第5話 コリナ村のジュリアン
夜が明け、俺達は、ゴブリン退治の
「なぁ、犬養。俺、頭痛が痛いよ」
そんな呟く声が耳に入って来た。どうやら猿ヤンも同じらしいな。俺は、ただそう思っただけだった。ツッコミの元気が無いのだ。
「何! 猿谷、頭痛が痛い訳無いだろう。痛いのは、頭だろ」
犬養が細かく指摘するのが聞こえると、気になり二人の様子を見守った。猿ヤンが面白くないって顔になったみたいだ。
「はいはい。そうでした」
そう言って犬養に背を向けた猿ヤンだった。まさに犬猿の仲だと確信する出来事だ。でも、間違いは天然だったのかな猿ヤン?
男性は、猿ヤン以外はプレートメールを装着した。小柄な猿ヤンは、軽いハードレザーアーマーを選んだ。先生、由衣、美姫もハードレザーアーマーを装着。リーエルは自前の物だった。
先生は、眼帯を付けた。何故か分からない。気合いを入れたのか? 理由はどうあれ、強そうでカッコイイな。
それから、武器、ポーション、薬草、水、食料やその他道具類を二頭立ての
「よーし! 準備完了だな! 皆、行くぞ!」
ラピーチが気合いの入った声で号令をかける。
「おー!」
皆も気合いの入った声で、拳を
そして、一同は幌馬車に乗り込んだ。
幌馬車を操縦する御車役は、ラピーチだ。彼は手綱を握った。
「はぁっ!」
ラピーチの掛け声とともに幌馬車は、城の外へ向け走り出した……。
*****
幌馬車は、王都の町を駆け抜けた。ミヤマオ城から西方に俺達がこの世界に飛ばされた時の森がある。それより更に西に湖、ノニオ湖があって、湖の中心にある島が目的地だ。
元々は、人間の別荘地だったのが、建物もなくなり、そこの洞窟に
幌馬車は、揺れながら、ひたすら西に向かって爆走する……。
*****
森の入り口にやって来た頃、太陽は南の位置だった。もう昼のころだな。
御車のラピーチの横に美姫が座っていた。美姫は、ラピーチの肩に
こんな感じは、小学校の遠足で山道をバスに乗った時以来だよ。バスで乗り物酔いしたんだよな。そうだ、あの時は猿ヤンがトイレに行きたいと泣き出したんだったな。懐かしいなぁ。
「おーい。ラピーチ、トイレに行きたいよー」
猿ヤンが立ち上がり、
「仕方がないな。ここらで一休みするか。どうー! どうー!」
ラピーチの声とともに馬が止まる。猿ヤンは、幌馬車が止まった反動で横に倒れ、頭を手で支えている状態になった。
「猿ヤン!」
俺が叫ぶと由衣と犬養も猿ヤンの名を順番に叫んでいた。
「そうそう。慌てないで、ちょい休み。ちょい休みぃ」
猿ヤンは、極楽に来たかの表情で呟いた……。
*****
猿ヤンと俺は、幌馬車を降りて、森の中に入り用を足した。俺もツレで付いて来たが、不思議と気分が良くなってきた。森林浴とか、いいかもしれないなぁ。
「さてと、すっきりしたし、行こうか蓮ちゃん」
「ああ、俺も気分も良くなったよ」
俺と猿ヤンは、皆の所に帰ろうと来た道を引き返そうと歩み出す。
「今、何か聞こえなかった?」
「いや、俺は何も聞こえなかったよ。どうしたの?」
そう言って、猿ヤンが足を止めた。俺の言葉を猿ヤンは聞いていない様子だ。
「ほら、やっぱり聞こえる! あっちだ!」
「お、おい。猿ヤン!」
猿ヤンが突然に森の奥に走り出した。俺は、呼び止めようとしたが聞かなかった。俺も慌てて猿ヤンを追いかけた。しばらくすると俺にも女性の叫ぶような声が聞こえてきた。猿ヤンの聴力スゲーな。と俺は、感心していた。
「助けてー! 誰かー!」
そう叫びながら少女が駆けて来るのが見えた。何かに追われているのか?
