第19話 最終決戦

 神殿は、跡形あとかたもなくくずれてしまった……。あった場所は、すっかり瓦礫がれきの山と変ってしまっている。まだ砂煙が上がっている始末だ。

 俺達は、全員無事に脱出できた――しかし、俺はロゼルーナの安否あんぴを思うと、気が動転したままだ。居ても立っても居られずにロゼルーナの名を呼び叫んだ。


「蓮輔……。蓮輔」


「ロゼルーナ! 何処どこだ!? 俺は、ここにいるよ!」


 俺を呼ぶロゼルーナの声が瓦礫の下の何処からか聞こえる。俺は、取り敢えずホッとする。死んでいないようだな。声のした周辺とだろうと思う場所へ行ってみるしかない。そう思った俺は、瓦礫の上に上ろうとした。


「蓮輔ぇ! ワギャギャー!」


 瓦礫を上に吹き飛ばしながら叫び声を上げ、ヤミラスが出て来た。俺は、驚かされて思わずジャンプして下がる。 

 奴の尻尾しっぽには、ロゼルーナが突き刺さったままで、ぐったりしていた。それを見た俺は彼女を助けようと闇雲にヤミラスの尻尾の方へ行こうとする。その俺の肩を後ろから強く掴む手が有った。そのお陰で体をその場にとどまらせた。

 

「蓮輔、落ち着くんだ。焦ってもロゼルーナーは助けられんぞ。まず、ヤミラスを倒すんだ」


「わ、わかったよ。すまない、ラピーチ」


 焦る俺の心をラピーチが落ち着かせてくれた。


「ハハハハ! このヤミラスを人間とエルフが倒すだと? 面白い冗談だ。万が一に倒せたとしても、この身体の中のブラッククリスタルが起爆きばくし、この辺一帯いったいは大爆発よ。ちゃちな防御魔法では、防げぬわ」


 ヤミラスは、俺達に絶望感を味わすためか? 色々としゃべりやがる。しかし、本当なら厄介やっかいだぞ……考えても仕方が無いと思った。倒さなくても俺達とボダリア国は終わりになるだろう。選択の余地よちは無いのだから。


「随分とお喋りな魔人ね! うるさいのよ!」


 リーエルが叫び、弓で矢を射った。矢はヤミラスの右胸に突き刺さる。


かゆいわ!」


 全く効いていない様子で叫ぶヤミラス。弓の矢ぐらいじゃ、傷を与えれないのか。リーエルを見ると、ロングボウと矢筒を投げ捨てていた。そして、ノーマルソードを鞘から抜いた。効果の無い武器を捨てることで身軽になる選択をしたんだな。

 俺もリーエルに気持ちで負けてられないな! 俺は掛け声を上げながら、ヤミラスの腹部にバスタードソードで斬り付けた。その傷口から青い血液が飛び散った。


「グヌゥ」


 ヤミラスが苦痛の表情でうめいた。痛みを感じて怒りを発したのか、俺を右掌みぎてで弾き飛ばした。俺は、呻き声を発しながら地面に転がった。地面に血が垂れている。ひたいを触ると擦り傷があった。

 ラピーチとリーエルも果敢かかんに攻撃を仕掛けているようだ。

 二人とも頑張って攻撃を繰り返しているようだけど、ヤミラスに余り痛手いたでを与えられてない。そう思った俺は、ヤミラスを観察した。俺の斬った傷が治りかけている。ロゼルーナの治癒ちゆ能力か? それと飛ばないのは、ロゼルーナを尻尾に持っているからだな。このまま普通に剣での攻撃を繰り返してもらちかないと判断した。俺は、腕輪の魔法を使用することにした。


「腕輪よ。あいつの動きを遅くしたい」


『それならば、オクリコマを使うと良い。拳を握り、対象に向けて唱えるだけだ』


 俺の注文に腕輪は、答えた。俺はヤミラスに狙いを定める。二人が攻撃してからヤミラスの反撃を避けるであろう後退した瞬間を狙って唱える構えだ……。よし、その時が来た。心で叫ぶ、今だ!


