022 <植物>の錬金術師~道化面の女

 女の口笛はなおも続く。それを聞いて蛾眉丸純兵は手足を突っ張らせ大の字になって体を蝕んでいく何かに耐えているようだった。

 だがしゃくるような呼吸音と繰り返す痙攣が急に止まると、限界を超えた蛾眉丸の体を一本の木が内側から貫いた!

 勢いよく飛び出した直径15cmほどの幹は木の杭を思わせる。槍や弓矢の人工物のイメージではない。のけぞった蛾眉丸が口と肛門を一直線に貫かれる串刺しの異様さは百舌のはやにえを思わせた。あるいは中世のヴラド・ツェペシュの刑罰か? 人間の身体でそれをする百舌がいるならどれほど巨大な化物鳥か。

 おれは口笛が止んだことに気付いて女を見る。しかし女はそのまま後ずさって溶けるように夜の闇に消えた。仮面の白さだけが強く目に焼き付いた。


 蛾眉丸の死体を見れば貫いていた木が見る間に姿を変え、生えだした蔓が触手のように蠢いて全身を覆っていく。這い伸びる無数のそれに血を吸われているのか体が見る間にしぼんでいく。

 そして蛾眉丸の体は蔓に締め上げられは徐々に折りたたまれていく。脆くなった全身の骨が砕ける音がする。そして最後に蛾眉丸だったものはバレーボール大の塊になった。これは何かの種子なのだろうか? 神酒ソーマ? 知っているのかゼロワン!

 おれはこれ以上変化が起きないことを確かめた上でその種を【収納】した。一瞬躊躇いはしたものの今は少しでも情報がほしいのが本音だ。それにこれが蛾眉丸のなれの果てだと言っても誰も信じないだろうしな。


 現場を離れて秘密基地ガレージに戻ったおれは冷蔵庫の烏龍茶を飲んで一息つく。少し頭の中を整理したい。情報量が多すぎる。

 まずは丁字信伍の件だが、これでもう奴に打つ手は無くなっただろう。蛾眉丸純兵が死んだことで外硫児架ゲルニカの後ろ盾も無くなった。上納金が用意できなければ切られるだけだ。あとは小バクチに一喜一憂しながら児島草平と茶坊主道を極めるでもしたらいい。


 蛾眉丸の件は疑問がいくつも残ったままだ。出自についてもこれ以上は何もでてこないだろう。それでも和牛なのか輸入牛なのか、生産者輸入元がどこの誰なのかぐらいは知りたかったんだが。

 蛾眉丸を取り込んだ種を【分析】すれば少しは分かることもあるだろうが、そっちは今はまだ手をつけずにおきたい。あれが私おれの次のステージに繋がる鍵だとゼロワンに言われれば慎重にならざるを得ない。しかし偶然にもそれが手に入ったのは怪我の功名ということなのだろうか。棚からぼた餅? 失礼な、苦労はしただろう?


 錬金術の系統立てをゼロワンに教わる。錬金術は博物学を根源に<動物ズウ>、<植物ボタ>、<鉱物ミナ>に別れるのだと。ただし<動物>の錬金術師になるには<植物>と<鉱物>の両方の素養を持っていなければならないらしい。

 錬金術師の特性がどれになるかは天理、地理、人理で総合的に決まる。天理は生年月日や時刻や性別、地理は出生場所や育った環境、人理は親兄弟や師となる錬金術師との関わり、出会うタイミングなどだ。素養がまるで無いという人間は滅多にいないという。太極図の陰陽にも小さな丸があるように。それでゼロワンと【同化】したおれは<鉱物>の錬金術師になったということか。


 やはり疑問に思うのは、もし道化面ハーレクインの女が村瀬鍾子だとするならば、彼女はどうやって<植物>の錬金術師になったのかということだ。やはり私(おれ)のように誰かと【同化】しているのか? 一方的に体を乗っ取られてしまった可能性もある。もしそうならば鍾子の存在は消失(なくな)ってしまったのか……気が滅入るからこれ以上想像するのはやめておこう。

 しかしその錬金術師はゼロワンを追ってきた『B∴D∴N』の仲間なのだろうか? だとすればこちらも問題だ。彼女はかなりの能力スキルを持っていることが分かる。そして人を殺すのに躊躇いがないということも。


 いずれにせよホムンクルスを作れる錬金術師を目指すなら、おれもどこかで<植物>の錬金術に触れる必要があった。これでまた一歩、<動物>の錬金術師、アレックス=クロウディに近づけるということか。えっ? 偉大なる錬金術師アレックス=クロウディは<両輪>ではあるが<動物>ではない?


