第8話 女王の恋

 ミヤマオ城で葬儀が行われた。ゴブリン達から村娘を救う為に戦い、名誉の戦死をした英雄猿谷の葬儀だった。そして、猿ヤンは埋葬された……。


 その後、俺達は、謁見えっけんの間に集められた。謁見の間には、黒い衣装を着た女王陛下が玉座に座っていた。その表情は、悲しそうな感じだ。


「皆さん、ゴブリン退治は、ご苦労様。時の指輪も回収し、何よりね。指輪は国で預かるわ。全員無事を願ってたけど……。猿谷のことは、残念だわ。でも、選ばれし勇者の一人として、この国の伝説となって語り継がれる」


 女王陛下は、俺達にねぎらいの言葉をかけた。猿ヤンの事を悲しんでくれているのは分かるんだ。だけど……人間は、死んじまったら終わりだ。猿ヤンは、勇者になるより、お笑い芸人になりたかったんだ! 俺は心の中で叫び、拳を握りしめていた。


「次の任務は、生命の腕輪を手に入れることよ。生命の腕輪は、城から南の方角に位置にあるポーサン山にある古城に住む、ネルヒ辺境伯へんきょうはくが持ってるわ。問題は、辺境伯がヴァンパイアであることよ」


 女王陛下は、淡々と話しを始める。俺は、友を失った悲しみが、怒りに変わり、押さえられなくなってきた。


「ちょっと待てよ。色欲怪物の次は、吸血鬼だって? 冗談じゃないよ!」


 俺は、声を荒げて女王に食って掛かってしまった。女王陛下は、驚いた顔をしたようだった……。しかし直ぐに険しい顔に変わったのを見た。


「世界の危機がせまってるの! 悠長ゆうちょうな事を言ってられないのよ!」


「それなら、自分で行けばいいじゃないか!」


 俺も女王陛下もテンションが上がり、言い合いになる。君主に対して、こんな無礼な行動をする者は居ないだろうな。普通ならば罰せられるはずだ。でも、俺のいきどおりの感情は、後の事を考えたりして抑えれない程だった。


「蓮輔! 女王陛下に対して、なんて口の利き方よ! あんた男でしょう。女性には優しくしなさいよ」


 急に由衣が話しに割って入ってきた。その顔は、険しかった。


「由衣! お前どっちの味方だよ! 男女平等だろうが!」


「ここは、日本じゃないのよ!」


 いつの間にか俺と由衣の言い合いに変わっていた。見かねたのか、ラピーチが俺と由衣の間に入って、なだめた。すると由衣は、俺に背を向けた。


「女王陛下。ええい、堅苦しいな。エディット、蓮輔のことは、勘弁してやってくれ。辛いのは、皆も同じなんだ。今日のところは、これでお開きにしとこうぜ」


 ラピーチの提案に女王陛下は、了承した。

 俺は、謁見の間を足早に出ると直ぐに自分の部屋に向かう。



 *****

 

 部屋に入るとベッドに倒れこむ。そして、目を閉じた。幼き時を思い出していた。いつも由衣と猿ヤンが居た。三人で楽しかったなぁ。猿ヤンが居てくれれば……。

 

 俺は、しばらくの間眠っていたようだ。窓の外を見ると、日は暮れて暗くなっていた。

 少しぼーっとしていると、部屋のドアをノックする音がした。誰だ? 犬養かな? 何の用だろ珍しいな。俺は、勝手な想像をする。


「はーい。誰?」


「私よ、エディットよ」


 エディットって女王陛下と同じ名前じゃないか。またまたぁ、何の冗談だよ。そう思いながら、ドアを開けた。


「あ!」


 俺は、思わず声を上げた。ドアの前には本当に女王陛下が立って居た。女王は、赤いドレスを着ていて、手に夕食とワインボトルとグラスを二つを載せたトレーを持っていた。


「な、何の用? 女王陛下」


「女王陛下は、よして。エディットって呼んで。食事まだなんでしょう。空腹だと思って持って来たわ」


 いきなり名前で呼んでってどういう事だ? まぁ本人がそう希望するなら仕方ないか。しかし、笑顔で陛下が直々に食事を運んで来るって、どんな展開だよ。


「昼間は、ごめんなさい。蓮輔の気持ちも考えないで。反省してるわ」


 エディットは、そう言いながらテーブルにトレーを置き、椅子に腰かけた。


「ああ、俺も言い過ぎたかも知れない。ごめん」


 眠ったことで、怒りが収まっていた俺も素直に謝ることが出来た。それと普通にため口でしゃべっていた。


「さあ、冷めないうちに食べて、私もワインを頂くわ」


 そう言って、二つのグラスにワインを注ぐエディット。俺もエディットと向い合せで椅子に

腰かけた。


「いただきます」


 俺は、取り敢えず食事を始めた。メニューは、シチューと卵焼きとパンだった。

 エディットもグラスを手に取ると、一気に飲み干した。しかし、いい飲みっぷりだな。


「ふぅー」


 頬を少し赤くして、溜息を吐くエディット。そして、食事をしている俺の顔をジッと見つめた。照れるじゃないか。俺は、目を逸らして、ワインを二口程飲んだ。

 エディットは、ワインの二杯目を楽しんでいた。


「ねぇ、美味しい?」


 不意にエディットがそう聞いてきた。俺は、口に頬張ってるのを呑み込むと微笑んで美味しいと答えるのだ。いつも思うが、この城で出される食事の味には満足している。俺の返答に彼女も嬉しそうな顔になった。


