021 青春金網デスマッチ VS.「純然たる暴虐非道」蛾眉丸純兵

 これから上倉晴子にはJSTを流通させてもらうつもりだ。赤井きつね緑川たぬきは丁字信伍からの横槍を防ぐための盾役だ。

 ただしJSTで金儲けをするつもりはない。やりすぎると丁字以外にもトラブルになるからな。パッと流行らせてサッと引き上げるつもりだ。カタ屋かよ。

 晴子は人気者になって輪の中心にいたいタイプで金儲けに執着する人間じゃない。ただしそのためには自分を磨くことも大事だと知ったはずだ。遊茶公大と競い合ってくれればいい刺激になるだろう。おれにつき合うつもりはないが。……ゼロワンもしつこいな。

 水上のおっさんの魔騎士魔武マキシマムとは一時的な共闘だ。「うちはバッドなやつは禁止なんだよ」ということらしく、ヤクザをバックにした外硫児架ゲルニカはいずれ潰すつもりだったという。「これからも好きなだけ頼っていいぞ」とは言われたが、今後のことは分からない。おれも鬼百の名前を売りたいわけじゃない。赤井四葉にはバレたかもしれないが。


「そうだ! どうせならこのチームに名前つけましょうよ。はるちゃんズとか」

「うわ、ダセエな。晴子の部屋とかにしとけよ」

「思いっきりオバサンっぽいじゃないの!」

「じゃあ覇瑠呼組とか?」「ハーレー同好会とか?」

「ゼッタイなんか違う!」

 おまえらもからかうのはそのへんにしとけよ。晴子にちなんでなら「サニーデイ・カンパニー」とかでどうだ?

「サニーデイ・カンパニー? うん! いいじゃない、それ」

「零一にしちゃあまともだな」

「悪くないな」「ああ……」

 いいのかよ。あっさり決まったな。 

 そして赤井きつね緑川たぬきという飛車角を失った丁字信伍は、今度はあの男・・・おれに差し向けてくるだろう。どうやら舞い戻ってきているらしいからな。


 かつて伝説的逸話にブルースマンが十字路で出会った悪魔に超絶テクニックを授かったというのを聞いたことがある。おれはそれほど音楽に焦がれているわけではないが、夜中の十字路は悪魔や死神といった人ならざるものを待つにはふさわしい場所なのかもしれない。生と死が交差する場所というならこの道も一方は火葬場にもう一方は産婦人科病院につながっている。


 そして待ち人は現れた。単気筒バイクの騒がしい音が近づいてくる。鬼百キヒャクスタイルのおれ鉄格子アイアングリットを手に臨戦態勢を取る。最初から全開でいくつもりだ。この相手に余裕ぶるなど必要無いし、それができるとも思えない。そんな暇があるならどうやって攻撃を躱すかどうやって一撃を食らわすかを考えた方がいい。それほどにヤバい存在だ。

 蛾眉丸純兵がびまるじゅんぺいは通称『純然たる暴虐非道』と呼ばれる野獣・・だ。年齢出自ともに不詳。定住しておらず古いバイクに乗ってあちこちをうろついている。身長は2メートル近い大男で妖怪の山人ヤマビトを連想させる。

 重度の薬物中毒でそれを手に入れるためは荒事を厭わず、平気で強盗や暴行にはじまりヤクザの鉄砲玉まで何でもやる男だ。

 丁字信伍もドラッグのつながりで蛾眉丸を知ったのだろう。面倒がったヤクザに世話を押しつけられたのかもしれないが。


 丁字は蛾眉丸純兵に衣食住を提供する代わりに自分のトラブル解決に奴を大いに利用した。そして丁字のグループはそれをきっかけに急速に勢力を拡大していった。蛾眉丸が街からいなくなった後も、丁字は「いつでも奴を呼ぶことができる」と言って敵対する不良を脅した。

