第18話 ここに呼んだ理由

上がってから既に1時間以上、スマホで時間を見れば時間は既に16時になる頃だった。

俺は今2階のくつろぎスペースで備えつけの漫画を読んで暇を潰していた。

だが流石に途中からうとうとして何度か眠りかけているがギリギリ意識は保っていた。

そして何度目かの人が来る気配を感じ入り口の方を一瞬見れば浴衣姿の二人がいた。

二人も俺に気づいたのかこちらに歩いてくる。


「ずいぶんとお疲れね」

「そっちこそ堪能したんだな」

「まあね」


二人ともいつもと雰囲気が違い、三秋はスッキリし誰しもが納得する美貌に更に磨きがかかっており、五十嵐はどこかふらふらとかなり眠そうだ。


「座るか?」

「アタシは遠慮しとく」

「五十嵐は…っと」


五十嵐にもどうかと尋ねる前に五十嵐がうとうとと俺の隣で寝た。


「余程疲れたみたいね」

「今まで溜まっていたものが一気に軽くなって疲れたみたいだな。今日は付き合ってもらってありがとう」


俺は三秋にわざわざ今日付き合ってくれたことにお礼を言った。


「別に大したことじゃなかったわよ。それに彼女のこともアタシたちも少し心配してたし」


その言葉に少し驚く俺。


「そうなのか?ちょっと意外だな。お前らはあんまりお互いに興味がある感じがなかったからな」


いつも自分のことだけ、みんなとはなんとなく一緒にいるという感じだ。まあ仲は悪そうではないが。


「元はといえばアタシたち自身もよくわからないうちに7姫とか呼ばれてひとまとめにされてたもの。それに心配と言ってもみんな純粋に心配してるとかじゃないと思うけど」

「三秋もか?」

「最低でもアタシは純粋によ」

「そうか」


それは良かった。まあ確かに六倉とかは部活の実績とかの影響を考えてとか一条先輩もそういうことを心配しての五十嵐への心配とかのイメージはあるな。


「ねえ、どうしてアタシを選んだの」


突然三秋がそんなことを聞いてきた。


「おかしなことを言うな。それはさっき説明しただろう。お前は俺に借りがあると。それが理由だ」

「本当に?アタシじゃなくても二宮でも六倉でもよかったはず。二人とも今日は暇らしいしね」


そう言って三秋が自分と二宮、六倉とのRISEでのやり取りを俺に見せてくる。


「アンタのことだから二人の予定は確認ぐらいはしてると思ってる」


どうやら彼女は俺が今日自分を呼んだ理由に納得してはいなかったようだ。


「答えて、アンタの目的はなんなの」


疑心の目、それとアレは恐怖か、自分たちを利用するものに対する警戒心ともいえるか。

ここで変にはぐらかしても余計に彼女のと溝を作るだけ。得策じゃないな。


「確かに事前にその二人には確認を入れた。だがお前を選んだ理由は嘘じゃない」


俺は正直にそう言うが三秋はまだ俺を疑っている。


「分かった。だが本当に嘘じゃない。そしてお前の言っている通り他の目的もある」

「やっぱり、それは何よ」

「お前が不正をするのを防ぐことだ」

「どういう、こと…」


俺がそう答えると三秋は理解できない様子だが明らかに動揺した。


「お前、来週の試験で俺をわざと合格させようとしただろう」

「……!?」


俺の指摘に当たりと言わんばかりに表情がこわばる三秋。


「やっぱりな」

「いつから…」

「一条先輩にお前が俺に借りがあると言ったと報告を受けた時だ」

「そんな前から」


まさかそんなに前にばれていたとは思っていなかった三秋は言葉を失う。


「アレは敢えてだろう。暗に一条先輩に自分は彼に借りがある。だから彼を合格にするとほのめかしたんだろう?」

「そこまで」

「気が付かなければ残りの6人が悪い。自分は少なからずそう言ったと言い訳ができる。特に一条先輩と六倉は何も言えない。その二人が言えなきゃ問題はないと見逃される可能性が大きいからな」


三秋にそこまで回る頭があるとは思わなかったが万が一の為に対策はしとく。


「だから、今日お前を呼んだのはその理由をなくすためだ」

「なんで?」

「なんで、とは?」

「だったアンタ、この仕事が大切なんでしょう?なのになんで自分の持ってるアドバンテージを捨てるような真似を!」


モデルという競争の激しい社会で生きている三秋からしたら確かに理解できない考え方だろう。だがそれにももちろん理由がある。


「意味がなくなるからさ」

「意味がなくなる?」

「この仕事はお前たち7人全員に本当の意味で認めてもらわなくちゃ意味がない」

「そんなこと……そんなことで本当にできると思ってるの!」

「わからない」

「わからないって!」

「でもやれるだけやるさ。そう思わないとできることもできないからな。それにお前がそんな状態だと俺は不合格確定だからな」

「何を言ってるの?」

「もし俺がお前に借りを作ったまま、それを放置してあの一条先輩超人が素直に俺に合格をくれると思うか?」

「そんなのバレなきゃ」

「気が付いてないと思うか?」

「そ、それは……」

「あの人の事だ。それに気が付いたうえで俺を試したんだろう。俺がこの件をクリアしたらひとまずお咎めなし、出来なくても行動したのなら、試験をちょっと難しくする。何もしなければ不合格。そんな感じだろう」


確証もなにもないただの勘だ。校内で聞きまくった噂や人柄に当てはめて俺は彼女たちと接している。もちろんこの短期間で理解したことも含めてだ。そこで出た結論の一つが一条先輩は常に相手を見定める癖があるのではないかという推測だ。大企業のご令嬢という立場に生まれた運命とも言えなくもない。もちろんそれが本当かもわからない。だが何事にも対策しといて損はない。


「俺が言いたいのは何も考えず自分の判断で決めてくれ。そこに恩も借りもくそもない。素直に判断してほしい」

「例えそれで落ちても」

「例えそれで落ちてもだ」


俺と三秋の間にはしばしの間の静寂が訪れる。

そして三秋は一度大きく息を吸って俺の目を見て答えた。


「分かったわ」

「ありがとう」

「んぁ~~、ん?どうかした?」


可愛いあくびと共に五十嵐が起きた。俺と三秋は互いを見てクスリと笑った。


「いや、なんでもない」

「そうね」


俺は起き上がる。


「折角来たんだもう少し楽しもうぜ。俺は帰る前にもう一風呂入るらな」

「アタシもよ、せっかくタダなんだから存分に味あわなくちゃ」

「あたしお腹すいた」


そう言って五十嵐の腹が鳴った。


「そうだな。まずは飯にするか」


その後俺たちは温泉を堪能して気持ちよく帰った。


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