第10話 告白の決断と悲劇

 武器や武具を装備し、出発準備を整えた俺達は、城門前に集合した。そこに幌馬車は無かった。


「ラピーチ、幌馬車で行かないのか?」


「ああ、今日は、リンが一緒だからな。ネルヒ辺境伯の城近辺まで、魔法で移動だ。俺は、幌馬車が乙で好きなんだが。時間がかかるから却下だと」


 残念そうなラピーチ。リンが俺とラピーチの方を見ていた。会話を聞かれたかな?


「遊びに行くんじゃないんだから。むしろ感謝して欲しいわね」


 やはり文句を言ってきたリン。俺は、シュンとした。ラピーチも同じ感じみたいだな。その光景を見ていたのか、美姫がラピーチの横に駆け寄って来た。

 美姫がラピーチをなぐさめる感じで話しをしている。聞く気はないが、話声が耳に入る……どうやら二人は、落ち着いたら馬車でデートする約束をしたみたいだな。二人は、見つめ合っている。緊張感ゼロだな。リンが正しいのだろうと思ってしまった。


「俺は、先生の馬車になりますよ」


 急に犬養が真面目な顔で先生に話しかけた。先生は無言だ。眼帯なしで、ぎょっとした顔をしている。どんな意味だ? 運転手でもいいから一緒に居たいのか? 俺は、犬養のことが心配になってきた。


 リンは、もう俺達にはお構いなく、右手の杖を掲げていた。


「それじゃあ、飛ぶわ! ワーベラ!」


 リンが叫ぶと、全員が赤い光に包まれたのだった……。



 *****


 鳥の鳴き声と羽ばたく音が聞こえた。俺は、山道に立って居た。道の片方は崖で、もう片方は木が生い茂った山側だった。俺は、直ぐに周りを見渡す。皆が側に居て、ほっとした。


「皆、無事ね? ここからネルヒ辺境伯へんきょうはくの城は、すぐそこよ」


「待ってくれ! 美姫の体調が悪いみたいなんだ!」


 山道を登ろうとしたリンを制止するためか、ラピーチがリンに向かって叫んだ。美姫を見ると苦しそうな表情だ。


「ワーベラ酔いね。遠くへ飛ぶと、なる人がいるのよ。少し休息すれば良くなるわ」


 リンが落ち着いた感じでそう答えた。俺達は、少し休息することになった。

俺が腰かけて休んでいると、犬養が神妙しんみょうな顔で寄って来た。珍しく、先生から離れて。


「雉山、俺は、今から先生に思いを告白する」


 犬養が小さな声で俺にささやいた。俺は、耳を疑った。


「はぁ、何で今なんだよ」


 俺も小さな声で問う。犬養は、一瞬悲しげな顔をした。


「猿谷が死んじまったからな。俺も今日死ぬかも知れない。心残りは無くしたい。俺一人で向こうへと先生を呼ぶのは無理だから、雉山も立ち会ってくれ。頼む」


「わかったよ」


 犬養の真剣な眼差しを見て、俺は承諾しょうだくした。 

 

 俺と犬養は、先生を皆から離し、少し山道を登った場所に連れて行った。俺は、さり気なく二人と少し距離をとった。


「どうしたの? ここに何かあるの?」


 先生が犬養に尋ねる。犬養の拳がグッと握られ、意を決したのが俺には分かる。


「先生。俺、話があるんです」


 犬養がそう言った直後に近くの茂みが、ガサガサ揺れた――グオッ! っと大型犬のような獣の叫びがした。すると何かが茂みから飛び出した。灰色の毛で覆われた人物が先生の後ろに立った。


「きゃあ!」


 先生は、腕を掴まれ悲鳴を上げた。先生の腕を掴んだ人物の顔は、狼の顔をしていた。


「やばいぞ! 狼男だ!」


 俺は、叫んだ。犬養は、狼男に無謀むぼうにも殴りかかるのが見えた。情景反射だったのだろう。


 先生を助けようと叫びながら必死の抵抗をこころみたであろう犬養。しかし、素早い狼男に犬養のパンチは、空を切るばかりだ。そして逆に拳を噛みつかれてしまったのが俺の目に映った。くそっ、なんてこった!


「うわぁー!」


 悲鳴を上げて、両膝を突き苦しむ犬養。噛まれた手の甲から血がたらたらと流れ出ていた。


「ウオオオオオーン!」


 狼男は、天を見上げて咆哮をすると、抵抗する先生を無理やり抱えて走り去って行った。それを犬養は『先生!』と呼び叫びながら、追って山奥に入って行った。俺は、予想外の一瞬の出来事に驚くばかりで、一緒に追う判断が出来なかった。


「犬養ー!」


 俺の犬養を呼ぶ声がむなしく山に木霊こだました……。



 他の四人が呆然ぼうぜんとしている俺のもとにやって来る。俺は、四人に出来事を語った。


「犬養は、もう病気だな」


 ラピーチが険しい顔で皆に言う。リンとリーエルがうなずいた。


「い、いや。犬養は、純粋に先生が好きなだけで、決して恋愛狂いみたいな病気じゃないよ」


 俺は、犬養をかばう為に三人に慌てて言う。俺の意見に美姫が二回頷いた。


「こらこら。蓮輔、そうじゃない。犬養は、狼男のウイルスにおかされている。つまり、狼人間になるんだ」


「そんな……」


 ラピーチの説明に俺は、ショックを受けて言葉にならなかった。


「先生をさらった狼男は、ネルヒ辺境伯の手の者かもしれないわ。辺境伯は、優秀な番狼ばんろうを飼っているとうわさがあるけど、昼間に変身できるからよ」


 リンは、相変わらず冷静沈着な態度で語る。


「そうなら、ネルヒの城に急ぐぞ!」


 ラピーチが急ぎ足で山道を登り始めた。俺と他の三人もラピーチの後を追った。犬養と先生、二人の無事を願いながら……。

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