 人を震え上がらせる蛾眉丸の強烈な暴力性パフォーマンスは一度見せれば十分だった。ただ問題はそのたった一度の私刑の的が遊茶公大で、そのせいで公大が足を失ったことだ。

 それもあっておれもこいつが出てくるならと情報収集や対策を怠らなかった。弔い合戦? 公大は死んでいないぞ。


 おれが水上錦次に接触した時に蛾眉丸の話も出た。外硫児架ゲルニカとつながっているのはドラッグのこともあるから予想はついた。

 蛾眉丸はやはり行く先々でトラブルを起こしている。そして話している間に確認すると、現在は私(おれ)の街に向かって移動中との連絡があった。台風情報かよ。

 そして水上のおっさんに「無理にとは言わんが」と前置きされた上で蛾眉丸狩りを依頼されたのだ。野獣バケモノには鬼百かいじゅうをということか。

 おれはその場での明言を避けたが内心は依頼を受けるつもりだった。丁字や公大のこともあるが、蛾眉丸は普通の人間の手には余るだろうからな。

 それが錬金術の負の遺産なら錬金術師が片をつけるのが筋だろう。


 寂しく灯る街灯の下でおれはバイクの音が迫ってくるのを待つ。蛾眉丸純兵の出方をシミュレーションして色々考えを巡らせていたのだったが、それをあざ嗤うかのように奴が取ったのはシンプルかつ最も効果的な方法だった。轢き殺す気かよ!

 引きつけて左に跳んで躱しながら、アクセルを握る右手を狙って鉄格子アイアングリットを振る。それを蛾眉丸が左手に持った鉄パイプで受け止める。凶器らしくバラ線が巻かれている。そういうところは手を抜かないんだな。


 バイクを乗り捨てた蛾眉丸が私(おれ)に近づいてくる。煮染めたような色の作業ズボンにごつい安全靴、髪は伸び放題で乱れ放題。手にした凶器がアスファルトを擦ってカラカラと音を立てる。戦闘狂の本性を隠そうともしない。

「簡単な仕事と思ったがなかなかやるな。どうせならもっと楽しませろよ」

 そしておれは蛾眉丸から膨れあがる魔子マミの混ざり具合を見て奴の正体が換重合キメラだとの確信を強めた。

 生物においてキメラは染色体異常の一種だが、錬金術では既存の生命体を元に交配や移植、あるいは魔術で作られた生物のことを指す。そして換重合キメラとは空間転移を悪用・・して作られたキメラで、特にそれが人間だった場合は換重合人間グラビットと呼ぶ。


 キメラはホムンクルスの探求を模索する過程で生まれた。その結果地球では獣人や妖怪などを作りだし多くのUMAの伝説を残したが、所詮はホムンクルスたり得ないまがいものでしかなかった。未知の物語を紡ごうという人間がつぎはぎのドラマや劇で満足できるわけがないのだから。

 またキメラは繁殖力が弱かったり短命だったり知能が乏しかったり、成果としての魅力に欠けていて次第に廃れていったのだ。


 そのキメラの存在が再び脚光を浴びることになるのは大規模転移ワープによる事故がきっかけだった。かつて宇宙開拓時代は星が持っている魔子マミを利用した魔法陣ゲートを使って星同士を入れ替える開発が行われていたのだという。

 それがあるとき偶発的に生まれた宝の星トレジャースターに誰もが目を奪われることになる。その星には体をプラチナや金など貴金属に置換された動植物(の死体)があったのだ。

 そのせいで人々はこぞってこの事業に乗り出す。まさにゴールドラッシュだ。高純度の炭素燃料あるいはダイヤモンドに置換された植物、決して彫刻家が作りえない精密なクリスタルの魚(内蔵まで)、そして高濃度の魔子マミが凝縮した鉱石などが次々と発見され、日ごとニュースを騒がせた。宇宙開発も弾みがつき誰もが狂奔していた時代だった。


 しかしたがが外れた欲望が大惨事を引き起こすのも、人間の歴史を見れば容易に想像がつく。大規模転移ワープに遊覧中の宇宙船が巻き込まれたのだ。

 そしてそのとき乗船していた妊娠中の母親の双子になるはずだった子供が最初の換重合人間グラビットとなった。

 被害者が貴人だったこともあり、その後の大規模転移ワープ開発は法で規制されたが、無くなった訳ではなかった。罪人の流刑地や辺境惑星などでは人の目をくぐり開発が続けられあるいは黙認された。それほどまでに旨味のあるものだったのだ。

