第10話 準備すれど面倒事は増える

「これで最後だ」

「そう」


時刻は5時前、此間の六倉を見ていた時間と残りの仕事量を考えれば相当早く終わった。


「後はこれを一条会長に確認を取ってもらえればいいから」

「一条先輩一人で見るのか?」

「そうよ」

「あの人の忙しさからして時間あるのか?」


ただでさえ大企業の仕事を自ら請け負っているんだ。この量の書類を一人で確認する時間があるとは思えない。というかこの1週間一条先輩がそんなことをしている姿を見たことがない。


「知らないわよ。でも気づけば終わってるよ。それもちゃんと間違いとか抜けを分けてね」

「超人かよ…」

「超人よ。あの人は。だから誰しもが認める生徒会長になったのよ。それより今日は助かったわ」


後半声が少し小さかったが六倉が開に御礼を言った。それを聞いて開の口角が少し上がった。


「ちゃんと言えるんだなお礼」

「……///うっさい!とっと出て行って!!」

「ちょっ、蹴るな!?」


ちょっと思ったことを正直に言い過ぎたのか六倉が顔を真っ赤にして俺を蹴って生徒会室から追い出された。


「なんか地雷踏んだっぽいな…それにしても蹴らなくてもいいだろう……」


てかあいつの蹴り普通に痛かったんだが。まあとにかく今日学校にいる組で残ってるのはいないし、明日の準備をしに行くか。

荷物を持って一旦家に帰る。私服に着替えたら自転車に乗ってホームセンターに買い物に行く。


「ホームセンターには初めて来たが本当に色々とあるな」


学生がホームセンターに行くことなんてそんなに無いと個人的には思う。まぁ、一人暮らしの為に引っ越しの買い出しとかでくる奴もいるだろうが大半の学生は寮か実家住まいなのでそもそも来る機会がないと思っている。


「しかしここまで広いと探すのも面倒だが・・・いや、探してる内に何か他にも有用な物があるかもしれないし一人で周ってみてどうしても無かったら店員に聞けばいいか」


しかしまぁ全体的に高いな・・・。

開は自分の求める物を探しながら他の商品の値札を見て周るが平均的に1500円前後の商品が大体だが3000円を超えるのもザラにありかなりの貧乏性の開からしたらとても高価に感じてしまう。

だけど多分、ホームセンターに売ってる物って大抵が平均的な値段、もしくは少し安いぐらいのイメージがあるし流石に中古を買うって訳にもいかないしな。

もし中古を買って買い直しを言い渡されたらそれこそ無駄な出費になる。ここはそれを抑えると思っておもっきり奮発だ。

それから開は次々と必要な物を見つけては値段や容量を計算して出来るだけお得に済ませようと一人でずっと見比べてる。

開の横を過ぎる人たちは開のことを変な目で見て通り過ぎるが開は計算に集中してまったく気にしていない。


「お会計35680円になります」

「さ、三万五千・・・円・・・」


食費一年分・・・いやだがしかしこれは必要経費必要経費必要経費…そう必要…経費…なんだ……。

開は自分に言い聞かせる。そして震える手で札を出し金を払う。


「あのー、ほんとうに大丈夫ですか?」


会計の人は開を見てそういう。なぜそんなことを聞くかと言うと開がもう泣き出す寸前の幼稚園児みたいな涙目でお金を見ていたからだ。


「はい……大丈夫です……」


開は会計の人の確認に何とか言葉を振り絞って答える。そして開は下唇を噛み声を出さないようにし、息をするのも忘れお金が失われていくのを眺める。

そして買ったものが入った袋を両脇に抱えトボトボと顔を真っ青にしてホームセンターを出た。


「もう……もう…こうなったら……食堂の飯ドカ食いだーーーーーー!!!!!」


空が暗くなってきて人が少なくなってきたホームセンターの駐車場で恥も捨てポーズだけめっちゃ力入れてるのに声がめっちゃ小さい叫び声を上げその場にいたの人達に哀れな目で見られる。そしてまるでプライドを傷つけられて主人公から逃げる去る闇落ち雑魚キャラのように走って帰って行った。



***


「やべ、自転車置いてきた…」


家の近くにようやく来たと言うところで開は重大な真実に気づいたのだ。そう自転車を置き忘れてきたことに。

あの時はいろいろ精神的に参ってたから勢いで帰ってきちまった。今から戻るのも面倒いし明日か明後日にとりに行けばいいか。……てかよくよく考えたら大量の荷物抱えて顔が蒼白してたやつが急にめっちゃ気合い入れたポーズとったのに小さい叫び声上げて逃げるように出て行くって、客観的に見れば完全にやばい奴じゃね?

