第4話 戦闘への準備
俺達がこの世界に来てから三ヶ月が経っていた。その間、リーエル以外の俺達は、基礎体力向上トレーニングは勿論のこと、剣の訓練をしたり、弓の扱い方、武器や道具の知識を学んだりした。リーエルは教える側になってくれた。今日も俺達は、城の訓練場で剣の特訓の真っ最中。
「さぁ、かかってこい! 蓮輔!」
ラピーチは、そう言って木製の剣を構えた。俺も木の剣を構えて、攻撃タイミングを
「どりゃー!」
俺は、ラピーチに駆け寄り、木剣を振った。カーンと木と木が、ぶつかる音が場内に響く。
「蓮輔、頑張りなさいよ! 気合いよ、気合い!」
「ラピーチも頑張ってね」
由衣のは、応援なのか? 駄目だしなのか? わからない。美姫は、ラピーチの応援なんだな。
「中々、いい気合いだ、蓮輔。だが、まだまだ俺は倒せんぞ」
ラピーチが木剣で、バットを振るように攻撃してきた。俺は慌てて後ろに下がり、かわす。
俺が次の攻撃に入ろうとした時だ。
「はーい! そこまでよ! 皆、
リンのその声が緊迫した空気を解いた。訓練中断とは。何かあったのだろうか? そして、俺達は、直ぐ謁見の間に向った……。
*****
謁見の間で俺達は、並んで女王陛下を待っている。美姫は、ラピーチの隣に並んでいた。あの二人は仲良くなったのだろうか? まぁ、いいけど……。
少し経って女王陛下が入って来て、玉座に座った。その表情は明るいものでは、なかった。最近は俺達に慣れて笑顔で話してただけに、俺を不安な気持ちにさせた。
「皆さん、悪い知らせよ。隠密行動の兵から報告があったの。ゴブリン達がコリナ村を襲撃したのよ。大勢の村人が殺され、若い女性達が連れ去られたそうなの。放置していると、次の村が襲われてしまう……」
女王陛下は、静かに語った。俺達の身を案じて、退治に行けと命令を出しにくいのだろう。優しい女性だ。嫁にするなら、こんな女性が良いなぁ。俺は女王陛下と結婚するという
「いよいよ俺達の出番だな。なぁ、蓮輔」
ラピーチが突然に話しかけた。俺は、まだ
「あぁ、良きに
無意識に俺は、呟いた。
「はぁ? 何を寝ぼけているんだ? お前も行くんだよ!」
「そ、そうだな。あはは……」
ラピーチの大きな声で、俺は現実に引き戻される。物凄く恥ずかしい気持ちだ。俺は照れ笑いをするしかない。
「よし、決まりだ。明日から、ゴブリン退治に出発するぜ」
ラピーチの決定に皆から反対意見は出なかった。女王陛下も彼を見て頷いた。
「それでは、ラピーチと皆さんの健闘を祈ります。気を付けて」
女王陛下は、やさしい声でそう言った。
「はい!」
俺達は、声を揃えて返事をした。俺は、不安な心に気合いを入れるべく、力強い声を出していたのだった……。
*****
「いらっしゃい! いらっしゃい! 安いよ!
