第13話 別れの満月

 ダークピンク色をしたドレス姿のロゼルーナに連れられて、俺は、地下への階段を下りて行った。そして地下にある廊下を通り、両開きの大きな広間の扉に行き着いた。扉を開き、俺とロゼルーナは、中へ入った。

 広間のような部屋は、ランプの光はあるが薄暗い。見渡して見たが、殺風景さっぷうけいな大広間だ。


「ロゼルーナ、お前が素直に部屋から出て来るとは、珍しいな。予言の勇者が気に入ったか?」


 部屋前方の豪華な椅子に足を組んで座っていた男性が、ロゼルーナを見ながら喋りかけた。

 その男性は、銀色短髪で色白の肌。服は、黒のタキシードを着ていた。パット見て、美男でモテそうなタイプだと思った。


「お父様と一緒にしないで。直ぐにそんな気にならないわ」


 ロゼルーナの返答はムキになった様に思える。勝手に運命の出会いを感じていた俺の心は、軽くショックを受けた……。

 しかし、ロゼルーナの父親にしては見た目が若いな。先生と同年代に見えるぞ。流石さすが、ヴァンパイアだな。


「さて、予言の勇者よ。我がこの城の主、ネルヒだ」


 そう言い、辺境伯は俺を凝視ぎょうしした。凄い威圧感いあつかんだ。だが、負ける訳にはいかない。それと勝手な行動をしてしまったからな。今更ながら皆のことが心配になっていた。安否あんぴを知りたい。


「俺は、雉山蓮輔です。皆は無事なんですか?」


「心配はいらない。別室でお茶を楽しんでもらっているよ」


 そう聞いて安心した俺は、目的を果たすことにした。


「それでは、不躾ぶしつけながら要件を言います。あなたが所有している生命の腕輪を渡していただきたい。世界を救う為に必要なんです」


「フッ、人間風情ふぜいがあの腕輪を欲しがるか……そうだな、腕輪と麻夜まやを交換するのは、どうだね」


 先生と生命の腕輪を交換する提案だと? 先生は、物じゃないんだぞ。俺を舐めているのか? 勿論もちろん却下きゃっかだ。そう思って、直ぐに決断した俺は、拒否を返答した。

 さっきまで微笑んでいた辺境伯の雰囲気ふんいきが一変したように感じる。顔に怒りが表れている様に見えた。


「ならば、あきらめるのだな。腕輪も、世界も!」


「それもない! 人々の笑顔を絶やさず守る為なんだ。俺は、負けない!」


 俺は迷い無く叫んだ。心は燃えていた。


「そうか。では、その覚悟を見せてもらうとしよう」


 そう言うと辺境伯は、立ち上がった瞬間に俺の視界から消えた。そして、俺の背中に衝撃が走った。辺境伯に蹴りをいれられたようだ。クソッ、ネルヒめ! しかしマジか? プレートメールだぞ。なのにこの痛みかよ……。俺は直ぐに後ろを振り返ったがネルヒの姿は無い。


「速い!」


 そう叫ぶやいなや顔面に激痛が走る。奴が俺の顔面をパンチングボールのように拳で連打した。モロに攻撃をらい続けてしまう。俺は、うめき声を出して血反吐ちへどを吐いた。

 そんな俺の姿を見たネルヒは、一旦攻撃を停止して立ち止まっている。


「さあ、どうする? この城で暮らすのは、どうかね? 闇の世界になっても守ってやろう」


 ネルヒは俺に手を差し伸べて、提案してくる。だが俺は、その手を払いのけた。


「お、お断りだ。目的や夢を失って生き延びても――意味がない」


 俺の返答を聞いてネルヒの表情は、気のせいか穏やかな気がした。


「では、残念だが、さよならだ」


 ネルヒが右手を横に出すと壁に掛かっていた剣が奴の手元に飛んで来た。剣を握り俺を狙うべく構えるネルヒ。俺は静かに目を閉じた……。


「待って! 蓮輔は、殺させないわ」


 ロゼルーナ……俺をかばってくれるのか? 父親であるネルヒに立ちはだかってるようだ。ネルヒは、無言でロゼルーナをただ見詰めていた。すると、ロゼルーナの身体が銀色に輝き出した。そして、その輝く光はロゼルーナの身体から抜け出て彼女の前で、リングを形成した。ロゼルーナは、そのリングの光に両手を添えた。

 やがて、ロゼルーナの手のひらには、銀色に輝く腕輪であろう物が現れた。


「ロゼルーナの中に封印していた生命の腕輪が現れたか。蓮輔といったか。君は、ロゼルーナと腕輪に選ばれたようだな。この腕輪は、強力な神の魔法具だ。つまらん者に、おいそれと渡せる品物じゃない。使う者の心と覚悟を試す必要があったのだ。我が剣を寸止めで合格とすべしだったが……よもやロゼルーナが割り込んで来るとは思わんだな」


 ネルヒは、微笑して、握っていた剣を床へ放り投げた後に、ロゼルーナの方を見た。ロゼルーナは、照れたような表情になったように見えた。


「お父様の殺気が、本物だったからよ」


「フフフ、そうかも知れんな。実際に彼が我の提案に乗ってきたら、彼は死んでいたよ」


 ネルヒ――もとい、辺境伯は、それも一興だったかのような口ぶりだ。ははは、この親子と居ると命がいくつ有っても足らないな。俺は、苦笑した……。

 辺境伯が唐突に指をパチンと鳴らした。すると、しばらくして扉が開いた。執事が入口で待機すると、ラピーチに美姫、リーエルにリンが入って来た。すると、執事は、そそくさと出て行った。