 それが全面的に禁止されたのは奴隷だった換重合人間グラビットの暴動により王国がひとつ滅んだからだ。より安全な開発方法ができたせいもある。


 換重合人間グラビットの特徴は細胞の分子間力が2人分だということだ。力、耐久力、反応速度などが飛躍的に向上する。上昇率は逆2乗の法則できっかり2倍という訳ではないが、常人の2割から4割増しぐらいはあるだろう。

 つまり生半可な打撃や刺突は通じないということだ。だがおれはその答えを用意している。

 待たせたな。行くぞ鈍兵どんべえ

「俺を変な名前で呼ぶんじゃねえ! 首を引っこ抜くぞ」


 蛾眉丸純兵が鉄パイプを振り回す。攻撃は膂力に頼ったもので型などない。それでも受けを間違えばその時点で終了だ。

 おれ鉄格子アイアングリットで攻撃をいなしていく。そして隙を見て腕や脚に打撃を加えていく。

「そんなしょっぱい攻撃が俺に効くかよ。つまらねえ。ズバッと入ってこいや!」

 いいやこれでいい。決定打を打ち込むのではなくダメージの蓄積がこの作戦のキモだ。

「くそっ、ちょこまか動きやがって!」

 言いながら蛾眉丸が取り出した瓶の中味を飲む。ドラッグで燃料補給ニトロチャージか。おれにとっては好都合だ。


 そしてその時は突然訪れた。蛾眉丸がどっと前のめりに倒れたのだ。

「うげぇ、目が回る……てめえ、何をしやがった?」

 外から壊せなければ中から壊せばいい。超音波振動と浸透勁で赤血球を破壊した。いわゆる溶血だ。酸素を細胞に行き渡らせることができなければ動けない。それは換重合人間グラビットでも同じことだ。


 蛾眉丸純兵は倒れたまま荒い呼吸を繰り返している。貧血症状の脂汗を流しながらそれでもおれを睨んでいる。さすがにタフだな。一応言っておくか。蛾眉丸、お前の負けだ。ワン、ツー、スリー。

 放って置いても蛾眉丸は自力で回復するだろうが、このままというわけにもいかないだろう。【収納】して安楽死させるか? 真空パックにするのと同じだからな。生きた動物に使ったことはまだ無かったが。


 だがその前に蛾眉丸にはいくつか訊きたいことがある。ひとつはこいつの成り立ちだ。地球産の先祖返りなのかここ数年で持ち込まれた外来種なのかだ。

 地球産なら『はじまりの5人』に系する地球の錬金術師にも換重合人間グラビットを作り出す技術があったという証明になる。しかも大規模転移ワープを使わずにだ。

 外来種なら今現在地球におれ以外の宇宙人が入り込んでいるということだ。実は丁字信伍を通じて外硫児架ゲルニカが最近流通させているドラッグにもおれが気になるところがあった。明らかに純度(・・)が高いであろうそれを混ぜ物で薄めて使っているようにも感じるのだ。


 時系列でゼロワンを追って来た『B∴D∴N』の連中とは違うと分かるが、もし連中がゼロワンの死に疑いを持っていて、なおかつ外硫児架(ゲルニカ)の背後にいる宇宙人そいつらと手を組まれたら厄介だ。

 しかしその情報を蛾眉丸から聞き出す前にそいつ・・・が向こうから来てくれたようだ。一難去ってまた一難かよ!


 夜風に乗って口笛が聞こえてくる。それと同時に蛾眉丸が悶え苦しんで身をよじる。聞こえてくる方を探すとそこには黒いチャイナドレスを着た女が闇に紛れるように立っていた。その顔は白い道化の仮面で隠れていて分からない。仮面には音を拡散させる効果もあるようだ。口笛の旋律には【促進】の効果が含まれているとゼロワンが告げる。じゃああいつも錬金術師なのか?

 その一方でおれには口笛の得意な女に心当たりがあった。お前は……鐘子なのか?

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