第13話 鍛錬はストレス発散
ちょっとした道場のような場所。壁や床は天然の木材で作られたここはマスターが個人的に作った鍛錬場だ。
「こういうのにもちゃんと金使ってるから金使いに文句言いずらいよな」
「お待たせ」
「いえ、先ほど着替え終わったところです」
マスターが鍛錬用の軽い服装に着替えて鍛錬場に来た。
「そう。でも着替えるにしてもそれはないと思うわよ?」
マスターが指摘するのは開の着替えた服装だ。小学生の男の子が着てそうなサッカーのユニフォームを模したヨレヨレのシャツに丈の合わない短パン。これにはマスターもがっかりしたようす。
「どうせすぐに着れなくなるんだから別にいいだろう?」
「ダメよ!普段着てる服がその人のファッションセンスに影響するのよ」
「ほんとか?」
「あくまで私わね。それでも誰でもそれはないと思うと思うけど…」
「安いんだよ!上下合わせて2000円以下だぞ!!貧乏感性の俺からしたら救世主みたいなもんなんだよ!」
「可哀想に、後で服買ってあげるから」
「憐れむな!ありがたいけど!!それよ――なっ!?」
急に掴みかかってくる腕を咄嗟に避ける。
「ちょっ、急に来るのは無しだろ!」
「自衛の為なんでしょう?あなたを狙う人たちは今から殺しますとか優しく言ってくれるのかしら」
マスターの言う通りだ。悔しいがその通り。多分あいつらは俺のことをより徹底的に終わらせに来る。マスターの言う可能性だってゼロじゃない。
「それに前のハーちゃんなら今の、簡単に対処できたでしょう?サボってたつけね」
「……そうですね。その通りかもしれません。ここからは俺も気合を入れ直します。――よし。それじゃあ俺のストレス発散、付き合ってもらいますよ!」
「鍛錬でしょう!」
俺とマスターの拳がぶつかる。
「ゔっ……」
やっぱりパワーでは無理か。
「怯んでる暇なんてないわよ!」
マスターの猛攻は止まらない。俺は何とか両手を使ってさばく。だがこのままじゃ防戦一方だ。次に振りかぶった時が。
「どうしたの!2年経ってすっかり臆病になっちゃったのかしら!」
マスターが右の拳を振りかぶった。
開はマスターに向かって飛び込んでいく。
そしてマスターの顔面目掛けて右脚を振る。
しかしその蹴りはマスターの固く太い左腕を完全に防がれた。
「かたっ!」
「美しい、でしょ!」
「クッ…!?」
マスターは振りかぶっていた右腕の力を無理矢理止め、その右手で開の右脚を掴む。
こいつ、無理矢理右腕止めやがった!?
「いくわよ~~!!」
マスターは俺の右脚を持ち手に俺を壁に向かって放り投げた。だが壁には届かず俺はちょっと離れた場所に転がり落ちる。
「いてぇ」
「そんなことだと死んじゃうわよ!」
マスターは追撃を仕掛ける。俺は咄嗟に体をひねり転がり避ける。そしてその勢いのままマスターと距離取る。
しっかり猶予を持ってかわせると思ったがギリギリだった。だがあのタイミングなら確実に猶予はあった。いやあったはずだ。肌感と今までの経験からそう言ってる。てことは。
「俺の身体能力低下か」
「そうね」
俺の予想にマスターも同意を示す。
「2年前のハーちゃんなら服にすら傷がつくはずがないものも」
そう言ってマスターが指すのは俺の右腕の袖の部分だ。見ると破けていた。
「ハーちゃんって結構感覚派だから感覚が2年前のまんまで身体能力が落ちちゃってるからどうしてもギリギリかもろ受けになっちゃうのよね。これはもう一度鍛え直す必要があるかしら?」
「はぁ~、肉体と精神の差、予想以上に応えるね。だけどこれだけ知れたのは定石だ。てわけで、ここからが本番だ」
「いいわねその目。さっきの言葉撤回するわ。いい目をするようになったじゃない」
俺はマスターと距離を詰める。
「それはさっきもやったでしょう!」
マスターはもう一度右腕を振りかぶった。その通りだ。この構図はたった数分前と全く同じだ。
(諦めが悪いのは相変わらずね。それはハーちゃんの魅力でもあるけど。それは繰り返すことじゃないのよ!)
開はまだマスターとの距離を縮める。
(まだ来るの?それじゃあもろに当たるわよ)
マスターは少し戸惑った。明らかに馬鹿のヤケクソの突進。開は下を向いて自分の方を向かずただ走るだけ。
(あと5メートル、4メートル、…3メートル)
その時開が顔をあげてマスターと目が合う。その目を見てもう一度驚く。その目はただ真っ直ぐ、揺るがない眼で自分を見つめるからだ。
(その目、諦めていないのね。でも私の頭に蹴りを入れるのは無理よ。そのスピードですの位置。完全に私の拳の真っ正面。移動することは不可能よ!)
ついにマスターの拳が自分に向かって来た瞬間。開は右足で踏み出した。そして足を広げ姿勢を低くした。それによりマスターの拳は開の頭をかすり去って行った。
(避けた!?でもその体勢から蹴りは無理――いえ違うこれは……!?)
開はマスターと同じように右腕の後ろに構える。そしてマスターの胃にぶち込む!!
開の渾身の一撃はマスターの腹筋にクリーンヒット。
「ふ、やるじゃない」
「蹴りだけだと思いましたか?」
俺は即座にマスターと距離を取る。
「なによ。いつの間に私の真似をするようになったのよ?」
マスターはちょこっと嬉しそうに聞く。
「何度も食らってるんでね。一度ぐらいはやり返したいでしょう?」
「反逆精神ってやつかしら。しかしまさかあなたが殴り技を使うなんて意外ね。いつも肝心な時は蹴り技でくるのに」
「そういう先入観を利用したと言ってもらいたいですね」
「ふ、面白いじゃない。でもこれぐらいで私が倒れると思う」
「ぜ~んぜん。まったく思ってないですよ。それにまだまだ俺のストレスは沸騰鍋鳴らしてるんでね。まだまだ付き合ってもらいますよ!」
二人の鍛錬は8時まで続いた。
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