「それ、私が作ったのよ」


「え! 本当に? 凄いよ、美味しいよ」


 俺は、驚いた。まさか、女王陛下の手料理が食べれるなんて! しかも美味いじゃないか。普通にいい奥さんになれる女性だよと感動していた。


「ふふふ、嘘! 嘘よ! 私、生まれてから、お料理したこと、一回もないわ」


 エディットは、凄く嬉しそうにそう言った。酔っぱらってるのか? 俺の感動返せよな。心は、しらけた。


「でも、この城にずっと居れば、毎日美味しい料理が食べれるわ」


「まぁ、そうだね。悪くないね」


 真面目な表情になりそう言うエディットに俺は気軽にそう答えた。すると、エディットは左手で俺の右手を握った。驚いた。どうしたんだ? 手は柔らかくて、凄く温かいな。


「ねぇ、私の事……。どう思う」


「凄く可愛いと思うよ」


 質問は、エディットの酔狂だろうと思った。でも恥ずかしそうな表情をするのを見て、可愛いと思ったのでそう返答する。俺の答えを聞いて彼女は、真っ赤な照れた顔になった。


「じゃあ、嫌いじゃないってことね」


 そう言いながら立ち上がるエディット。そして、俺の真横に立った。


「も、もちろんだよ」


 何だ? と思いつつエディットを見上げて俺は答えた。


「蓮輔……。立ち上がって」


 エディットは、小さくて優しい声でそう言った。俺は、言われるがままに立ち上がった。

 すると、エディットは俺の顔を見上げて、ジッと見つめた。そして、目を閉じた。


「えっ」


俺は驚きの声を漏らす。この態度は、キスの催促なのか? 尋ねるのは、野暮だろうな。

 俺は、エディットの両肩を掴んだ。そしたら、震えているのがわかる。エディットの閉じた目から涙がにじんでいた。俺は、何か違うな。そう思い、キスをしない決意になる。

 俺は、エディットの肩から手を離した。


「もう、自分の部屋に帰った方がいいよ」


「何で? 何でだめなの?」


 パッと目を見開いて、問いかけてくるエディット。瞳から涙が流れ出た。


「いや、あの、その……雰囲気が違うというか……」


 俺は、上手く理由が言えずに困ってしまう。悪い心が思う。坊やなんだよと。

 そうしていたら、部屋のドアがノックも無しに開いた。俺は、反応して部屋の入り口に目をやった。


「由衣!」


 俺は、驚きの声を上げる。由衣は、険しい表情をして俺に近づいて来る。由衣が俺の頬に平手打ちをした。俺は、ムッとして由衣を睨んだ。由衣に悪びれた様子無しだ。


「痛いじゃないか! 何てことするんだよ! 俺は、何もしてないよ!」

 

「それが、駄目なのよ! 役に立たない男ね! エディットを泣かして何してるのよ!」


 何で怒られているのか? 俺には、理解が出来なかった。由衣と言い合いになるにつれ、俺の頭は混乱してきた。


「由衣ごめーん。駄目だったぁ」


 そう言って由衣の胸に飛び込み抱きつくエディット。由衣も受け入れて抱いていた。


「エディットは、悪くないよ。頑張ったね。よし、よし」


 そう言いエディットの頭を撫でる由衣。エディットは微笑んでいた。


「じゃあ、由衣。ご褒美を頂戴」


 エディットが甘えるような声で言った。それを聞いた由衣の顔が微笑した。


「うん。いいよ」


 そう答えて、由衣が目を閉じたエディットに顔を近づけていく。今度のエディットは、泣いてない。

 そして、二人は口づけを交わした。二人は、キスしたまま少し顔を動かしている。こ、これは、ディープなやつだ!

 俺が呆気にとられて凝視していると、二人は我に返ったのか、唇を離して横目で俺を見た。


「ちょっと、見ないでよ。エッチ」


 由衣が俺のせいで、しらけたみたいな感じに言った。


「ここは、俺の部屋なんですけど! 大体なんなんだよ。俺に用がないなら、自分達の部屋で続きをどうぞ」


 そう言うと、由衣とエディットは、抱き合うのをやめた。


「率直に言うわ。蓮輔、エディットの旦那になりなさい。そして、子供を作るのよ。以上」


「何でそうなる?」


 俺は、率直過ぎて、とまどった……。

 なんとエディットは、由衣と愛し合っていたのだ。男性と結婚したくないが、ボダリア国に世継ぎが要るので縁談の話しが持ち上がっていると言う。知らない男と結婚するくらいなら、俺で我慢するという考えらしいのだが。俺としては、了解する事は出来ないな。種馬みたいだからなぁ……。


「俺を選んでくれて嬉しいが、無理だよ。ごめんよ、エディット」


 俺は、きっぱりと断った。由衣は、不満そうな顔をしたが、エディットは微笑んだ。


「そう。私の方こそ、ごめんなさい。このことは忘れて。何か他の方法を考えるから」


 そう言って、エディットは由衣の手を取り、部屋から出て行った。


「ふぅ」


 溜息をついた俺は、ふらっと椅子に座り込んだ。


「由衣がねぇ……」


 そう呟いて、目を閉じた。人生色々あるなと、しみじみと心に感じていた。


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