「オクリコマ!」


 俺の手から銀色の光線が発射され、ヤミラスに命中した。すると、ヤミラスの動きが明らかに遅い。よし、成功だ。俺は、ヤミラスの背後に回り込み、尻尾を狙って剣を振り上げた。


「うおおおりゃー!」


 気合の雄叫びを上げて、尻尾に剣を振り下ろした。尻尾の付け根付近を切断する。その後、ヤミラスの二枚の羽に向けて、魔法攻撃ホウマジリヤを羽がボロボロになる程に撃ちまくった。


 流石のヤミラスも悲鳴の叫び声を上げた。ロゼルーナを奴の本体から切り離した効き目が増大だったようだな

 ロゼルーナに駆け寄り、尻尾の先を腹部から抜きながらはげます声を掛ける。すると彼女は、閉じていた眼を開けた。


「ロゼルーナ、大丈夫か?」


「蓮輔。ありがとう」


 小さく弱々しい声で述べると俺に抱き付いた。俺は、ロゼルーナを抱きかかえ、リンと美姫の所へ運んだ。


「ワギャアアアア!」


 ヤミラスが空を見上げ咆哮した。すると、黒い雲が空を覆い雨が降り始めた。


「雨が降り出しやがった。早めに終わらせるぜ」


 そう言いながら、両手に持ったグレートソードをヤミラスの腹に叩き込んだラピーチ。

 ガキーンと音がして、グレートソードは、弾かれた。それを見たリーザがノーマルソードで同じく腹部を斬り付けた。バキーンと音がして、剣先が折れて地面に落ちた。


「な、なんで? さっきより硬くなってるじゃない」


 リーエルは、青ざめた顔で落胆らくたんしたかの言葉を呟いた。空は稲光いなびかりがし、雷鳴がとどろいた。雨も激しくなる。


「ガハハハッ。これは、想定外だった。ダンピール娘の回復力は、無くなったが、逆に純粋じゅんすいな暗黒力となり、防御力がアップするとは――雨降って体が固まるだ」


 ヤミラスが意気揚々いきようようと語る。そして、リンとロゼルーナと美姫の三人と一緒にいる俺の方向を向いて口を大きく開けた。俺は、嫌な予感がした。ヤミラスの口の中が赤く光り出した。これは、絶体絶命の危機な感じだぞ……。

 

 絶望しかけた時、俺達の所へリーエルとラピーチの二人が走りこんで来る。危険を察知してくれたのだろう。


「聖なる力よ、出でよ! バリード!」


 リーエルの叫びに時の指輪が輝いた。俺達は防御魔法の金色の球体の中にいた。


 ヤミラスの雄叫おたけびが辺りに響くと、奴は口から炎を吐いた。雨と水溜みずたまりが高温の為に蒸発し、辺りは、湯気で真っ白くなった。リーエルがいなければ、丸焼きか蒸し焼き状態だったな。

 もう腕輪に頼るしかないと思うのだけど。強い魔法使用となれば、俺の身体はどうなる? 否、尋ねてみるか。


「腕輪よ、あの化け物、ヤミラスの暗黒の防御力を貫ける魔法はあるのか?」


『私は、神の魔法具と呼ばれている。魔人を貫くことは出来る。だが、かなり強力な魔法になるぞ。いいのか?』


 腕輪に心配されるなんて、この世に俺ぐらいだろうな。俺は、思わず苦笑した。もはや俺の心に迷いは無かった。


「構わない。それは、どうすればいい?」


『天に向けて拳を握り、ホウケンザンと唱えるのだ。光の剣が空中に現れる。剣が存在する間は、腕を動かして操れるので、敵を攻撃するのだ』


 俺は、生命の腕輪の説明を心静かに聞いた……。そして、最後の攻撃をする事を決心した。

 防御魔法の維持を必死に続けているリーエルに俺は、話しかけた。彼女は、真剣な表情をして前方を向いたまま聞いているようだった。


「リーエル、ヤミラスのこの攻撃が止まったら、俺は攻撃を仕掛けようと思う」


「そう……。わかったわ。攻撃がとまったら、直ぐにバリードを解除するから」


 リーエルは、静かに言った。


「それで、ヤミラスを倒した後なんだが……」


 俺は、リーエルの負担を考えると言葉に詰まった。


「わかってるわ。最後の大爆発には、最大防御魔法のハイパーバリードでえてみせるわ」


 俺の顔を見て、微笑むリーエルの言葉。俺は頷いた。彼女も気持ちは俺と同じだと感じることができた。

 やがて、無駄だと判ったらしく、ヤミラスの炎攻撃が止まった。それから少しして、リーエルの防御魔法が解除されたようだ。金色の球体が消えた。俺は、かさず左手の拳を握って天に掲げた。