「こっちだ! ここに来なよ!」
猿ヤンが少女に向かって叫び手招いた。猿ヤンに、こんな男前な一面があったなんて、知らなかったなぁ。俺は、二度目の感心をした。
少女は、
パッと見て、村娘といった感じだ。
「はぁはぁ、助けてくれるのね。ありがとう」
息を切らしながら少女は、礼を言う。もう、後には引けないなぁ。
「こーらー! まーてー! うがぁぁぁぁぁ!」
少女に訳を聞く間もなく、男の
「猿ヤン、彼女を連れて幌馬車まで走ろうか?」
「もう、無理みたいだよ。蓮ちゃん」
俺の提案を猿ヤンは、険しい顔で否定する。
「何? マジか!」
俺は、焦りを隠せず叫ぶ。それと同時に殺気というものだろうか? そんなプレッシャーを感じた。
「お前ら! その小娘は、おらの獲物だー!」
茶色い髪の毛の素っ裸で股間に大きな葉っぱを付けた大男が、俺達の前方に立ちはだかり叫んだ。
「速い!」
俺は、驚き叫ぶ。猿ヤンの言う通りだった。しかし格好は、変質者か?
「小娘を渡せ! おら、気がみじけぇぞ!」
「彼女は、俺達が守る!」
大男の要求を猿ヤンが拒否した。俺は、その迷いの無い決断力に驚くのだ。猿ヤンは、ショートソードを鞘から抜き構えている。
「やるしかないか」
そう呟いて、俺もバスタードソードを構え戦闘態勢になる。
「なんだぁ! やる気だかぁ! 死にてぇだかー!」
そう叫ぶと大男は、俺達に突進して来る。猿ヤンも大男に向かって駆け寄った。
「うりゃー!」
大男が叫び右腕で猿ヤンに、パンチを繰り出した。猿ヤンは、体をしゃがませて、これをかわした。
「えい!」
猿ヤンは、掛け声と共に、しゃがんだ体制から飛び上がり、大男に向かってショートソードで下から上へ切りつけた。そして、大男の顔の辺りに血が飛び散ったのが見えた。
「うぎゃぁぁぁぁぁ! おらの、おらの右目がぁぁぁぁぁ! 」
叫び声が森に響き、大男が血が流れ出る右目を押さえて
「お前ら、殺すー! 殺して食ってやるだー! うがががががぁー!」
大男は、狂ったように叫び出した。その異様さに俺は、恐怖を感じた。食ってやる。その言葉も気になる。
猿ヤンも俺の横に戻って来ていた。少女を見ると
「ああ、怖い。あれに変身するつもりだわ……」
少女は、震える声でそう言った。変質者が変態するのか?
「ぐおおおおおおおお!」
大男の雄叫びが一層高まった。そして、大男の全身が焦げ茶色い獣の毛で覆われていく。顔も変形し、熊の顔になっていった。
「猿ヤン、熊人間の熊男だ!」
俺は、叫んでいた。
「蓮ちゃん、これは、くまったね」
猿ヤンが透かさず、そう言ったが、笑えない。猿ヤンに、つっこみを入れる余裕もない。
完全に大男は、熊形体になり、俺に向かって突進して来た。猿ヤンは、横に跳んでよけた。
「たぁー!」
俺は、バスタードソードで熊男に切りかかる。だが、熊男の左手の甲で剣を払われ、右手を上から振り下ろされ、爪で攻撃された。
「うわぁ、イナバウアー!」
そう叫んで、身体を仰け反らした俺。ガキーンという音がして、プレートメールを引っ掻かれた。鎧が無ければ致命傷だったな。
「蓮ちゃん!」
猿ヤンの心配しての叫びだろう。
「だ、大丈夫だ。怪我はしてない」
そう答えて、剣を二回、三回と振り下ろし、熊男を牽制する。猿ヤンが熊男の背後に回り、背中に切りつけた。熊男の背から血が流れたが、ダメージは小さいみたいだな。
「グガー!」
熊男は、
「がはっ!」
熊男の裏拳が猿ヤンの頭に直撃し、声を上げ吹き飛んだ猿ヤン。ショートソードも落としている。
次に熊男は、俺にジャンプして来た。やばい、避けきれない。
「うわー!」
熊男の前足が俺の鎧に勢いよく当たり、俺は吹っ飛んで倒れこんだ。
「蓮ちゃーん、早く逃げてー!」
猿ヤンの叫び声がした。熊男が俺の体に乗って来る想像ができる。死んだふりを。あほな。
俺は、パニックで思考が変になる。万事休すか! そう心で叫んだ。
「グギャォォォォォォ!」
熊男の叫び声が辺りに響き渡る。俺は、何事か、わからないが直ぐに起き上がる。
熊男がのたうち回っているのが見える。よく見ると左目に矢が刺さっている。俺は、思わず微笑み、後ろを向き叫んだ。
「リーエル!」
俺達の少し距離がある後方に弓を構えたまま、金髪の髪を靡かせるリーエルが立っていた。今の俺には、女神に見えるよ。リーエルに感謝して、俺は熊男に近づいた。
「うおりゃ!」
掛け声と共に剣を振った。熊男の右手が手首から切断され、宙を舞った。次に胴体目掛けて剣を振りぬいた。熊男の胴体から血が飛び散る。切断は、してないが手応えは有った。
「グフォ、フォ、フォ……」
熊男は、虫の息で二、三歩動いた後、倒れこんだ。
「ふぅ、終わったか」
俺は、緊張の糸が切れて、手からバスタードソードを落としてしまった。
「ゴァー!」
叫び声を上げ四つん這いに起き上がる熊男。しまった!
