1ー05

 その後、シャルロットに連れられてライドはスターライト領。星明かりの館へと案内され、そこで一年の間に多くの教養を叩きこまれる。


 知識の習得。戦い方の基礎。魔法使いで無くとも扱える魔宝石の扱い方や、簡易的な錬金術。情報の収集手段の構築方法や金銭の計算と支出の方法。森や砂漠と言った環境での生き方。狩りの手法。調理や衣服の修繕。テーブルマナーに社交ダンス等の振る舞い方。えとせとら、えとせとら。


 数えるのも嫌に成る様な様々なことを教えられ、そしてライドはその教え全てに等しく真面目に取り組み、その結果。


「残念ながら。ライドさまにはこちらの才はありませんね。では次の項目を確かめましょう。専門の方を及びします。少々お待ちを」


「残念じゃが、お主には才能は無い様じゃな。あと五年、いや三年もあれば、才が無くともそれなりの使い手に成れたやもしれんが。その時間が無い以上は仕方がないのう。そう落ち込むな、もしかしたら次は才覚の片鱗ぐらいは見つかるやもしれんじゃろう」


「悪いけど、これ以上は無駄ね。今日の所は帰らせてもらうわ。え? まだ頑張れるって? 嫌よ。明日はクレアちゃんとの個人レッスンだもの。無駄な事に時間を費やすよりも有益なモノへ時間を費やすべきでしょ」


「ダメだな。お前は向いていない。他を当たれ」


「残念ですが――――」


「次へどうぞ」


「次へ」


「次」


 ………………………………。


 無益な一年を過ごした。最後のテストを失敗で終えたライドはそんな思いを持つように成った。最初こそは最後のチャンスとやらに望みを掛けて居たが、その結果は無駄だったと現実を思い知らされるだけ日々だった。


 寝宿の為に提供された殺風景な部屋に戻る度に、あの家での日々が蘇り優しかった過去の家族と過ごした記憶と、除け者にされだしてから向けられたた冷え切った父の顔が同時に思い起こされる。


 そして、それも無駄に終わった結果の数だけ、過去の美しい記憶は塗りつぶされ、この部屋に居るだけで、あの家で味わった冷え切った父の視線が刺さり、口の中は血の味だけが広がる。身体が受けた痛みを忘れず、新たに増える傷と共に順番に精神を蝕んでいるような錯覚に陥ってしまう。


 そしてライドは、あの家で行ったようにに気が付くと何時も逃避を行ってしまっていた。


 書庫から持ち出した英雄譚、冒険譚の数々を広げ、青空の下で物語に耽る。


 そうすると何時もクレアがやって来て、ライドはその話し相手に成っていた。


「あ、ライドってば此処に居たんだ。もう、探したんだから」


「えへへぇ。ライド。今日は料理長に頼んでクッキーを作ってもらったんだ。一緒に食べよう」


「ライド。ライド。見て、あそこ。あそこ。蒼い鳥さんが。ほらあそこに――あぁ。飛んでっちゃった。え? ライドは見つけられなかったの? そっか、じゃあ一緒に探しに行こう。レッスン? そんなの後々。ほら行こう」


 そんな風に、何度も何度も塞ぎ込みそうな時に明るく無邪気な笑顔で声を掛けて来る彼女の姿にライドが惹かれるように成るのは、そう時間も掛からず。


 気付けばライドは父に認められる為でも、ましてや見返す為でも無く。クレアの傍に胸を張って並べる様に成りる為に、今日まで頑張ってこれたのだと。最後の日を前にしてようやく気が付く。


「ライドさま。そろそろ時間でございます。準備は御済ですか」


「えぇ、済んでますよ。と言っても、持って行く荷物なんて何も無いですけど」


 ライドの言葉にシャルロットは何も返さず、淡々と道を案内する。


 そうして辿り着いた正門の前には、迎えに来た引き取り先の馬車。では無く、なぜか手に白い何かを握り締めるクレアの姿だけが在った。


「あれ、クレア? なんで。迎えが来るって話じゃ」


「――――迎えは誰も来ませんよ。予定の日は明日ですので」


 淡々とシャルロットがそう告げる。


「え? それってどういう」


「あ、ライド――――。此処だよここ。ほら早くはやく」


 なぜ迎えが来ると言う日を一日早く伝えて来たのかライドがシャルロットへと訪ねようとすると同時に離れた位置に居たクレアが手を振りながら、こっちに来いと促してくる。


 それを見るとシャルロットは、主がお待ちです。とでも言うように急かすようにライドの背を軽く押す。ここで、意固地に成って問い質したところでシャルロットが答えを告げる筈もない。しかた無いのでライドはクレアの元まで向かうことにした。


「それで、これは一体全体どういうことなんだ。なんで、迎えが来る日を一日早く伝えて来たのかわけを聞かせてくれないか」


「はぇぇ? なんのこと?」


「流石にもう、惚けた振りをしても騙されないぞ」


「えへへぇ。バレてたかぁ。また此処へ来てすぐの頃と同じような、驚いた表情が見れると思ってたのに、ざぁんねん」


 残念と口ずさみながら、クレアは嬉しそうに笑ってそう言う。まるで、ライドの答えを最初から知っていて、それでもあえてその答えを聞きたがっていたかのような表情を向けて来る。


