第9話 きっかけは意外に小さい
放課後、俺はいつも通り戸締りや忘れ物の確認の為あの部屋に来た。
「お、珍しいな」
いつもなら放課後は誰もこの部屋には来ないが今日は珍しく先客がいた。
「なによ、そんなに驚いて」
三秋だ。いつもなら仕事やらで即帰りの彼女が椅子にも座らずスマホも弄らず、ただ窓の外を見て立っていた。
「驚きもする。放課後この部屋に来る奴なんて生真面目の六倉か予備の飯を食いにくる七星、あとは気まぐれな二宮ぐらいだからな」
「・・・そう」
三秋は興味が無さそうに、無関心を持って言葉を返した。俺はいつも通りの作業に入りながら彼女に聞いた。
「それで、スマホも弄らずどうしてここにいる?」
「何よ。元はと言えばここは私たちの為の部屋なんだからアタシがいてもおかしくないでしょう」
「いつもバイトの為に即帰宅するお前がいることを疑問に思うのの何がおかしい?」
「別に休みの日ぐらいあるし」
「その割にはなんとも陰鬱な雰囲気だがな」
いつものカリカリした感じは無く、どこか沈んだ雰囲気を纏っていた。そんな空気纏ってるのに何も無いなんて思える訳無いって話だ。
「何か俺に話でもあるのか?」
なんとなくそう聞いてみた。だが三秋からの返事は無い。俺と彼女の間に微妙な空気が流れる。雰囲気的に俺から声をかけづらいな。
「ありがと」
そう思った時ふと三秋から小さく言葉が漏れた。聞き間違いかと思った。
「今なんて・・・」
だから思わず聞き返してしまった。三秋は口をプルプルさえながら、思いっきりこっちを向いて言った。
「だからありがとうって言ったのよ!!」
言いたくなかったのかキレ気味に三秋はそう言った。
「今日の昼の件、ありがとう。助かった」
その言葉を聞いた瞬間、なぜか胸の中にあった何かがスッと落ちた気がした。
「これ言いたかっただけだから!じゃあね!!」
三秋は逃げるように出て行った。取り残された開は胸に手を当て少し感傷に浸っていた。そういえばこんな感じにちゃんとありがとうを言われたのは初めてだったか……。七星も御礼は言ってくれるが義務感が否めなかった。他の5人に関しては言われたことがない。そしてそれと同時にどこか懐かしさを感じた。
「そうか、こんな小さいものが人を動かすきっかけになるのか……」
人の人生の分岐点、それは今後の人生に大きく関わる重大な選択の事を指す。例え結果的に同じ道を選ぼうがその気持ちややり方次第でその先の道は変わってくる。そしてそれは気づかぬうちに影響を受けている。自分にとってはとても小さなことだとしても他の人間にとっては人生を変えるほどの力を持つことがある。
「三秋も、六倉も五十嵐も何かしら抱えているのかもしれない。いや彼女たちだけじゃない。あの7人全員が何かしらの思いを抱えているのかもしれない」
昔、母さんに言われたことを思い出した。
『いい開、誰だって不安や恐怖があるのもちろんこの私だって』
『そうなの?』
『そうよ。だからね、パパにはとっても感謝してるの。私を救ってくれた王子様だから。…だからね。もし誰かが困っていたら、助けなくちゃと思ったらその時はあなたの心に従いなさい』
開は改めて覚悟を決めた。自身の心に問い。そしてその心に従って。この一年を過ごすと。そう思うと思わず笑えてきてしまった。
「ははは、なんとも面倒な性格をしてやがる。これじゃああいつ等のこと言えないな」
開はいつも通り作業をして戸締りをする。だがすぐには帰らない。
「確か今日はサッカーだったか」
開はスポドリを一本買ってグランドに出る。そしてすぐに女子サッカーの助っ人に行っていた五十嵐を見つけた。ちょうど休憩中だったようなので五十嵐に声を掛けた。
「五十嵐」
「あれ鷹宮っち!どうしたの?」
「いやちょっとな。それよりほれ、やるよ」
俺はさっき買ったスポドリを五十嵐に渡した。
「サンキュー鷹宮っち!気が利くね!」
五十嵐はいい飲みっぷりでスポドリの半分を飲み干す。
「それで要件なんだが今週の土日を俺にくれないか?」
「うん?別にいいけど?」
「そうか。それとできるならその日以降の土日の予定は来週から決めるようにしてくれないか?」
「う、うん。まあいいけど」
「助かる。今日はそれだけだから。練習頑張れよ」
「うんありがとう!!」
俺は五十嵐に要件を伝え終えて校舎に戻った。そのまま次に3階のある部屋に向かった。
「やっぱりここにいたか」
「ちょっと、なんであんたがここに来てんのよ。私呼んでないんだけど?」
俺が向かったのは生徒会室だ。そして予想通り六倉が一人書類の山と対峙していた。
「仕事をしに来た」
「仕事って、だから私は呼んでないんだけど?」
「半分貸せ」
「ちょっと何勝手に!」
俺は紙の山の半分を取って六倉の隣の席に座った。
「どうせ今の時期だと校外学習に関する書類だろう?金勘定ならできるから」
そう言って俺は書類の確認と査定を始めた。
「なんで書類の内容知って…ってそういうことじゃなくて!部外者勝手にいじんないでよ!!」
六倉は怒り立ち上がった。だが開は動じず書類を見ながら言った。
「別に部外者じゃねえよ。俺の仕事はお前ら姫様のお世話。つまりサポートだ。俺はがっつりお前の関係者だ。それにいつも一人最後まで残ってこんなに仕事してるんだろう?このままじゃ体壊すぞ?」
「あんたには関係ないでしょう!!」
六倉は顔を真っ赤にして怒鳴る。しかし開は冷静に言い返す。
「あるに決まってんだろう。どうせ誰かに手伝おうかって言われても自分がやった方が早いって言って一人でやってんだろう?」
「ゔっ……!」
俺の言葉に六倉は言葉を詰まらせる。図星か。俺は紙を一枚六倉に差し出す。
「ここの数字、間違えてるぞ。1年の数と2年の数が逆だ」
「ほ、ほんとだ……」
更にもう一枚渡す。
「ここの名前、なんでこことここでまったく別の場所になってんだ?」
「これ、
「少なくとも役には立つと思うが、な?」
「……わかったわよ!!ただしこっちをやって。いいわね?」
六倉は俺の取った束の上半分と自分の束の下半分を取り換える。
「そっちはまだ間違えてもどうにかなるやつだから」
まだまだ信頼は得られていないようだが。これも一歩ずつ勝ち取っていくしかないな。
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