み終えたみたいだね」
それに気づいた四乃原先輩がパソコンを閉じ席を立つ。
そして俺の前に席を用意して座る。
「じゃあ始めるけどいい?」
「はい」
「それじゃあ。まず一つ主人公の女の子はどんな女の子か感じた?」
どんな感じか……
「そうですね。行動力があって実直な人物であり、どこか不安定な心の持ち主だと感じました」
「どうして?」
「憧れの母の姿を追いかけて現状を打開し能力を伸ばそうとしている。そんな姿に彼女が行動力があり実直だと感じました」
「じゃあどこが不安定なの?」
「憧れ、と言えば聞こえはいいですがどこか妄信的な風にも受け取れます」
「妄信的…ねえ」
四乃原先輩は少し不服そうに口ずさむ。
「じゃあ次の質問。その前に開はこのシリーズは読んだことはある?」
「いえ」
忙し過ぎて読む暇がなかった。時間ができたら読もうとは思っていたが。
「それならいい。じゃあ2問目、主人公の夢は叶うと思う?」
・・・・・・一問目もそうだが質問の意図がちょっとおかしいな。どうも単に国語の回答と言う感じでもなさそうだし。それにこの質問にはどんな意図が?だから少し揺さぶりをかける。
「随分と面白い質問ですね」
「そうかしら?」
「ええ、国語の問いのような感じじゃないんで」
「ボクはそういう問題は嫌いだ」
「へー、小説家である先輩が国語が嫌いだとは意外ですね」
「小説家や読書家が国語を得意と考えるのは偏見だ。それに国語の回答、特に小説に関する問題は大っ嫌いだ」
四乃原先輩がここまで明確に拒絶を示すとは、ほんとに嫌いなんだな。
「それはなぜ?」
「決まってる。まるで我が物顔で答えがあるみたいに書かれてるのが鼻に付くんだ。小説って言うのは深そうでそうでもないものやなんとなくの軽そうな言葉が重く深い意味を持つことがある。もちろんそれをどう解釈しようが読者の自由だ。けどさもこの考えが正しいみたいに言われるのは嫌」
なるほど小説家として同じ立場の人間として面白い考え方だ。
確かに先輩の言うこともわからなくもない。
「小説家としてのプライド、それともこだわりですか?」
「いや、これは信念だよ」
「信念……ですか……」
ちょっと意外だな。四乃原先輩がここまで熱い考えを持つ人だったとは。
「誰だってまるで君の事わかってるよみたいに言われて全然的外れなことを言われたらイラつくでしょう?」
「なるほど…」
分かりやすい。たしかに自信満々に的外れなことを言われればイラつく。特に自分のことならなおさらだ。
「少し話がそれたね。じゃあ答えを聞かせてもらおうか」
俺はこの先の物語を知らない。だから想像で考えるしかない。だけど俺は先輩と全く同じ考えなんてできる訳がない。だから俺の今考えられる想像を即席で組み立てる。
「……まずこれは俺の想像です。四乃原先輩が考えたシナリオとは大幅に違うことがあります。それを前提に聞いてください」
「それはしょうがない」
「じゃあ……今のままじゃ無理でしょうね」
その言葉に僅かながら四乃原が反応した。だが開はそれに気がつがず話を続ける。
「必ずどこかで挫折する」
「それは……どうして……」
四乃原は少し震え声で聞く。
「アイドルは輝く者。それは自分自身が輝くから、自分を磨き輝かせる。俺には主人公がそんな考えを持っているように感じました」
「……」
「努力する。自分の持つ時間全てを使って。懸命に。努力は報われる。そんな甘い考えが見えすいていると感じました」
「どこか甘い考えなの?努力することの何が悪いの?」
「別に努力を否定するつもりはありません。しかし努力とは手段ではありません。結果を出すための過程です。努力をすれば結果が出るんじゃありません。結果を出す過程で努力や面倒がある、俺はそう考えています」
「………そう。じゃあ最後の質問」
四乃原先輩が今までとは違い鋭い目つきで最後の問題をぶつけてくる。
「君は、この作品が何を伝えようとしてると思う?」
「作品が・・・何を・・・か」
つまり作者、四乃原先輩が読者に伝えたいこと。作者が読者に伝えたい思い。四乃原先輩はこの問答を通して俺の7人への理解力を測るつまりなのか?
健気で努力家の主人公。挫折はあるであろうストーリー。憧れという目標。安直な物語なら王道に沿っていればいい。だが今の時代、特に娯楽大国である日本のラノベ業界でそれが通じるか?様々な癖のある物語を通して鍛えられた客層に刺さる物語を作るのは難しい。
「ハンデを使っても?」
「いいよ」
「では、あなたは一体誰のことを思って、どんな時にどこでこれを書いたんですか?」
「一つと言ったと思うけど?」
「・・・・・・分かりました。では言い方を変えます。どんな状況で書いたんですか?それを詳細にお願いします」
言い直して質問する。四乃原先輩は少し考えて答える。
「これを書き始めた時は、なんの変哲もない雨の日だったと思う。ただ無心に、書いてた。結末も何も考えず書いてた。特に誰も思ってない」
ただただ書きたいと言う衝動に任せて書いた作品か。その割にはかなりこの作品に執着しているようにも感じる。
だが問いはこの作品が読者に伝えたい思い。俺は作者である四乃原先輩のことをまだそこまで理解できるほどわかっていない。
それなら答えは一つ。
「分かりません」
「なに……?」
「だからわからないって言ってるんです」
「どういうこと?」
俺の答えならぬ回答不可の答えに理解が追いつかい四乃原先輩。
「俺にはまだそこまであなたを理解できていない。作品の思いは作者の思い。俺の目にはまだあなたの心をはかることができません。なので回答の延期を求めます」
これは打診であり賭けだ。もし否定されればどう答えても四乃原先輩が欲しい答えは今の俺では答えられないだろう。
四乃原先輩はまっすぐと俺の目を見てくる。そして仕方ないと息を吐いた。
「分かった、待ってあげる。だけど期限はボクが卒業するまで。いいね」
「それは……」
「そういうこと。だからボクをガッカリさせないでよ」
四乃原先輩は本を持って姫の部屋を出る。
「卒業までの宿題か……」
七姫試練 四乃原の試練合格
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