 そして、こんどは自分にしか見えないモノを見ているかのように遠くの空を見つめ、何かを納得したように、うんうんと頷きまたこちらへ微笑む。


 その反応を最初は不思議に思って居たが、この一年の間ですっかり見慣れてしまった。だからライドは何も言わずにクレアの口から答えが紡がれるのを待つ。


「えへへぇ。実はね。サプライズをしようと思ってて」


「サプライズ?」


「そう。サプライズ。この一年、ライドはすっごく頑張って居たよね」


「でも、結果を出せていないんじゃ意味が」


「もう。結果なんてどうでもいいの。わたしがライドに何かしてあげたかっただけなんだから、ライドは素直に受け取っていればいいの」


 そう言う勢いをそのままに、クレアは何かをライドへ押し付けて渡す。


「これは?」


 手渡されたそれを広げて見ると、真っ白な色の外套だった。ほつれも無く、上質な生地で縫われたそれを見て、ライドは戸惑う。


「えへへぇ。上手く出来ているでしょう。実はそれ私の心を籠めた手作りなんだぁ」


「クレアさまは最初の少しと最後だけでございました」


「もう。シャルロット。そう言うことは今は言わなくて良いの」


「おや。クレアさまは。ライドさまの頑張りは褒めて。メイドの仕事には褒めて頂けない主さまなのですね」


「別にシャルロットのことをぞんざいに扱ってる訳じゃ。――あぁ。また揶揄ったのね。シャルロットの意地悪」


 戸惑うライドの横で、悔しそうなクレアと、相変わらずの無表情ながらまるで勝ち誇ったかの佇まいを見せるシャルロット。


 表情筋を一切動かさずに、したり顔をしているように見えるその姿に、ライドがちゃんと生きている人間だったんだ。てっきり自動人形か何かかとなんて、失礼な事を考えていると、まるで心を読まれたかの様に、シャルロットから睨まれた。


「こほん。気を取り直して。ライド。それの被りの所を見てみて」


 言われるがままにライドが広げた真っ白な外套へと視線を移す。すると、すっぽりと頭を覆える被りの部分を見つける。だが、不思議な事にその被りの部分には二つの突起物がついて居た。


「えへへぇ。可愛いよね。けもみみフードって言うんだって」


「えぇっと」


「あ、けもみみフードにしたのにはちゃんと意味があるんだよ」


 贈り物しかも少しとはいえクレアの手作りと聞かされて渡されたモノを悪く言うのも憚られる。かと言って、可愛いモノを渡されても手放しでは喜びづらい、言葉を選んでいると、クレアがこちらの様子に気付いたのか慌てた様子で口を開く。そしてそれに続くようにして、シャルロットが説明を付け加えた。


「ライドさまはご存知でしょうか。創造神とその二十一の眷属達の話を」


「え? えぇ。一般にも広まっている創造神様の神話ぐらいなら。流石に法竜教会の聖書までは読んだことはありませんから、その二十一の眷属とやらについてまでは詳しく無いですけど」


「そうですか」


 一瞬シャルロットの声色が震えたような気がしたが、その様子を隠すようにシャルロットは話を続ける。


「実は。二十一の眷属達の中には。白銀の毛を持つ狼が居るのです」


 これだよぉっと、隣に並ぶクレアが、初めて出会った際に共に探した時の白い狼を模した人形を見せるてくる。


「その狼の名は白銀のシフ。かつて。裁定の竜レイクリットと共に並び。創造神様の守護を行い邪を退けた存在です。そして。それが転じて白銀の狼を模したモノを持つ者は。守護の加護が授けられと言われているのです。まぁあくまで気休めのお守りとでも思っていただければ」


「シャルロットぉ。一言多いよ。そんな事を言っていると御利益が半減しちゃうかもしれないでしょ」


「ご利益を期待している内は。三流どまりですよクレアさま」


「むぅ――――。と、とにかく。せっかくだから着て見てよ」


「あ、あぁ。そうだな」


 促されるがままにライドが外套の袖を通し、クレアにお願いされてけもみみフードも被る。


「かぁ、かわ。こほん。カッコイイよライド」


「クレア、今可愛いって言おうとしなかったか」


「気のせいだよぉ。それより、シャルロット。転写用の魔宝石」


「はい。こちらにご用意しております」


 何処か取り出した無地の紙と魔法陣が内に描かれた宝石をシャルロットから受け取るやいなや、クレアは手にした魔宝石を起動しライドを色々な角度から撮り、紙への転写をし始める。