 おれは<動物>と<両輪>の違いをゼロワンに改めて訊く。そこで<植物>と<鉱物>の2系統の能力スキルを持つものが<両輪>の錬金術師であり、そのうち先達に功績を認められた者だけが<動物>の錬金術師と認められるのだという。

 そしてホムンクルス創造はその評価を得るための試験問題・・・・にすぎないということも知る。錬金術の真理は隠れて遙かに遠く、そこに至る道はなお険しいということか。

 それならばゼロワンがアレックス=クロウディの救出を第一義に置くのも分かる。指導者がいるのと独学とでは雲泥の差がある。真理にたどり着けない可能性すらあるからな。


 ここでおれはゼロワンに2つのを選択肢があることを示される。あの種子を手に入れたことでそれが可能となったのだと。

 ひとつは種子を取り込んで<植物>系統の能力スキルを獲得し、自力で<両輪>の錬金術師を目指す方法、もうひとつは<鉱物>の能力スキルを底上げし、このまま特化したスペシャリストを目指す方法だ。この場合の実は体内のチャクラを活性化させたり魔子マミの予備電池に使えるらしい。 

 どちらの場合もメリットとデメリットがある。<両輪>になれば手数が増えるが、両方を極めるためには倍の時間がかかる。スペシャリストになれば<鉱物>をより深化させることができるが、ホムンクルス創造へは遠回りとなるだろう。単独で成し得ないなら師が必要だ。アレックス=クロウディを救出して彼に頼る他は無い。

 そのときおれの頭に別の方法が閃く。アレックス=クロウディの助けを得られなくても自分が<両輪>となくても達成可能な第3の道だ。


 道化面ハーレクインの女が<植物>の錬金術師であるなら、<動物>の錬金術師への道に興味がないはずがない。彼女と手を組んで二人で文字通り<両輪>となって<動物>の錬金術師を目指すというのはどうだ? 命のやり取りをするよりはずっとましなはずだ。それにさっきおれと敵対行動をとらなかったということは、そこにまだ村瀬鍾子の意識が残っているということじゃないのか?

 道化面ハーレクインの口笛は、おれがまだ鍾子の同志となるよりも前から吹いていたアニメの主題歌だ。彼女のテーマソングみたいなものだ。だとしたらまだ彼女はきっと……!


 ゼロワンが不意におれの思考を遮った。頭を冷やせと水を掛けられた気分になる。

 まずあの女が味方になる保証がどこにも無い。懸賞金目当てのはぐれ錬金術師ならまだしもギルバート=メイザースの直接の部下なら最悪だ。その場合はこれ以上の接触すら命取りになる可能性がある。まずはそれを認識しろ、と。

 そして攻撃を受けなかったことでその正体が村瀬鍾子だと思いたいのは分かるがそれも現時点では不明のままだ。仮に外観がそうでも……分かったよ。もう言わなくていい!


 ……大望を前にしたつまらない感傷、そんなことは百も承知だ。それでもまだおれは鍾子のことを諦めきれない、好きなことに改めて気づいてしまった。

 思えばおれは鍾子の隣に立つことを怖がっていた。かつては母さんに、その後は鍾子に依存することで駄目な自分を許して生きてきたからだ。

 おれを見る鍾子の目は母さんに似て優しかったが、今思えば恋人のそれではなかった。おれの意気地の無さをいつも寂しげに見るだけだった。それでも鍾子はいつかはと思って辛抱強く待っていてくれた。それなのにおれは伸ばしていたであろう彼女の手を握れないまま……。

 ゼロワン、おれは今度こそ鍾子の隣に立ちたいんだ。後ろに隠れるんじゃなく<両輪>の本当の同志パートナーとして。

 ……もうウダウダ悩むのは止めだ。それが何だ? 最後に幸せならばよかろうなのだ! ん? それでも本当にフラれてしまったら? お、おう……そこは考えてなかったわ。それでもあえて先人に習って言おう。負けること考えてリングに上がるバカいるかよ、と!


 ……あー、やらかして済まなかったな。悩み多き中学生ってことでそこは大目に見てくれくれると有難い。

 今後の方針だがおれは<鉱物>のスペシャリストを目指すことにする。ただしあの種子は今すぐには使わない。交渉が決裂したときの保険の意味もある。あまり考えたくはないが。

 そうなると今のおれがやることも見えてくる。魔子マミの底上げと能力スキルの開発だ。特に戦闘に使える必殺技的なやつをな。……特訓か。スポ根マンガっぽいのは嫌だがな。

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