果物屋の男の声が商店街に響いている。俺達は、ラピーチと一緒に城を出て、ロンボダルの街に繰り出したのだ。目的は、武具屋で装備品を買うことと、道具屋で薬などを買うこと。リンは、用が無いので来なかった。
城を出て、街の中を歩くのは初めてだ。ここは、人通りも多く、活気のある商店街だな。なんか、日本の街を不意に思い出した。ゲームセンター行きたいなぁ。そう言えば、ゲームもアニメもない生活だった。今更ながら、へこむわー。
「どうしたんだい? 蓮ちゃん、顔が暗いよ。暗いよー」
気分が落ち込んだ俺に猿ヤンが、相変わらず明るく話しかけてきた。
「あぁ、猿ヤン。ちょっと、色々と考え事をしてたよ」
「そうなんだ。でも、せっかく街に来たんだし、楽しまなきゃ。あの二人みたいにさ」
そう言って、猿ヤンは指差した。指差す先には、ラピーチと美姫が並んで歩いている。二人は、楽しそうに笑顔で会話をしている様だ。あ、あれは、世間で言うデートの雰囲気じゃないか。俺は、由衣のことが気になって、後ろを振り向いた。由衣は、リーエルと仲良く会話をしている。由衣は、寂しく一人でいるタイプでなくて良かった。
あと、犬養は先生の近くを微妙な距離感を保ちながら歩いていた。
*****
「いらっしゃいませぇー」
木製のドアを開け武具屋の中に入ると、カウンターの女性は接客の挨拶をした。武具屋のイメージなら、
店の壁には、剣や斧など色々な武器が飾ってある。
「今日は、何をぅお求めですかぁ?」
「そうだな、俺は、いいから、こいつらの武器と鎧をひと通りだな」
ラピーチは、そう言って俺を店員の前に突き出した。
「武器はぁ、どんなのが好みですぅ。モンスターの頭ぁをかち割っちゃう感じぃ?」
そう言って店員は、ハンドアックスを見せた。
「それともぉぅ、体をぅぶった切っちゃいますかぁ」
店員は、バスタードソードを見せてくれた。俺は、バスタードソードの方が気に入った。
「体をぶった切る方がいいです」
「ありがとうございまぁすぅ」
礼を言うと店員は、俺の顔に自分の顔を近づけて来た。
「長いのでぇ、突いちゃう?」
そう耳元で
「えっ?」
俺の心は、ドキッとした。それとともに、後方から妙な気を感じて、振り向いた。視線の先に由衣とリーエルが、冷たい眼でこちらを見ていた。俺は、慌ててカウンターに向き直す。
カウンターに店員の姿がなかったが、直ぐに奥の部屋から、スピアを持って戻って来た。
「ねぇ、これでぇ、モンスターを突いてぇ、
「たはは、槍の話? じ、じゃあ、そ、それもください」
「ありがとうございますぅ」
店員は、ご機嫌のようだ。俺は、安心したような、裏切られたような、複雑な気持ちだ。
俺は、リーエルと由衣の様子を窺ってみる。相変わらず、視線が冷たいぞ。なんだよ! 俺は、スピアを買っただけじゃないか? 何故そんな眼で見る? スピアだけに、ヤリ切れない気持ちになった……。
それから俺達は、各自で好きな武器を選んだ。盾や鎧も自分に合う物を。
そろそろ会計かと思った時に店員が俺に近づいた。
「指でぇ、いっぱい出しちゃう?」
店員が言った。俺は、商品を変な言い方で進めるのは、やめてくれー。と思いながらも、照れ笑いをしていた。
「そ、それも、人数分くださーい」
俺は、そう答えた。店員は、機械的に矢を発射する武器、クロスボウを持ってきた。そのクロスボウは、矢が入った弾倉付きだ。十連発できるらしい。なるほど、矢をいっぱい出しちゃうのか。これは、使えるな。店員は、良い商品を進めてくれている。
ひと通りの装備を選び終わり、ラピーチが支払いをしてくれた。女王陛下から予算を沢山貰ったらしい。流石、特務騎士だな。
そうして、俺達は、武具屋の外に出た。買った商品は後で城に配送してくれるそうだ。
その後は、道具屋に行き、薬草と体力回復ポーションや解毒薬などを購入した。それで、必要な物は
「さてと、いる物は買ったことだし、飯でも食ってくか?美姫は、何が食べたいんだ?」
ラピーチが美姫に言った。俺達のことは眼中にないのか?
