第7話 愛する者の為に
ランタンの明かりを頼りに俺達は、洞窟を奥へ進んで行く。洞窟の中は、異様な雰囲気が
やがて、洞窟の広間の様な場所が見えた。そこから、
「単純な構造の洞窟だったな。ちょっと様子を
ラピーチは、そう言い広間を
「ゴブリン共がおよそ三十匹ってとこだ。それと、大きなゴブリン族長が居やがった。あと、
ラピーチの話を聞き、リーエルが広間の様子を見に行こうとする。するとジュリアンもリーエルについて行こうとしたのだ。
「私も見に行く。姉さんがいるかも知れないわ」
*****
戻ったリーエルは、仲間の仇の様子を熱く語った。ジュリアンも念願の姉を見つけて興奮気味な感じだ。どうやら姉のポリアンサは、ゴブリンの族長らしき者の近くに一人でいるらしいとの事だった。
「時の指輪に間違いないわ。指に
「リーエルありがとう。俺達の目的は、全てそこにあるって訳だ……。やるぞ」
ラピーチの言葉に一同が無言で
「よし、突撃」
ラピーチは、小声で号令をかける。俺達は、弾倉付きクロスボウを構え、勢い良く洞窟の広間に突入する。
広間には、ゴブリンが各々の行動をしているのが見える。囚われの女性達は、少し離れて木製の檻に七人が入れられていた。
よし、まだゴブリン共は、こっちに気付いてないな。今、助けてあげるからと、はやる心。
「撃てー!」
ラピーチが叫んだ。弾倉付きクロスボウを持つ者は、一斉に矢を発射した。リーエルは、ロングボウで、矢を射る。防具無しの油断しきっているゴブリン達に矢は、容赦なく襲い掛かる。
「プギャー!」
「ギゲー!」
次々にゴブリン達の断末魔の叫び声が洞窟の広間に響き渡った。三十匹ぐらいいたゴブリンは、残り十数匹ぐらいになっていた。
ゴブリン族長は、仲間のゴブリンを盾代わりにして致命傷になる矢を避けていた。
「グオー! 貴様ら、許さんガー! 殺すガー!」
怒りが頂点に達したであろう。ゴブリン族長が鬼の
「あいつとやり合う前に、皆で女達を助けるぞ」
ラピーチは、木製の檻の場所に向けて駆けて行く。俺達も後を追う。しかし、突然に猿ヤンが立ち止まった。
「俺は、ジュリアンの姉さんを助けに向かうよ」
「私も行くわ」
そう言いゴブリン族長の居る方へ駆け出す猿ヤンとジュリアンの二人。
「二人共、わかれた行動は、危険だ!」
俺は、とっさに叫んだ。だが、猿ヤンの耳には入らない。ジュリアンの為なのだろうが、焦りすぎだぞ猿ヤン! 俺は気が気でない。
「こっちはいいから、蓮輔と犬養、行ってやれ!」
俺の気持ちを察してくれてか、ラピーチは、そう言ってくれた。俺は、願ったりだ。一緒に猿ヤンを追うように声を掛けると、犬養は、むっとした表情をしている感じだった。
「猿谷め、俺は先生を守らなきゃ、いけないのに!」
文句を言いながらも犬養は俺と共に、猿ヤンの行った方へ向かう。
「猿ヤン! ゴブリン族長は、俺と犬養が
「猿谷、この貸しは、ちゃんと返せよ!」
「蓮ちゃん、犬養、ありがとう!」
猿ヤンは、元気な声で答えた。
「くらえー!」
俺は、そう叫けび、弾倉付きクロスボウをゴブリン族長に発射した。矢は、肩に命中した。
ゴブリン族長は、痛みを堪える声を出し、顔を
「グオー!」
ゴブリン族長が唸り、俺達に向かって棍棒を振った。俺と犬養は、
「犬養、倒すことを考えるな! とりあえずは時間稼ぎだ!」
俺は、犬養を心配して叫ぶ。
「わかっているが……」
そう言う犬養に棍棒攻撃が何回か繰り返された。犬養は、しゃがんだり、転がったりして避けきった。猿ヤン、急いでくれ。俺は、猿ヤンの様子を見ながらゴブリン族長の相手をする。