「えっと。クレア?」


「最後に一枚。一枚だけだから動かないでライド」


 そう言ってから追加で五枚分の撮影を行ってから、満足そうな様子でクレアは手にした紙と魔宝石をシャルロットへと返した。


「取り敢えず。気は済んだか」


「うん。満足だよ」


「そうか、じゃあそろそろ教えてくれないか。なんでわざわざ今日、此処で贈り物なんて渡して来たんだ」


「…………ライド。前、死ぬ前に一度で良いから、物語に書かれる英雄みたいに旅をしたいって言ってたでしょ」


「そんなこと。言ったか?」


「――うん。言っていたんだよ」


 一瞬、クレアの表情に翳りがさしたように見えた。でも、すぐに何時もの笑顔を取り戻して、言葉を続ける。


「だからね。わたし考えてみたんだ。ライドがどうすれば旅に出れるのか。その結果が今なんだよ。そう、今しかないの。ライドの未来を続けるには今しかなかったの」


 クレアの言い方に多少の引っかかりを覚える。だが、それよりもまず言うべき事がある。


「ダメだよ。クレア。約束は守らないと、僕はこの一年で成果を出せなかったんだから。それに、引き取り先が来るのが明日ならクレアの家にも迷惑が」


「だから。ライドはそう言うのを気にしなくて良いの。そっちはもう対策済みなんだから」


「対策?」


「引き取り先との交渉はつつがなく。明日来る馬車は形式上だけのモノです。身代わりにクレアさまをなんて事もありませんし。そんな話に成っているならメイドの名に掛けてクレアさまをこの命に変えてでも御守りします。ですので、気兼ねする必要はありません。むしろ明日、此処にライドさまが居られる方が困ります」


「本当は、ライドとこれからの十年間を一緒に暮らしたかったけど。今のわたしじゃお父様の説得までは出来ないから、引き取り先が帰った後に館の中でお父様とライドが鉢合わせた時に、ライドのお父様にも生き残っていることがバレちゃうだろうし」


「はい。そうなれば。クレアさまの御立場の方も悪く成ってしまいます。ですので。ライドさま。クレアさまを助けると思って。そしてクレアさまの行動を無駄にしない為にも。どうか旅に出て下さい」


「そ、そんなこと言われたら、断れる訳無いじゃないですか」


 ……………………。


 ライドはシャルロットから渡された旅の道具一式を担いで門の外を眺める。


「ライドさま。道具の扱い方は分かりますか」


「えぇ。不思議なことに渡された道具の名前から使い方まで全部」


「そうですか。それは不思議でございますね」


 渡された道具のどれも使い方から名称まで全てが、この館で学んだものと全くの同一だった。まるで、最初からこの為だけに教えられたかのように、ライドは成れた重さの道具袋を背にそう答えた。


 そう考えると不思議に思う。一体いつからこの日の為に準備を重ねて来たのだろうと。クレアはどうして此処まで良くしてくれるのだろうか。理由を考えてもライドの頭では納得の行く回答は見つからなかった。


「ねぇライド。こっちを見て」


 クレアに誘われるがままにライドは振り返る。すると同時に柔らかい何かが頬に触れた。何が起きたのか分からずポカンと呆けてしまう。クレアの方を見ると口元を手で覆い恥ずかしそうに顔を赤らめていた。


「えへへぇ。思わずやっちゃった。――――えっと。口の方にはライドが本物の英雄に成った時まで取っててあげる。だから、その。また会おうね約束だよ」


 自分で言ってて恥ずかしかったのかクレアは耳を真っ赤にして、パタパタと手で顔を扇ぐ。


「な、なぁ。ぬぁ」


 クレアの反応で、流石に何をされたのか理解して、ライドも思わず顔を熱くする。


「いつまでそうしているつもりですか。もう出発しないと森で野宿する嵌めに成りますよライドさま」


 固まったように動かなく成った二人を無理矢理動かさせる一言がシャルロットから発せられる。


「う、うん。それじゃあ」


「あ、あぁ。そ、それじゃあ」


「行ってらっしゃい」


「行ってきます」


 直前の出来事が脳裏から離れずまともにクレアの顔を見れなく成っていたライドは、ひたすら前を向いて歩む。思っていた形とは少々違うが、念願の旅に出れた高揚感を少しずつ噛み締め、クレアとの新たな約束を胸にライドは旅に出た。


 ――――――――


「よろしかったのですか」


「なにが?」


 館の正門からライドの背中が見えなく成ってから、シャルロットが尋ねる。


「口にしなかったことですよ」


「な。シャルロット。い、いきなり口にするなんてそんなの、え、えっちち過ぎるじゃない。それにはしたないって思われてライドに嫌われたら嫌だし」


「別れ際にあんな事を言っておきながら。今更そんなことを言うのですか。クレアさまに必要なのは権力の前に健全な方面での教育かもしれないですね。あまり偏りが酷いとメイド兼教育係として信用問題に成りますので」


「え。ちょっとまってよ。シャルロット。わたしにはそういうの要らないから」


「そう言いつつも興味あると目が語っていますよ。クレアさま」


「べつにわたしは、ただ」


「ただ?」


「そう。ただ、将来の為の後学として。嗜み程度に…………」


 恥ずかしそうに、でも好奇心が勝るようすのクレアを見てシャルロットは思う。


 あぁ。クレアさまが将来について考えている。シャルロットにとって、それは最大の幸福であった。


「おっと。もうお稽古の時間ですね。先生を待たせてはいけません。さぁ行きましょうクレアさま」

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