「ラピーチの食べたい物でいいよ」
「美姫は、なんて優しいんだ」
二人が顔を赤らめて、見つめ合っていた。なんじゃ、これ。見ているこっちが恥ずかしい。
「おい、犬養。あの二人に、あてられるよな」
俺は、犬養に近づいて耳打ちした。犬養の表情が険しくなった。
「ああ、まったくだ。羨ましい。俺も、いつの日か、先生と……」
犬養は、胸元で拳を握りしめて呟いた。うひゃー、聞かなかったことにしとくわ。俺は、なんだか心配になってきた。明日が遊園地に行くのなら良かったのになぁ。
俺達は、食事をするため、良い店を探して歩いていた……。
*****
「おっ、ここに新しい店ができてるぞ」
ラピーチがそう言って足を止めた。その店の看板には、アネゴ亭と書かれているらしい。俺達は、アネゴ亭で食事をするため入店した。
店の中は、当たり前だがファミリーレストランの雰囲気じゃないな。どちらかと言うと酒場の雰囲気が強い。カウンター席と大きなテーブル席が幾つかある。
俺達はテーブル席に座った。すると直ぐに、赤毛の髪でポニーテールの可愛いウエイトレスがやってきた。うっふーん、いらっしゃいませぇ。妄想し、微笑してしまう俺。ないない。
「いらっしゃいませ。注文をお伺いします」
ウエイトレスが普通に注文を聞いた。
「皆、何を頼む? 俺が決めていいか?」
ラピーチの質問に俺は頷く。皆も異議は無いようだ。
「そうだなぁ、全員に、鶏肉の焼いたのと、パンとスープ。あと、ワインを」
「かしこまりました」
ラピーチが注文を頼むと、ウエイトレスは笑顔で返事をしてこの場を離れた。
「ちょっとラピーチ、ワインを注文したわね」
先生がラピーチに話しかけた。その顔は少し険しい。俺は、先生の言いたいことがピンときた。まさか、教育者の
「なんだ? ワイン嫌いだったか?」
「好き嫌いじゃないのよ、ラピーチ! 私とあなたとリーエル以外は未成年なのよ!」
意味が見えないラピーチに先生のテンションが上がっている様だ。
「未成年が何なの? ワインなんて、子供の頃から飲んでるわよ」
リーエルが笑みを浮かべながら言った。悪気は無いと思うんだけど、俺達の住んでいた世界では、違うからな……。彼女の言葉に先生の顔が曇ったようだ。
「せ、先生をいじめるな!」
犬養が突然叫んで立ち上がった。何故か、その行動で一気に場がしらけた雰囲気になった。
「ま、まぁ、異世界だし。いいわよね。ごめんなさいラピーチ」
先生は、ラピーチに謝った。大人の対応だな。犬養よ、お前も大人になれ。そう思って、心は
それから、料理が運ばれてきて、食事を開始した。美味い。気のせいか懐かしい味がした。
「ラピーチ、はーい」
美姫のその声に俺は、ラピーチとその隣の美姫の方向を見た。美姫がスプーンでスープを
俺は、つい気になり、ラピーチと美姫を見ていた。
「ラピーチ、ワインを入れてあげる」
そう言い、美姫がラピーチにワインを注いだ。俺の脳に、美術室のお菓子パーティーのコーラの光景がフラッシュバックする……。
「手を離してください!」
突然の、その叫び声で俺は我に返った。その声は隣のテーブルだった。酔った男がウエイトレスに絡んでるようだ。男がウエイトレスの腕を
「うへへ、いいじゃねぇかよ。俺の横に座って、エールを注いでくれよ」
「そんなサービスは、してません!」
酔った男の要求をウエイトレスは、必死の形相で
「じゃあ、こんなサービスはどうだぁー? うへへ」
「いやぁっ!」
酔った男はウエイトレスの尻を撫でた。その顔はニンマリ笑つて舌を出している。ウエイトレスは、たまらず悲鳴を上げる。やばい感じだぞ。ラピーチは、どうしてる?
ラピーチは、テーブルにうつ伏せていた。まさか、酔いつぶれたのか? もう、ままよだ!