開は冷静さを取り戻し自分のやった行動を振り返りその行いのやばさを認識した。


「まあいいか」


だが開はあっけらかんと気にしなかった。普通の人間なら恥ずかしくて急いで家に帰りたくなったり、ついてきてる人がいないか無駄に意識したり、自分のことを動画で撮ってるやつがいないか確認するなど不安でいっぱいになるはずだが。

開はまったくそんなようすはない。

そうこうしている内に家に着いたがその玄関前に少し年は取っているがまだ現役と思わせる力を感じる執事服を着た男性が立っていた。そしてその男性に開は見覚えがあった。


新隈あらくまさん…なぜあなたがここに…?」

「お久しぶりです開様」


新隈は開に気づき綺麗にお辞儀をする。だが開は明らかに警戒している。開は新隈の身体や周りを観察する。その行動は新隈も気が付いている。


「ご安心ください。ここには私一人でございます」


新隈はそう言うが警戒は解けない。彼がそう言ってもあのがそうとは限らないからだ。


「要件はなんだ」

「少しお話を。どうせなら家内でしましょう。そのお荷物では集中してお話しもむずかしいでしょう」


新隈は俺の抱える荷物を見てそう言ってきた。


「断る」


だが開は即答で断った。それも予想済みなのか新隈は少し溜め息を漏らした。


「でしたらここをどくわけにはいきません」

「ここは鷹宮家だ。八重樫やえがしの家じゃねえし俺はもう八重樫家の人間じゃねえんだ。あんたが俺に関わる理由がない」

「それこそおかしなことです。貴方は紛れもなく八重樫家の血を引き継いでおられます。その事実は変えられません」

「チッ…まさに血の呪いだな。だが俺はあんたの仕える主人に破門され追放された人間だ。何よりあのじじいが俺に関わることをいたく嫌っていたはずだ。それなのになぜ腹心たるあんたがここにいるんだ」


新隈はあのじじいの腹心であり、昔からの付き合いのある唯一真に心を許せる者と言った重要人物だ。そんな彼がなぜ俺のもとに現れたのかわからない。だがどんな理由であろうと俺は彼を家に入れることはない。少なくとも今は。

俺は新隈をじっと見つめ新隈も俺を見る。二人の間には近寄りがたい静寂が形成される。

その沈黙を破ったのは新隈だった。新隈は参りましたと言わんばかりに溜め息を吐き肩を降ろした。


「分かりました。今回は私の負けです。要件を言いましょう」

「最初からそうしてろよ」

「それでは」


新隈は要件を言い出す。


「今月末の晩餐会に来ていただきたいのです」

「晩餐会か……」


なるほど理解はした。新隈の言う晩餐会とは八重樫家が定期的に行う各分家の当主と本家の人間で行う会議のような夜会だ。だが納得できないことがある。


「なぜ今なんだ?いや、そもそも俺は破門された人間だ。あの家を追い出されてから一度も晩餐会には参加していない」

「破門と言ってもそれは当主である旦那様とあなたの個人的なものです。法的に言えばまだ貴方様は八重樫家の人間です」


そうなのだ破門を食らったとはいえ、まだ俺の親父と母さんは離婚していない。これは二人の希望もあってのことだ。しかしあのじじいは親父に八重樫の名を名乗らせることを禁じて親父は旧姓の鷹宮を名乗っており、親父に引き取られた俺も鷹宮を名乗っている。


「本家の当主の命令は絶対なんじゃないのか?」

「これはおかしなことを言いますね。貴方様も理解しておられましょう。八重樫家は完全実力主義。力ないものは当主であろうとその権利は行使できません。したがって八重樫の儀式を完遂するまで本家で生まれた子は全て八重樫家の者と認識されます。なので今回の晩餐会には開様には必ず出席させていただきます」


新隈の目、引き下がる意思がまったくない。むしろそれだけは確約させると言う絶対の意思が垣間見える。そしてもう一度彼らは包み込む静寂。かれこれ30分以上この状態だ。時間は晩飯時どちらが先に折れるか。




***



「わかりました。俺の負けです」


黙り込んでから10分、静寂の見つめ合い。瞳での交戦を制したのは新隈だった。


「ありがとうございます」


新隈はお辞儀をし家の玄関からどいた。俺はそこをすれ違うように通る。


「言っとくが今親父は海外出張中で俺しか行けないぞ」

「ご心配なく。もとからお呼びするのは開様だけでしたので」

「チッ…やっぱ嫌いだわ。あの家は」


俺はそう言って家の中に入った。玄関を閉じるまで新隈は俺から目を離さなかった。気持ち悪いな。にしても次から次へと面倒事が降りかかってきやがる。今年は厄年かもしれないな。

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