「姉さん! 助けに来たわ!」
ジュリアンは姉に向かって叫んだ。ジュリアンの姉の横にはショートソードを持ったゴブリンが一匹いるのが見える。
「ジュリアン!」
目の前に来た妹を見て驚いたような大声を上げた。
「ポリアンサさん。今、助けるから!」
猿ヤンは、そう言いながらゴブリンに向け、弾倉付きクロスボウで矢を発射した。矢が腹部に刺さり、緑の血が流れた。弾倉付きクロスボウをその場に捨て、ショートソードを抜いた。そして、ゴブリンに切りかかった猿ヤン。
「ギギャー!」
ゴブリンが叫ぶ。ゴブリンの手から剣が離れて転がる。猿ヤンの剣はザックリとゴブリンの体を切り裂き、緑の血が飛び散っていた。ジュリアン姉のポリアンサも緑の血を少し浴びたようだ。
「ひぃ!」
ポリアンサが引きつった表情で叫んでいた。
「やった! やったよ、蓮ちゃん!」
猿ヤンの歓喜の声が聞こえた。良くやった、猿ヤン。
「ギッギー。しね、ギー!」
突然、一匹の小さな子供のゴブリンがダガーを構え、叫びながら猿ヤンの方に走って行く。
「まだ、居たのか!」
猿ヤンは、剣を構えながら、ポリアンサをかばう為に彼女の前に出た……。
そして、血が飛び散った。真っ赤な血が!
「嫌ー!」
ジュリアンの悲鳴が洞窟広間に響き渡った。
「うっ。ぐはっ」
猿ヤンの口から血が吹き出す。猿ヤンの腹部は血で真っ赤に染まり、ショートソードに貫かれていた。その剣の柄を握っているのは、ジュリアンの姉、ポリアンサだったのだ。
「うわあああああああ! 猿ヤーン!」
俺は、ありったけの声で叫んでいた。何が起きたんだ。何で? 何で猿ヤンが?
「姉さん、どうして? どうしてなの!」
猿ヤンの傍に来たジュリアンが、半狂乱の様子で姉に叫ぶ。姉のポリアンサは、虚ろな目をしていた。
「ぼ、坊や……。私のゴブリン坊やを殺させない……」
ポリアンサが、そう言いへたり込んだ状態の姿が俺の目に映る。
ゴブリン坊やは、猿ヤンに止めを刺そうと跳びかかり襲い掛かった。猿ヤンを
「ごめんな……さい。猿ヤン」
「ジュ……リアン。泣か……ないで。君の笑顔が……好きなんだ」
目に涙を浮べて謝っているジュリアン。猿ヤンは、その彼女の手を握りながら生き絶え絶えに語り掛けている。猿ヤンの言葉に静かに頷くジュリアンの顔は穏やかになった様に見える。その後は目を閉じたっきり、彼女は、動かなかった。
「ああ、ジュリアン。私は、なんてことを……。坊や、ゴブリン坊や、おいで。逃げるのよ。私には、もう坊やしかいないの」
ポリアンサは、ゴブリン坊やを抱いて走り出した。ゴブリン族長が、ポリアンサの行動に気づいたようで、睨んでいた。すごい殺気を感じる目だ。危険だぞと思った瞬間だった。ゴブリン族長は、ポリアンサの所に素早く走り、棍棒を彼女目掛けて振った。
「ウガー!」
「きゃあぁぁぁぁ!」
棍棒の直撃を受けて体が宙に舞うポリアンサ。そのまま地面に叩き付けられ、ゴブリン坊や共々身体は、赤と緑の血に沈んでいく。
「この、凶悪の
俺は、心の怒りを抑えきれずに叫ぶ。そして、弾倉付きクロスボウの残りの矢をゴブリン族長の背中に向け発射した。矢は、三発が背中を突き刺した。
「グガァッ! しつこいガー、この
怒鳴るゴブリン族長に俺は、駆け寄り、振り向いた奴の顔目掛けて弾倉が、からとなったクロスボウを投げつけた。そして、バスタードソードを抜く。
「くらえ!」
俺は、剣でゴブリン族長の後ろ太ももを突き刺して、そして抜いた。