「とどめだぁー!」
猿ヤンが叫び走りこんで、ジャンプをし、熊男の脳天にダガーナイフを突き刺した。熊男は、もう動くことは、無かった……。
「助かったよ、猿ヤン」
「蓮ちゃんのお陰で倒せたんだよ」
そう声を掛け合って俺達二人は、その場にへたり込んだ。
少しして、リーエルがやって来た。俺達を見下ろしている。
「遅いと思ったら、何、熊と遊んでいるのよ」
リーエルは、呆れたような顔をして、そう言った。遊んでるだって? 俺達は、金太郎じゃないんですけど……。
*****
「私は、コリナ村のジュリアン」
幌馬車まで来てから少女は、自己紹介をしてくれた。
「コリナ村って、ゴブリン共の襲撃を受けた村だな。村の様子は、どんなだ?」
ラピーチがジュリアンに
「ええ。村は、焼き払われて、壊滅状態。男性達とお年寄りは、殺されてたわ。若い女性の姿は、無かった。私の友達の姿も……。う、うっ」
ジュリアンの眼から涙が溢れ出した。猿ヤンがジュリアンの肩にそっと手を置いた。
「ジュリアンは、無事で良かったよ」
猿ヤンが優しくそう言った。ジュリアンは指で涙を拭った。
「ありがとう。私は、半年位前に森に行ったきり帰ってこない姉のポリアンサを
そう言ってジュリアンは、猿ヤンの顔を見つめた。感謝の眼差しだろうか?
猿ヤンは、
「半年位前なら、私のエルフ村がゴブリンに襲われた頃よ。もしかしたら、あなたのお姉さんもゴブリンに襲われたのかも?」
リーエルが顔を曇らせ、そう言った。
「考えたくなかったけど、そうかもしれない……」
ジュリアンの顔が青ざめた。
「ま、まぁ、俺達ゴブリン退治に行くからさ。ジュリアンの姉さんも俺が助けてやるよ。ジュリアンも一緒に来ればいいよ。いいだろラピーチ?」
猿ヤンがジュリアンを元気づける為なのだろう。そう言って、ラピーチに提案した。さては彼女に惚れたな、猿ヤン。
「この森にレディーを一人置き去りには出来んな」
ラピーチが承諾した。ジュリアンは、嬉しかったんだろうな。顔が微笑んでいた。
「ありがとう。えっと……」
ジュリアンは、猿ヤンの名前が分からず口ごもったようだ。
「俺のことは、猿ヤンと呼んでくれよ」
猿ヤンは察したのだな。
「ありがとう、猿ヤン」
そう言って猿ヤンの右手を握り顔を見詰めるダーリヤ。何故か恥ずかしい、部外者の俺。
「おう、俺に任しとけって!」
猿ヤンが顔を真っ赤にしながら叫んだ。
その光景を見た美姫がラピーチの腕に寄り添った。
「ふふふ、ラピーチが優しいお陰だね」
美姫が嬉しそうに笑顔で
「俺も先生と……」
犬養のお約束的な呟く声も俺は、しっかりと聞いた。これは、戦いに行く雰囲気なのか?
俺は、腹ペコだった。色気より食い気だな! そう思い、この場で昼食をする提案をする。皆も了解してくれた。
リーエルと由衣の近くで、俺は座って食事を取っていた。美姫とラピーチは、相変わらず隣に座り、べったりだ。その隣に先生と犬養が座っている。たまに会話しているが、何を話しているのだろうか? 少し気になる。猿ヤンとジュリアンが少し離れて座り食事をしている。ジュリアンが、にこやかに笑っていた。楽しそうな雰囲気だ。猿ヤンが面白い事を喋っているのだろうな。流石だなぁ。その才能に、感動したぜ! と俺は心の中で叫んでいた……。
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