「蓮輔、ここに居たのか。どうしたんだその顔は?」


「ああ、ちょっとね」


 もしかしたら死んでいたかもしれない事態などと知らないラピーチは、いつもの調子で尋ねてきた。俺は、適当にはぐらかした。ラピーチが辺境伯に怒ったりしても面倒だから。


「さては、辺境伯の御令嬢ごれいじょうに手を出そうとしたな?」


 ラピーチが、にやけながら言う。まさかのその発想か! 心の中で叫ぶのだが、それにしとけと思った。だからお茶を濁すような苦笑いをするだけだ。

 そしたらなぐさめるかのように美姫が回復ポーションを渡してくれて、一気に俺は飲み干した。


「ファイター! ふっかーつ!」


 俺は、大声で叫びながら、空のポーションの瓶を胸から手を伸ばして前へつき出した。


「なんだそれ。気に入った。何だか燃えるぜ」


 ラピーチが俺の行為を見て喜んだ。しらけなくて良かった。リンは、冷たい視線だが。

 そうこうしていると、扉が開いた。執事がまた入口で待機すると、先生が純白のドレス姿で現れた。そして、その後について来たのは執事の服装をした黒毛の狼男だった。

 俺は息を呑んだ。先生の姿では無く、後ろの狼男にショックを受けた。


「い、犬養。犬養なのか?」


 俺は、黒毛の狼男に語りかけた。その狼男は、俺を見詰めて静かに頷いた。

 先生の方は、辺境伯の隣に寄り添った。なんだか毅然きぜんとした態度に見える。


「皆、ごめんなさい。私は、辺境伯様の妻になるの。だから、ここで暮らすから」


「えっ!」


 先生の言葉に俺は、声を上げた。皆、同じ様な反応をして、驚きを隠せれない感じだ。予想外の展開だからな。まさか、生徒を守る為に己の身を差し上げます的な事か? 俺は、心配した。


「何故? 辺境伯が交換条件でもだしたのですか?」


 俺は、先生に問いかける。辺境伯が俺をにらんでるような……怒るのかよ? そんな提案をあなたが言っていたじゃないかと思いながら、俺は、目をそらした。


「これは、麻夜の意志だ。我は、強制などせぬ」


 伯爵は、そう言い先生の顔を見た。先生は頷く。


「そうこれは、私の望んだこと。もう年老いて行くの耐えられない……。学校で若い生徒を見て、自分と年齢差ができていくのが辛かったのよ!」


 先生は、本音をぶちまけた。俺は、もう何も言えなかった。他の皆も反対意見をする者がでない。本人の希望なら仕方がないと皆も思ったのだろう。あと、気になるのは犬養だ。


「それじゃあ、犬養のその執事の格好は何なんだ?」


「俺は、辺境伯様に仕えるんだ。そして、麻夜様を御守りするんだ」


「麻夜様って呼び方なんなんだよ! お前それでいいのかよ!」


 犬養の返答を聞いて、そんな馬鹿な辛い行為だと思い、俺は、いきどおり叫ぶ。でも犬養は、俺の意見を聞いても眉一つ動かさない。冷静さを保っているようだった。


「いいんだ……。それが俺の喜びであり、生き甲斐なんだ」


 犬養は俺の目を見詰めて真剣な表情のままだ。その熱い瞳に迷いがない事をさとってしまう。


「そういう訳だ。予言の勇者蓮輔。生命の腕輪は持っていくがいい。君の活躍かつやくを楽しませて貰うよ。ロゼルーナは、見届け役で同行させよう。戦いに勝利した時は、我の宝を褒美ほうびとしよう」


 そう言い終わると辺境伯はロゼルーナを見た。ロゼルーナは、ハッとした表情をしている。どうやら事前に聞いてないのだろう。でも、ムッとした感じは無いような気がする……。


「し、仕方がないわね。退屈だし、行ってあげるわよ」


 辺境伯の意見に意を決したのか? ロゼルーナが了承した。俺は、ホッとした。先生と犬養が抜けたら仲間が減る一方だからな。ロゼルーナが一緒に来るなら気持ちが落ち着けそうだ。

 色々と有ったが、これで今回の目的は達成されたのだった。



 *****


 帰還する事にした俺達は、辺境伯の居城の扉前で各々が先生との別れを惜しんだ。先生は見送りに来ている。しかし犬養の姿は無かった……。俺と美姫は、先生に今一度、最後の別れを告げると、先生の眼から涙がこぼれた。何だかんだあったけど、良い先生だった。俺は、最後に先生に感謝した。

 

「二人とも達者でね。無理しないでね」


 そう言うと先生は、涙を指でぬぐった。俺達二人は、元気に返事をして手を振る挨拶をする。 

 

 俺達が辺境伯の城の外に出ると、辺りは暗くなっていた。空を見上げると、星空と満月が輝いている。

 それから歩いて城門の外まで出た。そこまで来ないと、アンチワーベラの魔法結界が張られているらしいのだ。まぁ、そうじゃないと、魔導士が勝手に入り放題だからな。


「オォォーン! オォォーン!」


 突然、狼の遠吠えが城の周りに響いた。城の方を見上げると、バルコニーから黒毛の狼男が満月に向かって吠えているのが見えた……。俺には、犬養の別れの挨拶だと感じることができる。最後まで犬養らしいと思う。俺も自分の運命に向かって進むだけだ。


「さらばだ……犬養」


 満月に向かって呟いた俺の眼から涙があふれ、流れ出した……。


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