「グエー!」
ゴブリン族長は、身体をこちらに向けて、苦痛で顔を歪めながらも棍棒を振り回した。
剣に棍棒が当たり、受け止められず弾き飛ばされた。やばい、犬養は、猿ヤンを守りに行っているのか。万事休すか! 足が動かない。死の恐怖のせいなのか……。
「蓮輔! 地面に伏せろ!」
ラピーチの叫びが蜘蛛の巣に囚われたような俺の心を解き放った。
「だーっ!」
そう言いながら、俺は地面にべったり伏せた。伏せた俺に緑の血が降り注ぐ。そして、横に何回転かしてから起き上がった。ゴブリン族長の腹部にスピアが刺さっていた。ラピーチが投げたのか。助かった。
「ぐがぁぁぁ!」
ゴブリン族長が悲鳴をあげた。奴の左右のアキレス腱に矢が刺さっている。俺は、周りを見渡した。そして、弓を構えたリーエルが目に飛び込んだ。流石だ、リーエル。
「うおおおおおお!」
ラピーチは気合いの入った叫び声を上げ、背中のグレートソードを両手に構えてた。直ぐにゴブリン族長に駆け寄ると、剣を大きく振った。
「ぐぬぬぬう」
族長は、呻きながら棍棒で剣を受け止めた。
「蓮輔!」
ラピーチが俺の名を叫んだ。それだけで十分理解した。俺は、直ぐにバスタードソードを拾うと、ゴブリン族長の後ろに回った。
「うおりゃぁー!」
俺は、掛け声を上げて、両手で握った剣をゴブリン族長の右足の膝下辺り目掛けて、振りぬいた。俺の手が痺れるぐらい手応えがあった。ゴブリン族長の右膝下は、切断されて無くなった。
「うぎゃガー!」
悲鳴を上げ、バランスを失ったゴブリン族長は、前に倒れこむ。地面に手を突き、丁度土下座状態になった。
「とどめだぁー!」
ラピーチが剣を勢い良く振り下ろすと、ゴブリン族長の首は胴体から離れ地面に落ちた。
それで、ゴブリンとの戦いは終わった。ラピーチは目的の時の指輪を拾い回収した。
「猿ヤン!」
勝利の余韻を感じる間も無く、俺は声を上げて、猿ヤンのもとへ駆け寄る。
目を閉じ、ジュリアンと手を繋いでいた。
「猿ヤン。しっかりしろ!」
「蓮ちゃん……。ご……めん。お笑い……芸無理に。ぐはっ」
俺の呼びかけに反応して、薄っすら目を開けた猿ヤンは、か細い声で謝った後に口から血を吐いた。そして、その瞳から涙が流れた。
「何を言ってるんだ。猿ヤンらしくないじゃないか。泣くのも猿ヤンじゃないぞ」
そう言いながらも目から涙が溢れ出してきた。
「蓮ちゃん……も泣いて……る」
「こ、これは、花粉のせいだよ」
猿ヤンの指摘に俺は、直ぐに答えた。猿ヤンは空いている手で弱々しく親指を立てた。
「今まで……蓮ちゃんと一緒で……楽しかった。ありが……とう」
そう言い終えると猿ヤンは、目を閉じ顔を横に向けた。
「猿ヤーン! 驚かそうったって、駄目だからな!」
俺は、泣きながら叫んだ。犬養が俺の肩を掴んだ。
「犬養、また猿ヤンが俺達を驚かそうとしてるんだよ」
「……」
俺が犬養に振り向き言った。犬養は、無言で涙を流していた。
そして、リーエル達がやって来た。
「リーエル、猿ヤンを早く治してやってくれよ!」
俺がリーエルに泣きながら叫ぶと彼女は、猿ヤンの左胸に耳を当てた。そして、悲しい表情をして、無言で顔を左右に二度振った。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺は、大きな声を上げて泣き叫んだ。それは、戦いの終わった洞窟に悲しく響いていた……。
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