1ー04

 目が覚めるとそこは、馬車の中だった。


「おや。目が覚めたかい? ライド君」


 起き抜けに聞こえて来たのは、聞きたくもない声。


「――――――――。」


「無視とは、つれないなぁ。せっかく君に最後のチャンスが与えられたことを教えてあげようと思っていたのに」


「最後のチャンス?」


 正直、目の前に居る胡散臭い人物と会話などしたくも無いのだが、意識を失う前の出来事を思い起こしたうえで聞き捨て成らない言葉を耳にしたが為に、言葉がついて出る。


「お、興味が出たかい。そりゃそうだろうとも、君に取ってこれはまさしく正真正銘最後のわが友からの温情さ。君はとてもラッキーだよね、幾ら息子とはいえ、才能も無い役立たずで、しかも嫉妬から妹の命まで奪おうとした相手への温情なんて、『ボク』なら絶対に許容出来ないもの。そもそも君は」


「いいから、早く本題について教えて頂けませんか。コルテウスさん」


「おっと。相変わらず君はせっかちだよね。なんの才能も持ち合わせていないと言うのに。いや、才能を持たないからこそせっかちに成るのかな。だって、先に産まれた兄のミハイル君や姉のルミナ君はともかくとして、遅れて産まれて来た妹のキャロル君には産まれたその時点で才能の差を見せつけられた訳だ。焦る気持ちは分かる。分かるよ――――。でもね、焦っても意味が無いんだよだってゼロに何を掛けてゼロにしかならないのと同じで君は、幾ら努力をしたところでキャロル君の足元にすら辿り着かないのだから。あぁ、そういう意味では温情と言うより罰って感じなのかな。ねぇ、どう思うライド君」


 父の友を語るコルテウスは、ライドの言葉を聞いているようで全く聞いていない。だから自分の言いたいことだけをひたすらに口にする。遮って何かを尋ねてもコルテウスは当然のようにライドの言い分を無視をする。


 だからライドは揺れる車内で彼が本題について触れるまで、大人しく聞き続けることしか出来ないでいた。


「でね――――。あれが――――。これで――――。だから、言ってやったのさ、こんなヤツさっさと棄てれば良いのにと。そしたら、彼は何と言ったと思う。わざわざ死体の処理に時間を掛けるぐらいなら使い潰した方が有効だって言うんだよ。流石の『ボク』もそこまで言うかーーと驚いたね。まぁ、そう言わせるように仕向けたのは『ボク』な訳だけど。おっと口が滑ってしまったね。でも大丈夫。どうせ君は、今まで『ボク』が話した内容を理解出来ないからね。いやーーどいつもこいつも、簡単に騙されてくれて、都合の悪い部分は認識の阻害をさせるだけで良いなんて、まさしく人生イージーモードってこう言うことを言うんだろうね」


 パンッ。話の途中でコルテウスは突然手を叩き音を鳴らした。


 その音でようやくライドは、茫然としていた意識を取り戻す。……取り戻す? おかしい、さっきまでしっかりと話の内容は耳に入れ、入れ、……あれ、聞いてたよな。なんだか途中が抜けている気もするが。んんん?


 混乱するライドの様子を見て、コルテウスはまるで反応を楽しむようにニヤニヤと笑みを浮かべる。


「こほん。さて、最後のチャンスについてだけど…………。おっと、もう時間の様だ。残念だが、質疑応答はここまで。まぁ答えるつもりもないのだけど。聞かれるの面倒だからね。後は彼女から話を聞いてくれ」


 馬車が止まると同時に外の方に指を刺してコルテウスは、それだけを告げてライドを馬車の上から放り投げる。


「あ、そうそう。最後に忠告。一年以内にテストをクリア出来ないようなら。逃亡を考えるのも良いかもね。それじゃあ。ハヴァノアヴィリティ。ナイスナイトメア」


 要領の得ない話と良く分からない言葉を残して、コルテウスを乗せた馬車はライドを道端に置いて走り出してしまった。


「結局、最後のチャンスとやらを聞いてないのだけど。はぁ、何も知らせずに僕にどうしろと言うんだ。と言うか、此処はどこだよ」


「此処は。スターライト領内の未開拓地と開拓地の境に成ります」


「ふぐぅわぁ。い、いつからそこに」


 馬車から放り出された時に周囲に人が居なかったのを見ていたので、誰もいないと完全に油断していたライドの直ぐ真横に突如人が現れ、思わず変な声が出てしまった。


「いつからと申されても。先程からとしか。お答えのしようがありません」


 無表情で、そう答える人物。……恐らく人物は、あえて流暢さを捨てたかのような喋り方でそう答えた。


 純白の手入れの行き届いたまとまった髪。陶器のようなと言うか陶器そのモノのような色白の肌。殆ど白に近い青味がかった瞳。そして、白と黒のメイド服。


 人の様に見え、でも人でない何かの様に感じさせた第一印象のそのメイドは、ペコリとお辞儀をして無表情のまま口を開く。


「初めまして。ライドさま。これから一年間ライドさまの教育係を兼任させて頂く。クレアさまに仕えるメイドのシャルロットと申します。以後お見知りおきを」

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