「ホウケンザン!」


 俺は、気合を入れて唱えた。すると、俺の身体は銀の光りに包まれる。生命の腕輪からは銀色に輝く光が大量に放出されている……やがて銀色に光り輝く巨大な剣を造った。


「何だそれは!」


 驚き叫ぶヤミラス。流石に狼狽うろたえているようだな。俺は、最後の気合を入れて攻撃態勢に入った。


「これで、貴様の最後だ! うおりゃー!」


 俺は、思いっきり叫びながら、ヤミラスの姿に向けて拳を突き出した。巨大な剣は、超高速でヤミラスに飛び、ヤミラスの体の中心を貫いた。そこから青黒い血が飛び散った。


「ヌギャァァァァァ!」


 ヤミラスの物凄い悲鳴が辺りに響く。俺は、突き出した腕を後ろに引いた。すると、巨大な剣は、ヤミラスの身体から抜ける。間を開けずに俺は、腕を動かして、ヤミラスの首の部分を横に勢いよくなぞる仕草をした。すると、巨大な剣は、ヤミラスの首を斬り飛ばした。青黒い血しぶきと共に切られた首が吹き飛ぶ。

 ヤミラスの首は、落下した後に地面を少し転がった。それが止まると口をパクパクさすのが見える。


「私が死んでも魔族は、この地にいつの日かまた現れるであろう。クックック、ブラッククリスタルの大爆発で、お前達は、道連れだ。グハッ!」


 パクパクした口が喋り出し、ヤミラスの首が最後に語って果てた。だが、身体の部分が真っ赤に光り出した。大爆発の前兆なのか? 

 それを見たであろうリーエルは、両腕を天に掲げた。


「聖なる力よ、出でよ! ハイパーバリード!」


 リーエルの叫びと同時に発生した金色に輝く球体の中に俺達は居た。今回は、前のよりも輝きが強い。頑張ってくれたんだな。俺は、リーエルに大感謝だった。


「怖いわ。ラピーチ」


「美姫、大丈夫だ。リーエルを信じるんだ」


 ラピーチと美姫は、そう話して寄り添っている。

 俺は、ふと、水溜まりに目をやった。そこには、白髪で眉毛も白く、顔にしわのある老人の姿があった……。俺は、水溜まりから目を背けた。

 そんな俺に気づいてか、ロゼルーナがとなりに来て、手を握ってくれた。もう、俺の介護ですか? 笑えない冗談は声に出ない……。


 そんな思いの刹那せつなすさまじい閃光せんこうがヤミラスの身体から発せられたのが見えた……。

 ドゴーゴーン! と物凄ものすごい爆音がした。余りの凄まじいエネルギーの光に俺は、目を開けていられなかった。爆風であろう風の音が耳に入る。


「はあああああー!」


 リーエルの気合の入っていると感じる叫び声が聞こえたんだ……。

やがて、辺りが静かになった。どうやら大爆発を乗り切ったみたいだな。俺は、目を開けてみると、神殿の瓦礫がれき等の痕跡こんせきは無くなっていた。全ては、熱と爆風で消えたのか……。リーエルのお陰で助かったな。


「リーエル、ありがとう。リーエル?」


 俺は、呼んでも返事が無いため、リーエルを目で捜した。彼女の姿は無かった……。

 着ていた緑色の服と革鎧だけが、俺の眼に映った。


「そんな、嘘だろ? リーエル」


 俺は、気持ち的には叫んだが、老いてあまり声が出なかった。嗚呼ああ、何てことだろう。リーエルは、消えてしまったのか……。俺は、悲しみに耐えられずに、うなだれてリーエルの形見の服を眺めていた。

 すると、リーエルの服がゴソゴソと動いた。何だとビックリした。モグラか? と一瞬思う。


「だぁだぁ」


 金髪のエルフの赤ちゃんがリーエルの服から顔を出した。リーエル……。存在が消滅しなくて良かった。俺は、心の底からホッとした。

 

「わぁ、可愛い」


 美姫がリーエルを見て微笑んで言う。ロゼルーナーがリーエルの服で赤子の体を包んでから、抱き上げた。


「可愛いくて、温かい」


 笑った赤子のリーエルを見詰めながら呟いたロゼルーナ。あんな優しい顔をするんだなロゼルーナも――素敵なその姿を見て、戦いは終わったんだなと実感する事が出来た……。


 やがて、雨が止み、雨雲が去った。そして輝く太陽が現れて、眩しい光で俺達と辺りを照らした。リンも顔に日光が当たると、眩しかったのだろう。気がついて起き上がった。


「終わったの?」


「ああ、終わったよ。俺達の勝利だ」


 キョトンとして見えるリンの質問にラピーチが満足そうに笑顔で答えた。リンは、ばつが悪そうな感じで微笑んだ顔をする。


「ばぶー!」


 突然に赤子のリーエルが空を見上げて指差して叫んだ。すると自然と皆が一斉に指先の方向の空を見上げていた。

 青空には、七色の大きな虹が掛かっていた。

 太陽と虹の祝福に俺の心は穏やかで、そして満たされていた……。


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