「おい、嫌がってるじゃないか。いい加減にしろよ!」
俺は、思わず叫んでいた。酔った男は俺を
「お、俺は、楽しくエールを飲みたかっただけだ……。酔いが冷めちまったぜ」
そう言い男は、代金をテーブルに置いて、店を出て行った。睨まれたから、てっきり喧嘩になるかと思ったなぁ。俺の心臓は、ドキドキし、手は武者震いか? 恐怖の震いか? 分からないが震えている。
「ありがとうございます。助かりました」
ウエイトレスは、礼を言ってお辞儀をしてくれた。
「どうしたんだい? 騒がしいね」
「あ、
女性の声がして、ウエイトレスは女将さんと呼んだ。俺は、店の女将を見て驚き、衝撃を受ける。
「麗香さん」
俺は、名を呟いていた。女将は俺達を見て微笑んだ。
「なんだ、あんた達か。元気だったかい?」
「はい。麗香さんも無事で良かったです」
俺と麗香さんは、挨拶的な会話を交わす。思えば、話すのは初めてだったな。
「女将さん、この方が酔って絡んできた人から、助けてくれたんです」
ウエイトレスが出来事を麗香さんに話した。
「そうだったんだね。ありがとね。あんたも
麗香さんは、そう言って遠くを見るような眼をして微笑んだ。
麗香さんと徹也さんは、俺達がリンと王都へ飛んだ後に盗賊団の財宝を見つけたのだと言った。その財宝を資金にして、この店を始めたそうだ。徹也さんは、ヤクザになる前に板前だったらしいのだ。
あの森に置きざりにして、悔やんでいた。でも、結果オーライか。二人共、真面目に新しい人生が始められて、良かったな。俺は心からそう思った……。
注文をした料理を食べ終わり、俺達は支払いをする為にウエイトレスを呼んだ。
「ありがとうございます。今日は、女将さんの
ウエイトレスは、そう笑顔で言った。情けは人の為ならず……か。本当だな。俺達は、ありがたく行為を受け入れ、店の出入り口へ向かう。
店の出入り口に麗香さんが立っていた。俺達は麗香さんに、お礼を言った。
「今日は、従業員を助けてくれて、ありがとね。また、来ておくれよ」
麗香さんは、そう言って見送りに出て来てくれた。
「はい、また来ます。お店頑張ってください」
麗香さんに挨拶をして、俺達は、城への帰路に着くことにしたのであった。
*****
城に帰ると日は暮れて夜になっていた。俺は、明日からのゴブリン退治のことを思うと、胸が高鳴り、まだ寝る気になれなかった。
「夜風にでもあたるか」
そう独り言を呟いて、城の広間のバルコニーに出た。夜空には満天の星が輝いている。
以前の世界、日本では、星を見るなんて気持ちにならなかったなぁ……。
「蓮ちゃん、ここに居たのかぁ。何してるの?」
物思いにふける俺を猿ヤンの声が中断させた。
「ああ、猿ヤン。色々考えると眠れなくてね。夜風にあたって、星を眺めていたんだ」
俺は、照れながらそう言った。猿ヤンは、茶化してくるだろうと思った。だが、猿ヤンは、真剣な表情をしていた。
「蓮ちゃんもか。俺も考え事をしてたんだ。蓮ちゃんに相談しようと思って捜してたんだ。
「ああ、そうなんだ。で、相談って何?」
猿ヤンが相談なんて珍しいぞ。まさか、恋の相談か? 俺がアドバイスできるかなぁ。勝手なことを想像する。
「お、俺。蓮ちゃんが必要なんだ!」
「えっ!」
猿ヤンの言葉に思わず俺は、声を上げた。猿ヤンが俺のことを? まさかの展開だ。俺は、動揺していた。猿ヤンを傷つけないようにしないと。少しおろおろとした態度になっていた。
「蓮ちゃん、何か勘違いしてない? もしかして愛の告白と思ったとか?
猿ヤンは、俺の慌てる感じを不信に思ったようだった。なんだ違うのか。恥ずかしいじゃないか。
「そ、そんな訳ないじゃないか。猿ヤンに必要にされて、嬉しいなぁ」
「まぁ、いいけど……。俺は今日、麗香さんの店に行って思ったんだけど、あそこで舞台を作ってお笑い芸をしたいと思ったんだ。だから、蓮ちゃんにコンビを組んで欲しい。どうかな?」
そう思いを打ち明けた猿ヤンは、熱い眼差しで俺を見た。猿ヤンは、この世界に来ても夢を持って生きてるんだな。俺は、猿ヤンを偉いと思った。
「いきなりで、びっくりしたよ。でも、面白そうだ。この世界が落ち着いたら、やってみようかな」
俺の返答に猿ヤンは、満面の笑みを浮かべた。
「蓮ちゃん、ありがとう! このボダリア国で、お笑いブームを作ろうよ!」
「ああ、頑張ろう」
俺は、思わず親指を立てていた。
「蓮ちゃん、おやッキー!」
「おやすみ――ッキー」
俺もとっさに面白挨拶をする。こうして寝る前の挨拶を交わすと、猿ヤンは寝室に帰って行った。
猿ヤンの笑顔を見たら嬉しくなり、俺もやる気になってきた。気分も楽しくなり、寝室に帰る。
そして、寝床について思った。なんだか、いい夢が見れそうだ……と。
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