吾輩は自動販売機である

雨宮 徹

吾輩は自動販売機である

 吾輩は自動販売機である。名前はまだない。



 長年、自動販売機でいると、様々な購入者と出会う。



 ある時は、ストレス発散に不良に殴られ、またある時は公園で遊んでいる子どものサッカーボールが当たった。正直、あまりいい記憶がない。



 そして、吾輩は自動販売機であるから、当然、飲み物の補給がされるわけだが、これがまた大変である。お腹を開けられて、飲み物を補充される。くすぐった過ぎて、笑いそうになる。いや、自動販売機が笑ったら、ホラーでしかないが。





 そんなある日だった。今回の客は小さな子どもだった。おそらく、小学生低学年だろう。小銭を手にして、吾輩を見上げている。吾輩の方が背が高いのだから、当たり前である。



「コーラがいいかな。それともオレンジジュースかな。うーん。よし、オレンジジュースに決めた!」



 どうやら、小さなお客様はオレンジジュースに決めたらしい。吾輩に小銭をどんどんと入れていく。しかし、ここで問題が起きた。オレンジジュースは150円。それに対し、入れられた小銭は140円。残念ながら10円足りない。



「10円足りないのか……。」少年は困惑している。



 今日は真夏日だ。小さなお客様は喉が渇いているに違いない。もし、飲み物が飲めなかったら、最悪の場合、死に至るかもしれない。



 吾輩はある決断をした。



 ガコン、ガコン。音を立ててオレンジジュースが落ちていく。



「え、オレンジジュースが落ちてきた!」



 少年は喉が渇いていたのか、キャップを開けるとぐいっと飲む。



 そして、吾輩を見ながらこう言った。



「ありがとう、自販機さん!」



 その顔は感謝の気持ちでいっぱいだった。



 おそらく、販売員からは「10円足りない!」と罵られ、八つ当たりされるかもしれない。それでもいいのだ。小さなお客様の笑顔が見られたのだから。

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吾輩は自動販売機である 雨宮 徹 @AmemiyaTooru1993

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